ブローボーニの魔女
この物語は前作「ペリエ城の雇われ城主」「ペリエ城の荊姫」に続く三作目です。
1作目のシャリナとユーリの出会いに始まり、2作目では双子の姉リオーネの成長、そして、本編の主人公であるカインの成熟期を描いています。過激な表現や露骨な描写は(なるべく)控え、誰でも気軽に読める爽快で優しいお話を心がけました。ファンタジー作品とはいえ、魔法も奇跡もない世界です。怪我や病気にたいしてほとんど治療も特効薬もなく、神も悪魔も存在しません。その世界の中で生きる人々の喜びや悲しみ、そして愛と葛藤を描いています。その縛りがあるからこそ、深いエピソードが描けるものと私は思っています。
ヴェルネt.t
序章 (1)
カイン・ド・アンペリエールは来客と聞いて眉間にしわを寄せていた。
「またか…」
自室を出て階段を降りる。回廊を過ぎて応接の間に至ると、先ずは近衛の隊長シセルが出迎えた。
「あいつは中にいるのか?」
「はい。中でお待ちです。」
シセルは少し口角を上げながら答えた。その表情からすると客の様子は相変わらずらしい…
「まったく…」
カインは呟きながら扉を開けた。日差しの差し込む部屋の中に青年がいて、落ち着きなくうろうろしている…
「お待たせしました。殿下。」
カインは、とりあえず跪いた。いくら馴染みの友人でも、王太子への礼儀を忘れてはならない。
「カイン…!」
リュシアン・デ・ルポワールは、カインの姿を見るなり声をあげ、救いを求める様に迫って来た。カインは顔を上げ、迫り来るリュシアンを反目する。
「ああ、友よ!私はどうすればいい?」
抱きつかんばかりに腕を差し出すリュシアンを回避するように、カインはすくと立ち上がって彼を瞠目した。リュシアンも小柄ではないものの、長身のカインが立ち上がると目線が高くなる。
「今度はいかがなされましたか…」
リュシアンの腕を掴みながらカインは言った。
「その他人行儀な言い様…やめてくれと言っているだろう…」
抱擁を阻止されたリュシアンは文句を言った。
…無茶を言うなよ。
カインは心中で呟いた。抱擁しろだの、タメ口をきけだの、この王太子は無茶振りが過ぎる。
「結婚話が来たんだ…僕は結婚させられる!」
リュシアンは必死の形相で言った。
「それも外国人とだ!」
ほう …とカインは感心した。王太子への縁談は今までも数多あったが、行き着く先はそこであったか…
「どこの国の方です?」
「ネスバージの女らしい…まだ名も聞いていないが…」
「肖像は?」
「そんなもの興味ない …僕は結婚自体したくないんだから。」
…おいおい。
「心中はお察ししますが、結婚も諸外国との外交も、殿下の大切な義務です。それに、ネスバージの姫君は絶世の美女かも知れない。」
「美女?」
「ええ。嘆くのは確かめてからでも遅くはないのでは?」
カインは無表情で言った。下手に感情を顕すとロクなことにならない。
「僕が美女になびくとでも?」
リュシアンは訴えた。
「そなたはその方が良いと?」
上目遣いで直視する王太子に、カインは訝しげな表情を浮かべて見せた。
「当然です。不細工よりは美女のほうがいいでしょう。」
その言葉に愕然としたのか、リュシアンの口が半開きになった。
「それが…僕に対する慰めか…?」
「他にどう言えば良いんです?」
「止めろ…と言ってくれ。」
「思ってもいないことは言えません。」
「そなた…それでも友か…」
「もちろんです、王太子殿下。」
カインは抑揚なく答えた。まさに人生の岐路に立たされているリュシアンには同情するものの、そんな感情を面にすれば一生つきまとわれるに違いない。「僕は女に興味などない...むしろ嫌いだとそなたも知っているではないか...」
リュシアンは言った。
「僕の気持ちを知っていながら...それを言うのか?」
物憂げな彼の視線にうんざりしながらカインは唸った。尋常ならざる王太子の熱い眼差しに、これまでどれほど困惑させられたことか....
