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第3話 私達は声を失った 前編

ギャグパート?

 一旦リビングを離れ、キッチンで紗央莉に連絡を済ませる。

 ここからショッピングセンターは車で一時間の距離だから、帰って来るのは午後四時位か。


「紗央莉はどうだった?」


 リビングで一緒に史佳の話を聞いていたお義父さんがキッチンにやって来た。

 弁護士へ連絡したが、急には来られない。

 だからボイスレレコーダーで録音しながら話を聞いている。


「直ぐ帰るそうです、おそらく4時位でしょう」


「そうか...」


 お義父さんはタメ息を一つ漏らした。

 史佳の言い訳に心底呆れてしまったのは間違いない。


 史佳が話した三年の経緯は、俺達からの同情を貰う為の脚色が出過ぎで、バカらしくなってしまう内容だった。

 こんな女を妻にしてしまったのは、一生の不覚だ。


「...アレはあんなにバカだったかな?」


『そうですね』と言いたいのを、グッと堪える。

 肯定するのは楽だが、それでは話が進まない。


「ちゃんと大学まで行かせたのに...」


「学校の勉強と人間の形成は別ですから」


「...全くだ」


 あんな史佳だが、一応は名の知れた大学を出ている。

 それなりの会社に入り、仕事もバリバリやっていた。

 まあ、上司と不倫した時点でアウトだが。


「未来が見えなかったんでしょう」


「不倫に未来なんかあるものか」


 全くその通りだ。

 禁断の恋に溺れた二人に待っていたのは、人目を忍んでの逃避行だった。


 悲劇に浸っても、腹は減るし、生活をしなくてはいけない。

 エリート人生を歩んでいた筈の上司は、日雇い労働者になり、キャリアウーマンだった史佳も逃亡中は場末の清掃員。

 まだ母乳が出る身体の状態では大変だっただろう、自業自得だが。


「そりゃあんなのと一緒じゃ間男も逃げたくもなるわな」


「ですね」


 ヒスを度々発症させる史佳に、喧嘩が絶えなくなり、上司だった間男は実家に戻っていた奥さんに連絡を入れた。


『頼む...お願いだ、許してくれ』

 間男は奥さんの実家に赴き、嫁家族を前に土下座をしたそうだ。

 亭主関白だった夫の哀れな姿に奥さんは何を思っただろう?


 弁護士から連絡を受け、奴と対峙したが、そこには以前見た自信に溢れていた男の姿は無かった。


『すみません...すみません...』

 俺と目を合わせず、ひたすら謝罪を繰り返すだけ、怒る気力すら湧かなかった。


 上司と部下の関係から不倫に、軽い遊びのつもりだった間男と、いつか奥さんと別れ自分が妻にと、アホな夢を描いた史佳。


 いつまでも離婚しない間男に史佳は何度も暴露を仄めかし、恐怖を感じる様になったそうだ。


 そこで間男が取った策が、史佳に適当な独身男をに引き合わせ、恋愛させるという物だった。


 それに気づかず、まんまと罠に掛かったのが、二人の勤める会社の取引先で、当時恋人と別れて彼女募集中だった俺って訳だった。


『...間抜け男と二人で嘲笑っていました...でも...幸せそうな様子を見て嫉妬してしまい、結局別れられなかった』

 その言葉だけは鮮明に残った。


 さっき史佳にその話をしたが、


『そうよ!私は騙されてたの!

 アイツを忘れて政志さんを愛してたのに、バラすぞって脅されて。

 娘だって、アイツは自分の子供を托卵させるつもりだったのよ?』

 だからなんだと言うんだ?


 それでコッソリ俺に黙ってDNA鑑定して、間男の子供じゃないと分かったら、二人で失踪したんだろ?


 意味が分からない、それならなぜ不倫を精算しなかったのか。


『もうおかしくなってたの...』

 そう言う史佳は化け物にしか見えなかった。

 実際変わり果てて、別人みたいだし。


 不倫は男女が揃わないと成立しない、切っ掛けは色々だが、家族を裏切った時点で共犯なのだ。


 史佳は反省なんかしていない、そんな殊勝な気持ちを持つ筈が無い。

 男が逃げたのに、また行方を眩ませた事から明かだ。


 繋ぎの男を変え、最後の男は史佳を自分の母親の介護する様に命じたそうだ。


 かなり痴呆が進んでいたらしく、排せつ物を投げつけられたり、大変だったらしいが、住む所に三食まで付いて、僅かな小遣いも貰っていたんだから、地獄の奴隷生活だったなんて、そうだろうか?

