ブローボーニの魔女 3
「君のお父さんがこの城を…?」
カインはマリアナに不信を抱かせないよう、さりげなく尋ねた。
「ええ。父は他にもいくつか城塞の設計を手がけたけれど…このブロボーニュ城は自分のために建てた最後の遺作よ。」
「遺作?ということは…」
「父は2年前に亡くなった…だから私は一人で暮らしているの。」
マリアナは淡々と言ってスープを口にした。感情を殺しているが、その様子はいかにも心細げだ…
「寂しくはないの?せめて近くの村で暮らすとか…」
マリアナは手を止めて押し黙った。俯いたまま、何度かまばたきをする。
「…それは無理よ。私、魔女だもの。」
「でも本当は違うんだろ?」
「そうだけど…村の人はそう思ってる。それに私…人と関わるのが苦手なの。」
…マリアナの言葉に偽りはない。
カインはそう判断した。俯きがちの視線、呟くような語り口調そして、抑揚の薄い表情…どれ一つとってもそれを裏付けている。
「そうは言っても…」
続けようとして口を噤んだ。ふと感じた違和感に気持ちが揺れる…演技であるにも関わらず、今の自分は本気で魔女…否、マリアナのことを心配している…
「あのさ…もしかして僕は、君の貴重な食料を食べてしまったの?森を出ることもあまり無さそうだし…この肉も、狩をして手に入れたわけじゃないよね?」
気持ちを切り替えてカインは言った。
「私に狩られるのろまな動物がいると思うの?」
マリアナはニコリともせずに自虐すると、深くため息を吐いた。
「時々…買い物に出るの。少し遠いけれど、仕方がないわ。」
「そうだったのか…ごめん。」
カインは素直に謝罪した。馬も所有していないマリアナが付近の村まで一人で行くのはさぞかし大変なことだろう。それなのに彼女は嫌な顔一つせず自分に食べ物を分け与えてくれた…本当に賞賛すべきことだ。
…それに引き換え、俺は最低だな。
「ねえ、マリアナ。僕をしばらくここに置いてくれないかな…さっきの薪割りみたいに手伝えることがあったら何でもするよ。村へも僕が馬で行ってあげられるし、用心棒にもなる。」
「用心棒?」
「うん。…僕は騎士だから、ちょっとは君を護れると思う。」
カインは控えめに言って苦笑した。
マリアナは困惑しているようだった。さもあろう、今さっき出会ったばかりの見も知らない男が、いきなり同居を申し出ているのだから…
「あなたは先を急いでいるのではないの?」
「家に戻る途中だけど…急いではいない。待っている人もいないしね。」
再び俯いたマリアナは、最後に残ったスープを口に入れるとスプーンを置いた。そしてほんの少し沈黙した後、顔を上げてカインに言った。
「やっぱり無理。…だって、あなたの寝る部屋がないもの。二階は蜘蛛の巣だらけで…恐ろしくてとても近寄れない。」
「え…」カインは目を丸くした。
「問題はそこじゃ––––」
「––––いいえ、大問題よ!」マリアナは必死の形相で訴えた。
「客間は二階なの…もう二年も足を踏み入れてないから荒れ放題よ。あなたはそんなところで眠れる⁉」
「マリアナ…」
カインは呆然とし、次いで吹き出した。この天然っぷり…ある意味本当に魔女かもしれない…
「あのさ…その問題が片付いたら、君はOKなわけ?」
苦笑するカインに、マリアナは躊躇いなく頷いた。
「あの蜘蛛の巣を片付けてくれるなら、好きなだけ使っていいわ!」
マリアナの美しい瞳が輝いた…まるで救われたように自分をまっすぐに見つめている。
カインは微笑んだ。任務だからではなく、真にマリアナへの好意からだった。
「じゃあ、上の片付けは明日から始めるとして…今夜僕はここを占拠しても構わない?」
カインは暖炉の前を指差した。
「…構わないけど、床で寝るつもり?」
「うん。暖炉の前なら寒く無いし、野宿よりはるかに恵まれてる。」
「そうだけど…」
「何か問題があるの?」
マリアナは首を巡らせ、燃える暖炉の火に目をやった。
「暖炉はここしか灯してなくて…寝室はとても寒いから、いつも私、その長椅子で寝ているの。それでも構わない?」
「君も…ここで?」
「ええ。」
…参ったな。
カインはとことん困惑した。マリアナはてっきり寝室で眠るものと思っていた。今夜限りとはいえ、同室で一夜を過ごす羽目になる…