「この際、はっきり申し上げます。そのお気持ちは大変迷惑です。諦めて下さい。」
「カイン...無礼だぞ。」
「無礼ですか...では、無礼ついでに言わせて頂きます。」
カインはすうっと息を吸った。
「いい加減にしろリュシアン!俺にその気はない!諦めろ!」
リュシアンの目が大きく見開かれ、青銀の瞳が輝いた。口角が上がって笑顔になる。
「それでこそだ...カイン。」
リュシアンは言った。
「そなたのそういうところが好きなんだ...」
「俺はそういうお前が嫌いだがな。」
カインははっきり答えた。
「...解決出来ない話を俺に振るな。相談されても俺にはどうにもならん。」
呆れ顔のカインに満足しながら、リュシアンはようやく落ち着いて椅子に腰掛けた。叱咤されて喜ぶのが彼の癖であり、全くもって理解不能な心理だ。
…この変態め!
内心で罵りつつ、カインは深く溜息をついた。
「もちろん、誰にも僕を救うことはできないさ。そんな事は解ってる…どんなにそなたを愛してもこの想いは叶わない…だが、言っておきたいんだ。例え神々に寵愛された美女だとしても、僕がその者を愛することはないと…」
「…では、結婚を受け入れるんだな。」
「仕方ない…父上には逆らえない。」
しおらしくなったリュシアンは頬杖をつきながら力なく答えた。家督のために理不尽な結婚を強いられる者など珍しくもないが、リュシアンの場合は女性に対する嫌悪が災いとなってさらに苦痛が増している…聞き流してはいるものの、それをカインへの愛ゆえと明言しているのだ。
「俺にその気はないが、この結婚が良縁で、異国の姫君が美女であることを祈ろう。」
カインは僅かに口角を上げて言った。王太子の「黒騎士」依存の噂話も、これで一応の終息を迎えるはずだ。
「…もう帰る。」
リュシアンは立ち上がった。
「これから父上のところに行くんだ…悪いが、そこの帽子を取ってくれないか?」
「帽子…?」
カインは窓際に置いてあるリュシアンのフエルト帽を見つけて歩み寄り、手を伸ばして持ち上げた。距離的には自分よりリュシアンの方が近かったが、命じられれば従うしかない。
差し出す帽子を受け取りながら、リュシアンはまた上目遣いでカインを見つめた。
「言っておくが、僕は諦めないぞ…」
「は…」
「結婚はする…子も作る…だが、僕はいつか必ず、そなたを振り向かせて見せる。」
体をぶつける勢いで近づいたかと思いきや、リュシアンがカインにキスをした。カインが咄嗟に避けたため唇には至らなかったものの、限りなく近い場所にリュシアンの唇が密着した。
「さすがはペリエの黒騎士だ…キスも容易にできないな。」
小さく舌打ちしてから、リュシアンはまた嬉しそうな顔になる。
「この…変態が…」
リュシアンを睨みつつ、今度は声に出してカインは言った。
しかし、そのなじりですらも、リュシアンには褒め言葉に過ぎなかった。
「やっぱりそなたは最高だ!」
リュシアンが帰って行った後、扉の外に控えていたシセルが失笑を隠しきれずにいるのを見てカインは渋面を浮かべた。
「全部丸聞こえか…」
「はい。申し訳ありません。」
「謝らなくていいさ。俺だって笑うしかないんだから。」
カインは言って苦笑を浮かべた。
「あいつがどう思おうと勝手だが、いずれ王となる者には義務こそあれ自由はない。近いうちにそれを思い知るだろう…」
「そうだとよろしいのですが…」
シセルの返答にカインは眉をひそめたものの、考えるのも面倒になって、すぐに頭を切り替えた。
「…ところで、リオンの支度はもう整ったのか?」