 あの体型で、食事は殆ど無かったって言っても信じられないし、ちゃんと最後には解放してくれたんだ。


「しかし...生きてたんだな」


「...そうですね」


 なんとも言えない顔で史佳を陰から見つめるお義父さん。

 どんな気持ちで見ているのか、俺と美愛だけじゃない、紗央莉の人生までバカ達(史佳)のやらかしに、狂わされてしまったのだ。


「随分変わったな」


「まあ、それなりに苦労したんでしょうね」


 まだ32歳の筈だが、ボサボサに茶色く染めた髪は耳の辺りで茶と黒の境界線になって...


「プゥ!」


 いかん、笑いが...


「まあ...仕方ない、あれじゃな」


 お義父さんは辛いだろう。

 俺は史佳が死んでいようが、正直どうでも良かった。

 でも義父母にとって史佳は娘だ、

 美愛が母である史佳みたいにならないと思うが、もしそうなってしまったなら、俺は娘の死を願ったり出来るだろうか?


「よっと」


 シャッター音が響く。

 お義父さんは台所の隅からリビングに座る史佳を携帯で撮影していた。


「何を?」


「母さんに送ったんだ、是非とも見せたくてな」


「は?」


 何を悠長な...


「お...きたきた」


 どうやらお義母さんから返信が...


「プー!」


「どうしました?」


 何を吹き出してるんだ?


「ほら政志君」


「え?」


 お義父さんは自分の携帯画面を俺に見せた。


[史佳だった物体]

 そう書いた下に、隠し撮りした史佳の画像が添えられていて...


[ヒバゴンね]

 その下には架空生物ヒバゴンのオブジェ写真が添付されていた。


 予想外の内容に緊張の糸が切れてしまう。

『ブププ』と笑うお義父さんに、我慢出来ない。

 俺も声を噛み殺しながら笑った。


「ちょっと、何笑ってるの!!」


 ふて腐れた顔の史佳が俺達の方を睨む。

 立ち上がりたくても足が痺れて身体が動かないのだろう。


「だ...黙れ」


「早く出て...いきなさい」


 だめだ、今史佳を見たら間違いなく吹き出してしまう。


「何よ...何なの全く」


 史佳は腕を組みながらタメ息を繰り返している、なんなんだコイツは。


「これでも飲もう、シラフでやっとられん」


「良いですね」


 お義父さんが取り出したのは、今日の為に、持って来てくれた国産ウィスキーの17年物、これ高いんだよな。


「「乾杯」」


 グラスに半分ウィスキーを入れて、氷と炭酸水で割る。

 少し濃いめの特製ハイボール完成!!


「うまい...」


「味は最高だな、気分は最悪だが」


「ですね」


 一気に呷り、新たに作ったハイボールを手に再びリビングへと戻った。


「よいしょ」


「ふう」


 ゆっくりと史佳の前に腰を下ろす。

 なるべく史佳を見ないようにしよう。


「遅いじゃない、それで分かってくれた?」


「...まあ大体の話は」


 さすがはお義父さん、息を整えて静かに頷いた。


「そう、なら私ともう一回、お父さんからもお願い」


「出来る訳ないだろ、政志君をなんだと思っている?」


「アホが」


 何度言ってもダメだ。

 こんな女と再構築なんか冗談じゃない。


「どうしてよ!」


「美愛を...私の孫を捨てといて、よく言うな?」


「お前には人としての心は無いのか?」


「だからそれは反省してるって!」


 バンとテーブルを叩く史佳。

 危ないじゃないか、ハイボールが溢れちまう。


「「ズズー」」


 とりあえず少し飲んだ。


「ちょっとバカにしてるの?」


「何が?」


「何を怒ってるんだ?」


「こっちは真剣な話をしてるのよ?

 ジュースなんか飲んでないで、ちゃんと聞いてよ!!」


「いやこれは...」


 ジュースでは無いのだが、まあ良い説明するのもめんどくさいから、もう一口...


「こんなに窶れた私を見て何も思わないの?」


「「ブブー!」」


「ギャー目が!」


 思わず噴き出したハイボールが史佳の顔面を直撃する。

 何とかしようにも、酒が気管に入りどうにもならない。


「ヒー...」


「ゲホ!ゲホ!!」


「な...なにやってるの?」


 鼻水を垂らす俺達が見たのは、状況を飲み込めていない紗央莉の姿だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒバゴンで吹いたwww 分かりやすいっちゃ、分かりやすいです。
[良い点] なんというか、もはやオチをつける為に どん底を彷徨う不倫馬鹿に落しとけばいいや 的な扱いになってないかい?
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