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《 偽聖女 》

成り上がりを夢見て偽聖女を追放しようとしたら、自分が追放されてしまいました。

作者: 新 星緒

 一世一代の大勝負に負けた。

 聖女となる夢は(つい)え、私は国外追放刑となってしまった。絶対にイケると思ったのに!




 護送馬車から降りるとそこは、ひとっこひとりいない荒れ地だった。国境のはずだけどここがどこなのかは聞かされていない。

 背後から

「ひでえな、こりゃ」と声がした。

 振り返る。と同時に護送馬車の扉が閉まり、猛烈な勢いで来た道を引き返して行った。


 私のあとに馬車を降りた男、カミロが右手をひさしのように目の上にかざして行く手を見ている。

「何もねえなあ。人のいる町までたどり着けんのか?」

「『着けんのか?』じゃないわよ。ちゃんと私を『到着させる』の。しっかりしてよ」

「はいはい」

 カミロが右手をおろす。その甲には焼き印の跡がある。昨日押されたばかりのそれは特殊な魔法がかかっているらしい。どんな魔法でも治療でも生涯消えることはないという。


「じゃあ、ぼちぼち行くか」

 カミロは自分の荷物を肩から斜めがけにし、左手には私の鞄を持って歩き出す。昔から私の下僕なのだ。

「しかしここ、ちゃんと結界があるのか。魔物、来ねえよな?」

「知らないわよ。もし来たら私を守りなさいね」

「俺、戦ったことなんて皆無だぞ」

「ケンカは得意でしょ」

「ガキの頃だろ。だいたい魔物に拳で勝てるとは思えない」

「頑張りなさい」

「頑張りはするけど期待はするな」

「私、本当なら今ごろは聖女とあがめられて王太子の婚約者になっていたはずなのよ! ケガさせないでよね」

「大失敗したくせに」

 余計なことを言うカミロの背中を叩く。




 いつの時代にも国にただひとりしか存在しない聖女。その仕事は結界を張って魔物の侵入を防ぐことだ。そして私の曾祖母は聖女だった。

 その曾祖母がひと月ほど前、夢に現れた。彼女であることは間違いない。我が家にある肖像画にそっくりだったから。そして『現在の聖女、エルヴィラは本物ではありません。聖女の証である星の印は自分で描いています』って教えてくれたのだ。


「おばあ様が味方についてくれたのよ。絶対に上手くいくと思っていたのに!」

「え。本当にばあちゃんが夢枕に立ったのか?」

「立ったわよ。信じてなかったの!?」

「いや、成り上がりを夢見てるパルマのことだから、執念でエルヴィラが偽聖女だと調べたあげたんだと思ってた」

「違うわよ。本当にお告げ」


 我がインクロッチ男爵家はかつて聖女を輩出し、そのおかげで名家と讃えられている。だけど実態は名誉にすがっているだけの貧乏な家だ。曾祖母もその両親も謙虚だったようで、名誉の他に何も望まなかった。それは私の両親も同じ。

 だけど私は名誉だけの貧乏暮らしがイヤでたまらなかった。だから絶対にこんな生活から抜け出して、地位も財産もある優雅な生活を送るのだと子供のころから決めていた。


 可愛い容姿を武器に、身分の高い男の妻になってやるつもりだった。だけど私に来る縁談は同じ男爵家からばかり。身分ある男から来るのは愛人の誘いだけ。

 あまりに上手くいかないから焦っていたときに曾祖母が夢枕に立ったのだ。お告げを聞いた瞬間、私は目覚めてベッドの中でガッツポーズを決めていた。


 飛び起きて聖女の証である星型の印を体中くまなく探したのだけど、みつからなかった。てっきり自分が本物の聖女で、曾祖母はそれを知らせるために現れたのだと思ったのだけど、違ったらしい。

 だとしても問題ない。私がエルヴィラを偽聖女だと告発して、後がまに座ればいい。


 そう考えて策を練った。まず最初にすることは、聖女エルヴィラが実際に偽物であるかを確認すること。聖女の仕事は立ち会い厳禁で、普通に考えたら確認は難しい。でも私にはカミロがいた。彼は聖女が儀式を行う神殿に仕える侍従だった。