カインは尋ねた。シセルは本来、父であるユーリ直属の近衛隊長だが、妻であるリオーネをペリエへ帰郷させるべく、単身で王都に出迎えに来ているところだった。
「はい。先ほど遣いの者から連絡が入りましたので。」
「そうか…リオンとも暫く会えなくなるな…」
「そうなります。」
シセルは微笑みながら頷いて見せた。
「俺はこの若さで叔父になる訳だな…」
皮肉を込めて白い歯を見せるカインに、シセルは微笑みながら首を垂れた。20歳を迎えたばかりの若者に叔父という呼称は全くそぐわないが、真実なので仕方がない。
「俺自身の違和感より、あのリオンが母親になる違和感のほうがよっぽど凄まじいよ…よく彼女を説得したね。」
「説得…というよりは、自然に…と言った具合でしょうか…」
シセルはいかにも嬉しそうに答えた。子供が生まれるのは数ヶ月も先だが、早くも父親の顔になっている。
「父親になると顔が緩むのは定番なのか…冷徹で孤高だった「漆黒の狼」も、母上と結婚してからは骨抜きにされたらしいが…」
「ユーリ閣下の場合、結婚は誰の目にも意外なものでしたし、シャリナ様はまだ少女の様にお若かった…お二人を授かる際も、閣下は早からず遅からずと、かなりご配慮なされたと聞き及んでおります。それだけに、よりカイン様とリオーネの誕生を喜ばれていたご様子でした。」
「…なるほど。」
カインは取り敢えず納得した。リュシアンほどではないが、自分には異性を愛した経験がなく、未だ興味を惹かれる相手もいない…仮にそんな存在が現れたとして、本当に骨抜きにされるのだろうか…?
「だったらもう行っていいよ、バージニアス隊長。早くリオーネに会いたいだろう?」
カインは眉を上げて言った。これ以上彼を引き止めるのは野暮だ。それが思いやりというものだろう…
「出発前にリオーネとご挨拶に伺います。」
シセルは姿勢を正し、一礼してから踵を返した。去って行く彼の足取りは、いつもの何倍も軽く見えた。
翌日、カインが職務のために宮廷へ出向くと、すぐに総帥であるパルティアーノ公爵からの呼び出しを受けた。父ユーリと同じく屈強を誇る騎士であるフォルト・パルティアーノ公爵は、今や騎士の頂点の地位に座しており、カイン直属の偉大な上司である。
「そなたを呼んだのは他でもない…」
カインを前にして、フォルトは前置きなく切り出した。
「潜入して調査して貰いたいことがある。秘密裏に。」
「秘密裏…特務ですか?」
カインは眉をひそめた。
「うむ…任務は単身で行い他言は許されぬ。誓えるか、サー・アンペリエールよ。」
「勿論です。閣下。」
カインの即答にフォルトは頷いた。彼の表情には一欠片の緩みもなく、視線もいつになく鋭い。カインはただならぬ気配を感じて反問した。
「単身でとおっしゃるからには、援護の必要性がない任務と考えて宜しいのでしょうか?」
「おそらくは…としか、今は答えられぬ。何が起こるかも未知数だ。」
…相変わらず食えない人だな。
カインは思った。
誰でもこなせる任務ならわざわざ俺を指名する必要はないはず…危険を伴うからこその判断に違いない。それをはっきり公言しないあたり、いかにもこの人らしい力量の測り方だ。
「…御意に。」
カインは抑揚を見せずに受諾した。どのみち命令を拒否する権利はない。
「それで、潜入先はどこでしょうか。」
カインの質問に、ようやくフォルトは口角を上げ、卓上に地図を広げて指で場所を指し示した。
「場所はネスバージとの国境に近いブローボーニの森だ。そこに魔女が住んでいると言う…その者に接近し、正体を掴むのだ。」
「は…?」
カインは耳を疑った。
…今、魔女と言ったか?