「…僕は全然構わない。朝まで寝ている君に近寄らないと誓うよ。」
確認の意味を込めてカインは言った。自分の危険性をマリアナがどこまで自覚しているのか知りたかった。
「長椅子は譲れないけど、べつに私と距離を置かなくてもいいわ。床で眠るのならなおさらに。」
マリアナはそう言って立ち上がり、空になった食器の片付けを始めた。
「片付けが終わったらテーブルの移動をお願い。私は毛布を持ってくる。」
大広間を出て行くマリアナの後ろ姿を見つめながら、カインは複雑な思いに駆られていた。
…間違いない。マリアナは何も理解していない。
当たり前の知識も、誰かがそれを教えなければ知ることはない。推察によれば森の奥深くに父親と二人きりで住んでいたため、心が無垢のままに育ったのだろう…
…ここまでではないが、母上も同じだった。
父に出会うまでの母は公の場に出されずに育ち、全くの世間知らずだった。今や誰もが周知の事実だが、父は結婚後にそのことを知って愕然としたという。
それだけに汚れのない彼女を騙し続けるのは気が引けて仕方なかったが、そこに意識を集中すべきではない…とカインは自分に言い聞かせた。
テーブルと椅子を隅に片付け、代わりに長椅子を暖炉の前に移動した後、カインはマリアナを迎えに出た。マリアナは二人分の毛布を抱えて歩いて来ており、カインはすぐにそれを奪い取った。
「ありがとう。」マリアナが笑顔で言った。
…出会って数時間で、何故こんな心境に陥っているんだ…俺は!
彼女の愛らしさは気持ちを背けるどころか、カインの罪の意識をさらに増長するだけだった。
その夜、二人は毛布に包まりながら様々な会話をした。
マリアナは自分が17歳であることや母親の顔を知らないこと、そして猫が唯一の友達だということも打ち明けた。
「今夜は来なかったけれど…明日はきっと来るわ。」
マリアナは言った。
「ロゼーンはとてもきまぐれなの…でも、とても美しい猫なのよ。」
「もしかして…今日は僕がいたから来なかったのかな?」
「そうかも…きっとどこかに隠れて見てたと思うわ。」
「嫌われないと良いけど…」
「カインは優しいから…きっと大丈夫よ。」
カインはわずかに首を上げた。マリアナが初めて自分の名を口にしたからだ。
「明日はやることがいっぱい…もう寝るね。おやすみなさい…カイン。」
「うん…そうだね。おやすみマリアナ。」
二人は挨拶を交わして瞼を閉じた。
しばらく経つとマリアナの寝息が聞こえ始める…すぐに眠ってしまった様だ…
…もしかしたら慣れない状況に緊張して疲れてしまったのかもしれないな。
カインは起き上がり、マリアナの寝顔に目をやった。
清き心の美しい乙女…これがブローボーニの魔女の正体だった。
「これなら思ったよりも早くルポワドに帰還できるだろう…」
安堵した反面、何故かカインの気持ちは浮かなかった。自分が去ればマリアナはまたひとりぼっちになる…
「ごめんな…マリアナ。」
カインは呟き、寝顔に向かって謝った…
翌朝、カインは早朝から仕事を始めた。
マリアナはまだ夢の中だったが、とにかく階段を整理し、二階へ上がらなければならない。入り口に積まれたものを静かに避け、道が開けたところで階段を登る。
…なるほど、こりゃ酷いな。
マリアナが階段を封印するワケだとカインは思った。すでに階段の途中から蜘蛛の巣だらけで、それは奥まで続いているようだ。
適当に探して持ってきた庭ぼうきで蜘蛛の巣を取り払いつつ、カインは二階へと登って行った。
鎧戸を固く閉ざした廊下は暗く、隙間から漏れる朝日がかろうじて中を照らしている。さして大きくない城だけに部屋数は少なく、マリアナの言っていた客間も、三つある扉のいづれかだろう…
先ずは廊下の巣を撤去し、鎧戸をすべて開け放った。眩しい光が廊下を照らし、爽やかな風がカインの髪を凪ぎ始める。
「カイン…?」
階下からマリアナの声が聞こえた。
「二階にいる?」
怯えるようなか細い声音に、カインは思わず笑みを漏らした。
「うん。二階にいるよ。蜘蛛の巣は駆除したからとりあえず上がっておいで!」
「…着替えたら行くわ。」
マリアナは答え、着替えをするために部屋に戻ったようだった。
カインは一つ目の扉に向かい、ノブに手をかける。
