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第3話 私達は声を失った 中編

急いで帰って来たのに、なぜ政志さんとお父さんは()せてるの?

 辺りは酒の臭いが充満してるし、それより、この女は誰?


「目が...目が...」


 踞りながら両目を押さえる中年女性。

 よく見ればスカートが破れ、中の下着が覗いていた。


「...大丈夫ですか?」


「触んないで!!」


 差し出した私の手を叩き落とし、凄い目で睨まれてしまう。

 化粧が剥がれ落ち酷い顔に...いや悪口ではない。


「何なのよ!みんなしてバカにするなんて!!」


「え?」


 この声って、まさか?


「姉さんなの?」


 思わず姉と言ってしまった。


「その声...まさか紗央莉?」


 やっぱりか...酷いしゃがれ声だから直ぐに分からなかった。

 それにしても外見が変わりすぎだ、面影が全く無いじゃない。


「とにかくシャワーでも浴びたら?」


「言われなくとも!!」


 姉は身体を起こそうとするが、よろけて上手く立てないみたい。

 手を貸すべきか迷う、さっきまで怒鳴りつけてやりたかったのに、余りの変貌振りに何を言っていいのか。


 姉を風呂場に押し込み、リビングへ戻る。

 グラスを片付け簡単な拭き掃除を済ませる。

 そして酒に濡れた服を着替え終わった政志さんとお父さんに何があったかを聞いた。


「もう...二人して」


「すまん」


「いや、ついな」


 呆れてしまう。

 アイツがいくらふざけた話をしたにしても、酒を飲みながらしていい話じゃない。


「ちょっと!入らないわよ!!」


 脱衣場から怒鳴り声がした。


「仕方ないでしょ!

 そんなデカイサイズなんか家にある筈ないでしょ!!」


「なんですって!!」


 本当は私の新品下着を貸すのも嫌なのに、冗談じゃない!!


「ふう...」


 しばらくして、アイツが出てきた。

 酒に濡れた服は洗濯機に入れたが、破れてるし、これも捨てるしか無いが...しかしよく入ったな。


「紗央莉...」


「何よ」


 私のガウンを羽織り、ドッカとソファーに座る史佳。

 スプリングが弱るじゃない、私のお気に入りなのに。


「何か飲み物を持ってきてよ、喉渇いちゃった」


「はあ?」


 何をふざけた事をコイツは。


「お前は何を考えてる!」


「飲ます物なんかあるか!!」


「ちょっと二人共...」


 そんなに興奮したらコイツの思う壺じゃない、有耶無耶になんかさせたく無い。


「...これでも飲みなさい」


「イテッ!」


 ペットボトルのお茶が史佳めがけて飛んで来る。

 いきなりだったので、キャッチ出来なかった史佳の額にペットボトルが命中した。


「なんでお母さんが?」


 キッチンから顔を出したのはお母さん。

 なんで居るの?美愛と実家に行くよう頼んだのに。


「私が着替えてる時にラインしたんだ、コイツの服を濡らしてしまったと」


「お父さんが?」


 いつの間にそんな事を?

 全く気づかなかった。


「お父さん、政志さんも席を外して。

 知り合いの個人タクシーを外に待たせてるから、実家に行ってて」


 なんて手回しが良いんだろ。


「早く...タクシーで美愛が待ってるから」


「そりゃいかん、」


「行きましょうお義父さん」


 小さな声でお母さんが二人に囁き、政志さん達が部屋を出ていく、これでやっと話が出来る。


「これを着なさい」


 お母さんは手にしていた鞄から服と下着を取り出す。

 近くにある量販店の下げ札が着いてるから、今買って来たのだろう。


「いや...あの」


「早く、そんなふざけた格好で話なんか出来ないでしょ、サイズは大体合うから安心なさい」


「...はい」


 有無を言わせぬお母さんの言葉に、服を手にした史佳は再び脱衣場に向かう。

 お母さんは昔から裁縫が得意で、小さい頃は私達姉妹の服を作ってくれていたから、多分史佳も着られるだろう。


「さっさと座りなさい」


「うん...」


 着替えの終えた史佳はすっかり毒気が抜けた様子で私とお母さんの前に座る。

 昔からお父さんは厳しくて、お母さんは優しい感じだったけど、本当に怖いのは本気で怒ったお母さんだったと、今さらながら思い出した。


「大体の話はお父さん達から聞きました」


「...はい」


 お母さんの言葉に史佳は小さく頷く。

 私もさっき聞いたから大方は知っている。


「仕方なかったの...そうしないと私は」


「何が仕方なかったの!