与えられた任務に対しては的確に達成したい考えだが、今度ばかりは勝手が違うようだった。公爵が大真面目に「魔女」という表現を使ったことがどうにも理解できない …
カインは腕を組みながら首を捻った。誰かに尋ねようにも、秘密裏にでは相談すら出来ない…
自室で地図を眺めながら眉をひそめている間に夕刻になった。召使いがやって来て燭台に火を入れる…それからほどなくして、リオーネとシセルが二人揃って姿を見せた。
「カイン…!」
リオーネは両腕を広げて抱きついたあと、明るい笑顔でカインを見上げた。
「最後の挨拶に来たわ。暫く会えないだろうから…今夜は一緒に夕飯を食べに行きましょう。」
カインもリオンを優しく抱きしめながら笑顔になった。姉とはいえ、双子のリオーネは自分の肩ほどの背丈しかなく、それも、もうすぐ母親になろうとしている…生まれた日が同じだというのに、何とも不思議な心持ちだ…
「俺は良いが、そんな事をして大丈夫なのか?」
「大丈夫…だいいち、ペリエに戻ったら夜遊びなんて許してもらえないじゃない。」
リオーネはそっとカインに耳打ちした。背後にいるシセルに気づかれないように…
「だろうね…」
カインも苦笑した。
シャリナがリオーネの里帰りを待ちわびている…あの貞淑な母が身重の娘の夜遊びなど許そうはずもない。
カインは次にリオーネの頭越しにシセルを見遣ったが、彼は含み笑いを浮かべるだけだった。リオーネの性格を知り尽くしている彼には、妻の考えなど全てお見通しなのだろう。
ともあれ、カインはリオーネ夫妻とともに城下の街へと出かけることになった。任務のことを一人で杞憂していても仕方がない…今夜は全て忘れて楽しむことにしよう。
城下にある街には様々な店が立ち並んでいる。食堂やパン屋、仕立て屋や道具屋など、王都ならではの品揃いだ。日中なら市場もたって庶民で大賑わいだが、日が暮れた今は、騎士や兵士が闊歩する酒場が中心の少し危険な場所に変貌している。
カインはリオーネを守るようにして歩いていた。反対側にはシセルがリオーネにピタリと寄り添っている。何気ない素振りをしているが、当然のごとく妻のお腹の子がかなり気がかりのようだ。リオーネの無茶はいつものことで、服装も装備も未だ騎士そのものであるし、何かトラブルでも起きようものなら迷わず剣を引き抜くに決まっている。シセルはそんなことをさせまいと、周囲への警戒を強めているのだろう…
…そういえば、シセルが動揺したり激昂するところは見たことがないな。
彼のことは幼い頃から見てきたが、いつも冷静でソツがないといった印象だった。しかし、実際の彼はリオーネへの愛ゆえ、自身の命を賭して地獄と言われたバルド戦役を戦い抜き、その武勲と功績をもってリオーネを手に入れた屈強の猛者だった。
…その覚悟は生半可じゃない。
カインは彼を尊敬していた。戦地での彼の活躍と勇姿は今や伝説となっている…父が言う通り、シセルは誇り高い立派な騎士だ。
そんなカインの思惑をよそに、リオーネは慣れた様子で店を選んで入って行った。そこはカインもリオンと何度も訪れている場所であり、店主も馴染みで彼らを見ると歓迎し、席をすぐに用意して案内した。
「毎度…と店主が言っていたようだが…?」
席に着くと、シセルがすぐにリオーネを問い正した。
2ヶ月間、シセルは王都ルポワドに赴任を命じられていたリオーネの身を案じていた。宮廷にはカインがいたし、パルティアーノ公爵の庇護も得られているとあって身辺に問題はなさそうだったが、何より、リオーネが羽目を外さないかが心配だったのだ。
「そんなに毎度ではなくて…」
リオーネは口籠もった。
「そんなにではない…が、何度か出入りしていたんだな?」
「…誘われた時だけよ。」
「誘われ…」
シセルが目を見開いた。リオーネの言葉に驚愕したようだ。
「おい…リオーネ!」
カインが慌てて言った。
「誤解されるような発言をするな。」
「カイン様。貴方も関わりが?」
シセルの尋問にあってカインは天井を仰ぎ見た。リオーネは無自覚でもこれはとんでもない事実だ。言い訳は難しい…
