第1話 史佳は帰って来た
軽ーく、お付き合いを...
名前は仮名です、ハイ。
三年ぶりに帰って来た自宅。
表札は昔のまま旦那の名前が掛かっている。
もう住んでないかと心配したが、どうやら杞憂だったみたい。
「...待っててくれたんだ」
旦那の暖かな気持ちに胸が熱くなる。
やっぱり政志さんは私にとって、運命の人だった、失踪なんかしてごめんなさい、これからは貴方だけを一生愛するからね。
持参していた玄関の鍵を取り出す。
中に入ったら『ただいま』と元気に言うんだ。
きっと『おかえり』って中から返ってくるよね!
「あ...あれ?」
どうしたんだ鍵が入らない、なんで?
「留守じゃないよね?」
家の中から人の気配はしている。
外にある電気メーターも回っているし、クーラーの室外機だって動いてるんだから。
一旦外に出てインターホンを押す。
本当は電話で話したかったが、昔の携帯は捨ててしまって今は無い。
『はい』
政志さんだ!
インターホンから聞こえる懐かしい声!
やっと帰って来たんだ、愛しいあの人と、娘の住む家に!!
『どちら様ですか?』
「え?」
私が分からないの?まさかの答えよ。
「私です。貴方の妻、史佳です」
『はあ?』
モニターカメラに向かってウィンクの笑顔を見せる。
これで分かったかしら?
『あ...え...えぇ!?』
そんなに驚いた声を出すなんて、恥ずかしいじゃない。
「とにかく開けて、外は暑いの」
八月の日差しが容赦なく照りつける。
化粧が流れて来た、汗を拭うフェイスタオルにマスカラが付いて来た。
早く涼みたい、冷たいお茶も欲しいわね。
『...帰ってくれ』
「はあ?」
今なんて言ったの?
聞き間違いよ、『帰ってきてくれたのか』って言ったんだよね。
『とっとと帰れ!
なんで今さら、三年間も連絡一つ寄越さず、よく帰って来られたな!』
「ちょっと待ってよ...」
どうして怒ってるの?
まだ話すらしてないじゃない...
あ、そっか!!
「大丈夫、ちゃんと別れたから」
まだ不倫相手と繋がっているんじゃないかと心配なんだね。
私ったら、うっかりしてたゴメン!
『何をお前は...』
「だから、ちゃんと3日前にアイツと別れて来たよ。
だから安心して、もう私は政志だけの...」
『ふざけるな!!』
「はい?」
どうして怒鳴るの?
謝罪させといて、あんまりじゃないか。
やっとの思いでアイツから逃げ出して来たのに!
『一緒に逃げた間男には二年前に捨てられただろうが!』
「...あ」
しまった...忘れてた。
アイツと来たら、私をアパートに置き去りで逃げやがったんだ。
責任取るからなんて調子の良い事言いやがって、一年もしない内に嫁と復縁するって。
あんまり憎たらしいんで、記憶から消してた。
あの後は...そうだ、偽の身分証でラブホテルの清掃員してたんだよ。
そこで見つけたショボイおっさんと半年同棲して...その次に今回逃げ出して来た男だったわ。
『どうしたんだ政志君、そんな大声を出して』
「あ...え...嘘」
この声はまさか、お父さん?
なんでこの家に居るの?
『いや...すみません興奮しちゃって』
ヤバい、絶対に会いたくない人間の筆頭だ!
『ん?誰かね、画面に映る婆さんは』
「な!?」
誰が婆さんなの?私はまだ32歳よ!
『プーー!!』
「ちょっと政志!!」
今盛大に吹き出しやがったな!!
いくら三歳年下だからって許せない!!
『その声...随分しゃがれているが、史佳なのか?』
「しまった!!」
大変だ、絶対に顔を会わせたくない奴に見つかってしまうなんて、昔から厳しくて嫌いだったのに。
「おい待て!!」
必死で走る私の背後から怒鳴るお父さんの声、絶対に捕まる訳にいかない。
「ふきゃ!!」
ヒールの踵が根元から折れ、すっ転んでしまう。
両足が痛い、少し太ってしまったからだ。
「まあ良いじゃないですか、生きてる事が分かったんですから」
「そうだな、これで離婚を進められる」
「...な」
今何を言ったんだ?
痛がってる場合じゃない!
「ちょっと待ちなさい!!」
冗談じゃない!
誰が離婚なんかするもんか!
アンタからは私を一生養って貰わないと!!
どうやらスカートも破れてしまったらしい、48キロの時に着ていたのだから、少しサイズに無理があったか。
「...帰って来ましたね」
「ああ、アイツは昔からアホだから」
「ふざけるな!!」
私は旦那と父親に叫んだ。