巫女の託宣
あの時から何もかもが上手くいかなくなった。
それまでは、町を歩けば皆が優しい声をかけてくれた。「私が悪いんだから」と心にもなく目を伏せれば、健気で愛らしい妹と男に捨てられて当然の意地悪な姉の話が独り歩きした。母さんはいつだって私に甘く、いつも笑いながら話を聞いてくれた。ケンは寝物語に姉さんがいかにつまらない女だったかを教えてくれて、「君を選んでよかった」とほほ笑んでくれた。2人の間に生まれたレナは愛らしく、それまで私に厳しかった父さんまで柔らかくなった。毎日がとても楽しく、幸せだった。
その生活が一転した。
私だって姉さんが居なくなったと聴いたときは驚いた。レナが生まれてしばらくしてから、姉さんはケンに借金の返済を迫ってくるようになっていたから、居なくなってくれて正直せいせいしたのだ。その気分が切り替わるまで、大した時間はかからなかった。
まずは、あの忌々しいネルが借金のことを漏らしたせいで、私たちに疑惑の目が向き始めた。借用書をネルが持っていたなんて知らなかった。道理で母さんが家の中を探してくれても見つからなかったはずだ。姉さんといい、どこまで厭な女なんだろうと思う。
そしてあの日、崖の上で。血の跡と姉さんの靴の片方が見つかった瞬間から、町中の人の目が人殺しを見るものになった。母さんの昔の話まで蒸し返され、意地悪な姉と健気な妹の話は、種違いの姉を疎む母親と姉の許婚を奪った挙句に殺した人でなしの妹、そして許婚の妹に乗り換えた上に借金を踏み倒すために殺した男の噂に塗り替わった。
年が明けてしばらくしたころ、領主に遣わされた騎士団が調査にやってきた。騎士さま達が町中を聞いて回った結果、当然ながら何もしていない私たちはお咎めなしとされた。それでも町の噂は消えなかった。それどころか母さんが私たちのうちに住むようになってから、ますます激しくなったようだ。単に確実な証拠が見つからなかっただけだろう?似合いの家族だね。と陰で嗤われながら。
どうしてこんなことになったんだろう。今では町を歩く私を、人々が皆避けていく。あれから1年近くが経つというのに。どうしようもなくて、私たちはまたそこを訪れた。
「託宣の巫女さま、どうか私たちに託宣をお授けください」
「断る」
間髪を入れず、巫女さまはいい笑顔で返事を返してきた。
「お前たちへの託宣は既に下されている。託宣をないがしろにした者が、託宣通りの罰を受けた。
それだけのことに、なぜもう一度託宣が得られると思ったのか?」
その言葉は私たちを打ちのめした。なぜならこの人の託宣は正しかったからだ。
******
去年の春もまだ浅いころ、私の妊娠がわかった。好きな人との間に子供が出来たのは嬉しかったが、相手が姉の許婚だったことは皆が知るところだ。
「私たち、別に悪いことはしてないんです。ただ本当に好きな人に出会っただけで」
「それが本当なら、二股かけてないでさっさと別れるべきだろ?背徳感がいいスパイスだとでも?」
最初に会った時も、巫女さまはそんな風に冷たかった。長い時間をかけて私たちの気持ちを説明したというのに、それをバッサリと切り捨てる。
「お前たちの主観なんぞ知らん。大事なのは事実だ」
こんな嫌味を言われるためにわざわざお金を払って相談に来た訳ではない。客に対する余りの冷たさに私は声を荒らげた。
「だったらどうしろっていうのよ!謝れとでも?!」
「…謝ってすらいなかったのか?」
巫女さまは目の色は蔑みと嘲りに満ちていた。その目を閉じて何事か考え込むようにした後、大きくうなずくと言った。
「宜しい。託宣を下そう。まずは誠心誠意謝罪をすることだ。
許されるならばそれでよし。許しを得たことに感謝せよ。
許されないならば、許されないだけの行為をしたということを受け入れよ」
席を立って身をひるがえしつつ、最後にこう言った。
「託宣は下された。疾く去るがいい。託宣を受け入れなければ、係る全ての者に災いがあるだろう」
私は口惜しさに唇を噛む。なんでいつも姉さんばかり。足音荒く託宣の間をでてしばらく。それまで黙って歩いていたケンが素晴らしいことを思いついたようにニヤリと笑った。
「要はハナが許せばいいんだろう?許すというまで追い詰め…じゃない。謝ればいい」
「そうね、そうだわ!姉さんが許すといえばそれで済むんだもんね!」
私たちは顔を見合わせて笑いあった。話を聞いた母さんも味方してくれた。3人で姉さんに許してもらう算段を立てるのはとても愉しかった。
…それが何でこんなことになったのか。悄然とうつむきながら私は思う。すべて姉さんが悪いんだわ。
時系列をちょっとだけ。
前々年10月中頃:秋の例祭
前々年12月末頃:妹の妊娠
前年2月末頃:妹、相談所へ赴く
前年3月初旬:妹の結婚
前年6月中頃:妹の付きまとい開始
前年9月後半:妹の出産
前年11月末頃:姉、相談所へ赴く
前年12月末頃:姉、失踪
本年1月初旬:姉の葬式
本年1月下旬:両親離婚
本年11月中頃:親友、相談所へ赴く
本年12月初旬:今ココ