 カミロは一歳年上の幼なじみで、うちと同じような貧乏男爵家の四男だ。貧乏同士のせいか両家の親が仲良くて、私たちもよく一緒に遊んだ。だけどカミロは十二歳のときに神殿に奉公に行かされた。食い扶持を減らすためだった。


 神殿の侍従は人気がなくて、なりてがいない。衣食住は与えられるけれど担当についた神官の許可がなければ、結婚どころか交際もできない。退職も新しい侍従が入らない限り、不可能。

 だから神殿の侍従はたいてい実家が貧乏で、そして生涯飼い殺しにされる運命なのだ。


 カミロもそうだった。担当の神官は厳格を絵に描いたような人で、神官としては立派だけれど主としてはサイアク。カミロは常々、息が詰まる、逃げ出したいとグチっていた。


 だから私に手を貸しなさいと言ったら協力してくれたのだ。

 立ち会い厳禁の聖女の仕事をこっそり覗き、エルヴィラが何もできていないことを確認。証拠集めも手伝ってくれた。


 あとは簡単。自分で自分に星形のタトゥーを入れ、王と王太子に証拠を見せれば完了。

 証拠は本物だもの、私のことも本物の聖女と信じるはず。そうしたらエルヴィラが持つ聖女の地位も王太子の婚約者という立場も私のものになる。

 そう思っていたのに──。




「じゃあ、ばあちゃんがパルマが本物の聖女だと言ったのか?」とカミロが尋ねる。

「それは言ってない」

「なら、なんでばあちゃんはパルマにお告げをしたんだ? 意図が分からねえ」

「こっちが聞きたいわよ」

「パルマが何か聞き逃したんじゃねえの?」

「……こうなってみると、そうなのかもしれない」


 エルヴィラが偽物なのは事実だった。だけど本物は彼女の腹違いの妹フェデリカで、極度の対人恐怖症の妹を守るためにエルヴィラは聖女のふりをしていたらしいのだ。


 おかげで私の目論見はあっけなく失敗。私は詐欺師として裁かれた。カミロが協力者だったこともあっさりバレて、同罪に。しかもカミロは立ち会い厳禁の掟を破ったせいで破門され、二度と神の祝福を与えられない者の証として右手に焼き印を押されてしまった。


 よく考えてみれば、曾祖母は欲のない謙虚な人だ。夢枕に立ったのは私が聖女になるチャンスだと教えるためでなく、エルヴィラ姉妹を助けなさいという指示だったのかもしれない。

 まったく、紛らわしいことをしてくれたものだ。


「ああ、もうっ!何でこんなことに!」

「どうせパルマが都合のいいとこだけ聞いて喜んでいたんだろ」

「うるさいっ」

 カミロの背中をバンバン叩いて八つ当たりする。

「聖女になるはずだったのに!」

「はいはい」

「それから王太子妃」

「どっちも似合わねえけどな」

「似合うわよ!そしたら贅沢三昧して、可愛い服をたくさん買って、たらふく美味しいものを食べて」

「そんな妃、国民から嫌われる」

「構わないわ、あたしがハッピーなら」

「さすがパルマ」

 カミロはくっくと笑う。


「ああ、悔しいっ!」

「レベルアップどころかダウンだもんな」

 カミロの背中を叩いてやる。

「なんで歩いて旅をしなければならないのよ!こんな荒野に置き去りなんてひどすぎる!」

「命があるだけラッキーだろ。聖女を騙ることは本来なら死罪だ」

 そうなのだ。もちろん知っていたし、カミロにも最初は反対された。

 でも私は騙し通せる自信があった。だからカミロを説得して今回の大勝負に出たのだ。


「でもまさかエルヴィラの妹が聖女だなんて思わなかったんだもん、仕方ないじゃない」

「詰めが甘いんだよ」

「うるさいなあ。カミロのくせに生意気」

「それが協力者に言うセリフか?」

「……」

 カミロまで追放になったのは悪かったと思う。取り調べを受けたとき私は、仲間はいないと主張したのだ。なのにあっさりバレてしまった。


「ほんと、パルマって悪どいくせに抜けてるよな」

「バカバカバカっ!カミロだって性格悪いくせに!友達、あたししかいないじゃゃん」

「お前もな」

 確かにそうだけど!