中も蜘蛛の巣だらけだろうなぁ…
覚悟して扉を開け中を覗くと、なんと室内は意外にも無事であり、綺麗な状態で維持されていた。
「ここが客間か…」
カインは中に入り、くるりと様子を見回した。小さな暖炉と広いベッド、窓際にはサイドテーブルと椅子があり、床には刺繍を施した絨毯が敷かれている。
「綺麗だけど…埃臭いな。」
カインは眉を寄せながら部屋の鎧戸も開け放った。おそらく今夜からこの場所が自分の部屋になるはずだ。
「とにかく…掃除だ!」
踵を返して部屋を出ると、マリアナが階段から顔を覗かせ様子を伺っていた。
「部屋…どうなってる?」
「大丈夫だ。状態はいいよ。」
「一番奥の…部屋も?」
「そこはまだ見ていないけど…」
「そう…」
マリアナは恐る恐る姿を現した。漆黒の外套は身につけておらず、紺色のチュニック姿だった。鮮やかな黄金色の髪を背に下ろし、一本の三つ編みにして結んでいる。
「隣の部屋はお父様の寝室だったの。そして一番奥が私の寝室…」
維持が出来ていなかったことを恥じているのか、マリアナは小声で言った。
「隣の部屋にも入って構わない?」
「もちろん…」
父親の寝室だったという部屋に二人は一緒に入った。幸いなことにここも状態は良く、マリアナも安堵した様子だ。
「あとは君の部屋だし、僕は下に行って道具を揃えてくるよ。」
「え…」
「扉を開けるだけさ。一人で出来るよね?」
カインは言い、階段の方向に歩き出そうとした。すると、マリアナがカインの袖を掴んで引き止める。
「一緒にいて…お願い。」
「いいけど…大丈夫?」
マリアナは頷いた。まるで幼い子供のように上目遣いにカインを見上げる。
「お望みのままに…お姫様。」
カインは明るく笑って奥の部屋まで歩いて行き、躊躇いなく扉を開けた。
マリアナの寝室は角部屋で明るく、小窓を含めて二つの窓が設けてあった。おそらく父親は一番日当たりの良い部屋をマリアナに与えたに違いなかった。深い森に居を構えるような変人でも、娘への愛情だけは持ち合わせていたようだ。
室内は綺麗に整えられ、何の問題もなかった。当然ながら恐れていた蜘蛛の巣もなく、マリアナは「よかった…」と言って中に入っていった。
カインはそれを見届けてから階下に降りていき、掃除に必要な道具を準備した。
「カインはいい人だわ…」
切り株に座りマリアナはロゼーンに向かって話しかけた。
自由でありながら毛艶が良く、スラリとした体型の黒猫は、マリアナと同じ色の瞳を
差し向ける。
「優しいし…とても気さくなの。私を初めて見た時も少しも驚かなかった。」
「ニャーン」とひと鳴きして、ロゼーンは答えた。膝の上で自分を撫でるマリアナの手に頬を擦り寄せながら喉を鳴らしている。
「あんな人は初めて…ねえロゼ、カインがずっとここに住んでくれたらって思わない?」
ロゼーンは背を丸め、同意するように目を細めた。マリアナも微笑み、彼の頭を優しく撫でた。
二階の掃除も終わり、カインは村へと買い物に出て行った。マリアナは寝室の埃臭いシーツと毛布を別のものに取り替えたあと、小川の水で洗濯をした。久しぶりの重労働だったが、何だかとても楽しかった。
以前は召使が数名いたが、父が他界した後は収入も少なく、彼らを雇うことが出来なくなった。今は父が残してくれた遺産と、国から支払われる配当金が生活の糧だ。
マリアナはぼんやりと今後のことを考えた。つい昨日までは一人ぼっちでも構わないと思っていたけれど、今は違う…
ふいに黒猫が首を上げて周囲を伺う。緊張したように立ち上がり、警戒の姿勢になった。
「どうしたの…?」マリアナは問いかけた。
ロゼーンは答えず、すぐに身を翻して逃げ去ってしまった。マリアナは不安を覚え、辺りを見回した。
「マリアナ様…」
背後から声が聞こえ、マリアナは驚いて振り返った。
「…ヨルン?」
そこには一人の騎士が立っていた。見覚えのある人物だった。
「お久しぶりです。我が君。」
ヨルムド・エストラドはゆっくりと歩み寄り、マリアナの前で跪いた。
「驚かせて申し訳ありません…どこで声をお掛けすべきか、計り兼ねておりました。」
「…ということは。ずっと近くにいたの?」
「はい。」
マリアナは顔が熱くなった。あの独り言をヨルムドに聞かれていたなんて!
