年の瀬と猫
大晦日となり、商店街の慌ただしかった雰囲気も落ちついてきた。
僕はミケと共にこたつに入りながら、ほっと一息をつく。下宿が静かなのは、みんな田舎に帰省したからだ。僕はこの年末年始の混雑を避けるため、あえて春休みに帰ることにした。
「なあああ」
ミケがその髭を僕の首に当ててからかってくる。後ろめたい僕はミケが、嘘をついてるな、と言っているように考えてしまう。
誤魔化すようにミケの両腕を掴んで持ち上げ、ぶらぶらしていると、その隙間から早希さんが炬燵の上に鍋を置く様子が見えた。
「お鍋ができたよ。透くんはあとで年越しそばをお願いね」
……帰らなかった理由は言うまでもない。
ミケ、降参です。認めるから、こそばすのをやめて。
初めて家族以外の人と過ごす大晦日。
鍋をつつき、蕎麦を啜る。最後に残ったみかんをじゃんけんで取り合って、結局、半分こする。
「よーし、今年最後の勝負をしましょう。もちろん、どっちのカフェオレの匂いをミケが選ぶか、よ」
台所に行き、それぞれがカフェオレを作る。寒そうな早希さんにさりげなく体をくっつけ、暖を分けてあげる。早希さんは少し頭を傾げ、僕にもたれかかった。
「この勝負、勝った方は何かもらえるの?」
「私が勝てば、ミケちゃんと遊ぶ時につきあってもらいます」
「僕が勝てば?」
「君がミケちゃんと遊ぶ時に、私がつきあうの」
「それって一緒じゃない?」
「そう? 私は公園とか、ペット同伴のレストランとか行くつもりだけどね」
そのミケは食卓に置かれたカフェオレを前に、どちらを選ぶか迷っている。結局、僕と早希さんの膝に飛び乗って交互に髭をこすりつけ始めた。
「こりゃ、引き分けかな」
「じゃ、まずは君からね。年も明けそうだし、どこに連れて行ってくれる?」
「ではまず初詣に。甘酒を飲んで、屋台で何か買って帰ろう」
立ち上がってコートを着る。ミケはその中に滑りこみ、胸元からひょっこりと顔を出した。しばしカフェオレの匂いを堪能した後、出発しろ、とばかりに僕を見上げる。
思えばこの一年、いつもミケが僕を外に連れ出してくれた。早希さんや商店街のみんなと知り合えたのも、みんなミケのおかげだ。
「ありがとう、ミケ」
「みゃおん」
僕はミケの頭を撫でると、早希さんの手を取って寒い外へと足を踏み出した。
年が明けたらしく、商店街の家々から賑やかな声が聞こえてくる。
その声に包まれながら僕達は歩いていくのだ。
そしてこれからもずっと。
短編版(1000字)はこちらの話しで終了となります。
1話3000字から4000字の長編版は次の話しよりお楽しみください。