「正確には、アーレスと…カインと私で…よ。」
リオーネはボソボソと白状した。
「アーレス?パルティアーノ公爵のご子息?」
双子の姉と弟は同時に頷いた。
「俺も誘いに応じて…何度も一緒に酒を飲んだ。すまない…」
「なんということだ…」
カインはその時、初めてシセルの動揺を目の当たりにした。彼は夫と言うより、かつての「教官」の顔になってリオーネを見つめた。
「リオーネ…ほどが過ぎるぞ!」
「…はい、ごめんなさい。」
リオーネは肩をすぼめて謝罪したが、シセルの気持ちは収まらないようだった。料理をいくつか選んだ後、最後にリオーネが果実酒を注文しようとすると、シセルが「駄目だ。」と窘めたのだ。
「えー!!」
リオーネは不満の声をあげた。
「えーじゃない。夜遊びのうえ飲酒まで…ハメの外しすぎだ。」
「だって…祝杯なのに…」
「とにかく駄目だ。」
リオーネは口を尖らせながらカインに視線を移して救いを求めた。
「助けてよ、カイン…」
「無理だ…俺も同罪だし、権利がない。」
リオーネの顔に絶望が浮かんだ。唯一絶対の味方にも見放されてしまった…
「少しくらい良いじゃない…」
リオーネは肩を落として溜息を吐いた。
カインはリオーネの落胆ぶりを気の毒と感じたが、シセルの困惑した顔を観てもっと気の毒になった。彼はこの先もずっと気の抜けない状態に陥り続けるのだ…
「無茶ばかり言って困らせるなよ、リオン…少しはシセルの気持ちも考えたら?」
「だってぇ…」
なおも唸るリオーネを無視し、シセルはカインのエールと果汁を2つ注文した。妻に禁じた手前、自分も自省すべきと考えたのだろう。本当にシセルは生真面目だ…
飲み物が手元に来ると、三人は取り敢えず祝杯をあげた。
「バージニアス家の繁栄に。」
「ありがとうございます。カイン様」
「そうねー、カインにも早く佳き花嫁が現れる様に。」
リオーネは杯を掲げながら悪戯っぽく言った。
「リュシアン様に食べられないうちにね。」
「 …やめろ、気色悪い。」
カインが思いっきり嫌な顔をしたので、リオーネは肩を震わせて笑った。
「可哀想なリュシアン…好きになったのがよりにもよってカインだなんて…」
「俺じゃなくても迷惑だぞ…あいつは変態だ。」
「変態…あははは!確かに!」
酔ってもいないのにリオーネは声を立てて笑った。
「とんでもない相手に好かれたものよねえ…陛下もエミリア妃も悲観しているわよ。これじゃあ世継ぎも望み薄だ…ってね。」
「なんだそれは…知ったことか!」
吐き捨てながらエールを飲むカインに、「ですが…」とシセルが口を挟んだ。
「両陛下の杞憂は真実のようですよ。噂では、近くリュシアン様の身辺整理をされるとか…」
「身辺整理?」リオーネは反問した。
「要するに、今後に向けて婚姻の邪魔になるものを根こそぎ排除するという意味だ。」
リオーネは目を丸くした。
「え…でもそれって…カインが一番じゃ…」
リオーネとシセルがカインを瞠目する。カインも二人を反目した。
…まさか…俺は厄介払いか⁈
カインはすぐに思い当たった。パルティアーノ公爵からの命令はいかにも曖昧で掴み所がないものだった。伴も付けず、遠く国境近くの森で魔女に接触せよなど、あまりに奇怪で不可解過ぎる任務だ…
「カイン…何を隠しているの?」
リオーネが言った。その顔からは笑顔は消えており、大きな菫色の瞳でじっと見つめて来る。
「始めに会った時から気になってた…何か気がかりなことがあるんじゃない?」
「リオン…」
「私達は双子よ。離れていても心が繋がっている…だって半身だもの。」
「…。」
複雑な表情で沈黙しているカインを見て、シセルが立ち上がった。
「私は暫く席を外しましょう。」
すぐ後ろに控えているよ。とリオーネに囁くと、シセルは二人から少しは離れた席に移動した。リオーネは夫を促して感謝した。
「それで…何があったの?」
自分の半身が興味深げに身を乗り出して言った。ひとかどの騎士である双子の姉は、母シャリナから受け継いだ美しい色の瞳と、父ユーリに似た眼力を差し向けながら、口角を上げて不敵な笑みを浮かべた。
序章 (2)へつづく