「配当金を持参致しました。以前お渡ししてから3ヶ月が経ちますが、お困りではありませんでしたか?」
ヨルムドは揶揄することなく淡々と言った。彼とは父が生存している時からの付き合いだが、その姿勢は昔から変わらない。
「大丈夫。私一人ならじゅうぶん足りるもの。」
マリアナはあっさり答えた。その言葉に偽りはなく、父の功績のおかげで金銭に事欠くことはなかった。
「…ですが、」ヨルムドは低い声で言った。
「これからは違うのでは?」
「え…?」
反問するマリアナに対して、彼は瞠目しながら押し黙る。その表情は固く、明らかに不機嫌だ…
「…カインのことを言ってる?」
「無論です。この状況を見れば当然でしょう。」
「でも…彼はいい人よ。」
「そういう問題ではありません!」
ヨルムドはおもむろに立ち上がり、マリアナに一歩近づいた。
「ご自分が何をなさろうとしているのか解っておいでなのですか?どこの馬の骨とも知れぬ男を安直に信じて寝泊まりを許したうえ、さらに滞在までさせようとしている…危険とは思わないのか⁉︎」
頭ごなしに窘められ、マリアナは思わずたじろいだ。ヨルムドが声を荒げたのは初めてだった。貫くような灰色の瞳がマリアナをじっと見据える。
「あ…貴方にそんなことを言う権利はないわ。」
マリアナは応酬した。
「私は彼と取引をしただけ…滞在を許す代わりに、カインは生活面での協力を約束してくれた。それの何がいけないの?」
予想外の反撃に遭ったヨルムドは再び押し黙り、マリアナから視線を反らした。
木々が風で騒めいている…ヨルムドのマントが翻り、頑強な体躯が露わになった。
「…無礼をお詫び致します。お許しください…我が君。」
ヨルムドが首を垂れて謝罪した。マリアナと視線を合わせず、眉根を寄せてたままだ。
「また近いうちに参ります。どうかくれぐれも自身のご身分をお忘れ無きよう。」
配当金の入った巾着袋をマリアナに手渡すと、ヨルムドは踵を返した。
「私はただのマリアナよ…」
マリアナは彼の背中に向かって言ったが、ヨルムドは振り返ることなく無言で去っていった。
村で必要なものを買い揃えたカインは森へと戻り、馬から荷を下ろしてエントランスに向かった。マリアナを探したが、大広間にも厨房にも姿が見えない…
「マリアナ、戻ったよ!」
カインは大声で言った。
「ここよ。カイン…」
奥の方で返事が聞こえた。昨日まで彼女が自分の寝室と呼んでいた奥の部屋の様だ。
「…ここかい?」
カインが声を掛けると、すぐにマリアナが扉を開けた。
「おかえりなさい。」
マリアナは嬉しそうに微笑んで見せたが、その表情に何か微妙な違和感を感じた。
「…何かあった?」カインは問うた。
マリアナは僅かに怯み、「何も…」と首を横に振った。
「そう?それならいいけど。」
カインは追求せずに頷いて見せた。
「買ってきた物をどこに置けばいいか教えてくれる?」
「ありがとう。仕分けも一緒にして欲しいわ。」
「いいとも。」
マリアナが部屋を出る際、カインは室内の様子を垣間見た。特に入る事を禁じてはいなかったが、どうやらここは作業場のようだ。城塞技師という特殊な技能を持った父親だっただけに、見た事もない道具や計器が並んでいる。
荷物の仕分けや一階部分の整理などを一緒に行いながら、二人は外が暗くなるまで働いた。寝室を整えて窓を閉じ、ようやく仕事が終わる。
夕食の支度を始めたマリアナがいつものように厨房に立つと、「手伝うよ」と言ってカインも横に立った。
カインが手順良く肉やチーズを切り分けるのを見て、マリアナは目を丸くした。
「何故…あなたはそんなに器用なの?」
「騎士の修行中に覚えたんだ…狩で捕まえた獲物を解体して、焼いたものを人数分に切り分ける…一時はそんな作業ばかりしていたからね。」
「す…すごいのね。」
「そうでもないよ。手間はかかるけど覚えてしまえば簡単さ。」
「簡単って…」
気負うことなくさらりと言うカインを、マリアナは唖然として見つめた。
…いったいこの人は何者なの?