 本当なら今ごろ王子や上位貴族たちに囲まれてチヤホヤされていたはずなんだ。


「あんたなんて町に着いたら即刻サヨナラだからね」

「こんな俺でもいたほうがいいと思うよ?女のひとり旅なんて、人生詰むぞ」

「あんたがいたら、金持ち男を引っ掛けられないもん。目指せ、裕福な生活!」

「いい加減、諦めろ」

「やだ。あたしは絶対に成り上がってみせるんだから」

「ムリ」

「ムリじゃない」

「お前、性格が悪いからすぐにバレて捨てられる」

「うまくやるもん」

「大失敗したやつが何を言ってるんだか」

「もう、黙れっ」

「夢を見すぎ。そこそこの幸せでガマンしとけって」

「イヤ」

「俺は仕事を失って無一文。破門の焼き印まで押された」


 カミロは私の前で右手をひらひらさせた。

「……それはごめん。サヨナラする前に手袋は買ってあげるよ」

「知ってるか? 俺、神殿付きじゃなくなったから自由に恋愛も結婚もできるんだぜ?」

「知ってるけど? 良かったね」

「だから俺にしとけよ」

「何を?」

「共に生きる男」

「と……?」


 共に生きる男を俺にしておけ?


 どういう意味だろうと考えて。

 ひとつ思い当たる可能性に気がついた。

 急激に鼓動が速まる。


「な、なに、冗談、言ってんの。やめてよ」

 こいつはそういう相手じゃない。幼なじみの腐れ縁。そして下僕。それだけのはずだ。

 カミロが足を止めて私を見た。すごく真面目な顔をしている。


「ただの幼なじみのために犯罪の片棒をかついだと思ってんの?」

「え?……あれ?……え?」

「俺はもう恋愛も結婚も解禁なんだ」

 そ、それはさっきも聞いた……

「お前は諦めて、そこそこの幸せで満足するんだよ」

 カミロの手が伸びてきて、長い指が私の唇をなぞる。

「誰にも渡す気はねえから」


 ふいとカミロは向きを変えて歩き出す。

「ほら、行くぞ。日が暮れる前に町に着かねえと」

 そこは賛同できるけど。


 先を歩くカミロの背中を見る。


 さっきのセリフは、本気だろうか。

 というか、そういう意味で言ったのだろうか。

 今まで私を好きな素振りを見せたことなんてなかったのに。


 カミロが振り返った。

「急にしおらしくなるなよ」

「別に! しおらしくなんて」

「へえ?」

 ニヤリとした下僕は素早く私の手を取ると、手の平をベロりとなめた!


「何すんのよ!」

「味見。続きは夜な」

「なっ! 何が夜よ、調子にのるな! 下僕のくせにっ」

 ポカスカと叩いてやるが、カミロはニヤニヤしている。

「パルマはそうでなくちゃ。こんなワガママ悪女を許容できるのは俺だけだって、早く気づけよ」

 そう言って、カミロは再び歩き始めた。


「そんなことないし! あたしは可愛いもん。カミロよりもっと金持ちのいい男を捕まえるんだから!」

「はいはい」

「絶対に絶対だから!」




 だけど手の平は熱いし、心臓は爆発しそうだ。

 ああ、しかも。


 キスってどんな感じなのかな、とか頭が勝手に考えてしまう。

 アホか、あたし。信じられないチョロさじゃないか。


 ──カミロはやけに手慣れていたけど。


 誰かとしたことがあるのかなと考えたら、胸の奥がもやもやした。

 そんなはずはない。あいつは下僕だし、私は金持ちと結婚するって決めているのだ。

 カミロなんかじゃ……。







 カミロとの『そこそこの幸せ』。

 それに惹かれているのは、勘違いだと思いたい。



本編

『偽聖女だと追放されましたが、本当に偽物です。さて、どうしましょう。』・・・偽聖女エルヴィラと王太子マクシミリアンのお話。


スピンオフ

『王太子である兄が偽聖女と駆け落ちしたせいで、俺が恋に落ちた話』・・・エルヴィラの妹フェデリカとマクシミリアンの弟テレンツィオのお話。


スピンオフ

『聖女になったら初恋の人と結婚できたけれど、代わりに嫌われてしまいました。』・・・隣国の聖女ディートリンデと王太子アレッシオのお話。

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