 不倫した事?隠して政志さんと結婚した事?継続して浮気を続けた事?」


 ふざけた事をまだ言う史佳に我慢出来ない私は一気に詰めよった。


「落ち着きなさい紗央莉」


「...だって」


 お母さんは諭す様に私の肩を触るが、なぜ止めるの?


「...もうどうしていいか分からなくなったから」


「はあ...」


 お母さんは眉間に手をやりタメ息を吐く。

 史佳...姉はこんなに愚かな人間だったの?


 5歳年上の姉は私の自慢で憧れの存在だった。

 勉強も出来て、綺麗で社交性もあり、誰もが羨む人間だったのに。


「お母さん...私...反省したんだ、だから」


「...もう遅いわよ」


「そんな...」


 当たり前だが、お母さんが姉の為に協力する事は無い。


「諦めなよ、政志さんは美愛ちゃんと幸せに暮らしてるの。

 もうアンタの入る余地なんか無い」


「...なんなの?」


 姉の身体が小刻みに震え、上げた顔は両頬の肉がピクピクを痙攣しており、凄い迫力だ。


「さっきから一体なんなの?

 大体なんで紗央莉がこの家に居るのさ!?

 なんか一緒に暮らしてるみたいだけど、

 アンタ婚約者が居たのに、ソッチこそ政志と不倫を?」


「はあ?」


 コイツは何を、たとえ知らないにしてもあんまりではないか!!


「バカ!!」


「な...何よ姉に向かって!」


「亮二とは破談になったわよ!

 バカが不倫なんかするから!!」


「...へ?そんな事聞いてない、言わなかったよ...」


「どれだけ迷惑を掛けたら気が済むの!」


 どれだけ傷ついたか、分からないのか?


「...そ...それは御愁傷様ね」


「ふざけるな!」


 何が御愁傷様だ!お前のせいではないか!


「止めなさい」


「だけど...」


 どうしてお母さんはまた止めるの?


「史佳、紗央莉の言った事は本当よ。

 貴女の仕出かした事で、私達は赤っ恥をかいた」


「お母さん...」


「先方の家族は周りに言いふらして...紗央莉は保育園も辞める事になったの」


「...え、どうしてよ?」


 理解出来ないの?そんな事も想像出来ない程のバカなんだ。


「保護者が保育園に苦情を入れたのよ。

 不倫の果てに生後間もない乳児を捨てた女の妹...安心して子供を預けられないって」


「ひ...酷いわね」


「アンタがそれを言う?」


「...」


 本当はもっと酷い事を言われた...

 旦那に色目でも使われたら堪らないとか...子供を棄てる様な人間だとか...

 私はコイツじゃないのに...


「ほら使いなさい」


「...ありがとう」


 お母さんからハンカチを受け取り、涙を拭う。

 あの屈辱は三年経った今も決して消えない。


「...それで紗央莉は?」


「今は知り合いのやってるレストランで働いてるわ。

 あんな噂がたったら、もう保育士なんか出来ない」


「そっか...」


 やっと罪を自覚したのだろう。

 今さらだが、反省して欲しいけど...


「紗央莉」


「何?」


 お母さんは静かに首を振りながら私を見た。


「...甘いわよ」


「何が?」


 何が甘いと言うの?


「紗央莉も大変だったわね。

 でも安心して、これから私がちゃんと政志の世話をするから、美愛の事も任せて」


「...はあ?」


 コイツは何を言ってるの?


「大丈夫よ、私が戻れば万事解決だから。

 今からでも紗央莉は自分の人生を歩みなさい、後は私が...」


 ...私は何を聞いているの?

 目の前の人間はどうしてあんな笑顔で話せるんだろう?


「だから言ったでしょ?

 貴女は甘い、あれは正気を失った化け物よ」


「うん...」


「ちょっと酷いじゃない!!」


 姉だった化け物が激昂する。

 もう止めた、コイツは人間じゃない!


「止めなさい!」


 立ち上がり掛けた私の肩をお母さんが再び掴む、凄い力に動けない。


「これは親の責任...」


「お母さん...」


「な...何がよ」


 全くの表情を失ったお母さんに化け物が怯む。

 私ですら恐怖を感じる程...


「貴女の帰る場所はここじゃない...

 さっき言ったでしょ?もう遅いのよ。

 子供を...美愛ちゃんを棄てた時点でね」


 地を這う様なお母さんの声、

 バカ...史佳の額には無数の汗が流れていた。

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[気になる点] エピローグあります表明の時期
[良い点] 不倫する側の思考回路と会話が通じない脳内お花畑感が。 不倫脳の思考回路が面白すぎて笑いながら読んでました。 特に、話の通じなさにお笑いかよ!と。 [一言] タイトルが爽やか系なのに、本文と…
[一言] こういう何を言っても効いてない輩は厄介ですね
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