ヨルムドの厳しい視線が脳裏をかすめる…確かに私は彼のことを何も知らない…
「さあ、出来たよ。」
カインは屈託のない笑顔を浮かべた。その優しい眼差しにマリアナも思わず笑顔になる。
…カインは旅人だもの。いずれは出て行ってしまう…それは寂しいことだけれど、今は一緒にいられるならそれでいい…
二人で食べる二回目の夕食は昨晩とは比べものにならないほど華やかだった。
「これは僕の奢り。」
カインが出した果実酒をマリアナは少しだけ飲んだ。なんだか体が温まる…そして、おしゃべりしながらの食事はなんて美味しいのだろう…
今夜はロゼーンも側にいた。カインと程よい距離を保ちながら香箱座りで居眠りをしている。その様子を見れば、ヨルムドよりもずっとカインには好意的だった。
「明日は薪になる木を探して切るよ。…僕がいるあいだは、なるべく多く残しておいてあげるからね。」
「うん。ありがとう。」
「あと…水瓶もいっぱいにして置かないと…」
「そうね。…でも、それは私がやるわ。カインにばかり負担を掛けられないし…」
「いいんだ。僕はとうぶん居候なんだから…」
「居候?」
「タダ飯食らいってことさ。」
マリアナは目を見開き、次いで笑い出した。
「違うわ…カインは見返り以上に働いているもの。」
「そうかな…」
「そうよ。カインって本当に面白い人ね…」
マリアナが声を立てて笑うのを見たのは初めてだった。人が苦手と言っていたマリアナが、今やすっかり心を開いている…すごい成果だ。
「…あ、そうだ。ちょっと待ってて…」
マリアナは思いついた様に立ち上がり、奥の部屋に入って行った。カインが様子を伺っていると、すぐに何かを持って戻って来る。
「それは?」
テーブルの上に置かれた物を見てカインは尋ねた。
「パズルよ。ずっと以前にお父様が作ってくれたの…一人でも遊べるけれど、二人ならもっと楽しいわ。」
「へええ…」
「ルールは簡単…こうして積み木をして…」
マリアナは小さく切り揃えられた木の棒を四角く交互に積み重ねた。そして置いてあるパーツをすべて器用に重ね終えると、満足げに頷いた。
「…あ、でもカインは…こんなの嫌?」
「そんなことないよ。どうやって遊ぶのか教えて。」
「…良かった。」
マリアナは、積み木を崩さないように一つずつ棒を引き抜くだけのルールをカインに伝え、すぐに理解したカインとこのゲームを楽しんだ。
初めての勝敗は慣れているマリアナに軍配が上がったものの、カインは納得がいかず、ムキになった彼は何度もマリアナに挑むことになった。
「やっぱり納得できないぞ…」
四度目に至ってカインは呟いた。
「もう一度だ…」
「いいわ…」
マリアナはニコリとして応じた。
…ひょうひょうとしてるけど、カインは案外負けず嫌いなんだな。
真剣な様子のカインを見つめながらマリアナは思った。
…漆黒の髪に同じ色の瞳…優しい眼差し…まるでおとぎ話の中の伝説の騎士のよう…
同じ騎士でもヨルムドとは大違いだった。彼は常に義務的で、笑顔を見せることもない。
今日の様に激しく嗜められるのは初めてだったが、今まで決して優しい言葉を投げかけてはくれなかった。
…お姫様を愛する騎士のお話は知ってる…でも、魔女を好きになる話なんてないもの。
「ーーマリアナの番だよ。」
カインの呼びかけにマリアナは飛び上がった。いつの間にかぼうっとしていたらしい…「あっ…」
マリアナの手元が狂い、とうとう積み木が崩れた。初めての敗北だ。
「よし!」カインは声を上げた。
「ようやく一勝…これ本当に難しいね。」
無邪気に喜ぶカインを見て、マリアナも嬉しくなった。
…こんなに楽しいのに。
カインとの暮らしが当たり前となった頃に別れが来る…そう思うと、マリアナの胸は切なくなるのだった。
つづく




