消えた親友
また冬がやってくる。
去年の終わりに行方不明になった親友は、結局見つからなかった。今でも彼女のことを思うと、涙がにじむ。
捜索が打ち切りになったのは、彼女が居なくなった3日後のことだ。その日、通りかかった近在の猟師が、話を聞いて捜索に加わってくれたのだ。山で探し物をするのは本職だから任せておけと笑い、若い女の子が山の中で迷っているなら、早く見つけてやらなくちゃなと這いつくばるようにして地面を眺めていた猟師は、それまで誰も気づかなかった本道からそれる足跡を見つけてくれた。
「この足跡は少なくとも男が1人、女が1人か2人だな」
猟師のつぶやきが聞こえた町の人の目が向いたのは、ハナの母親と妹夫婦だ。ここ1年のハナとニナの姉妹の騒動は、町中の人が知るところだった。ハナは許婚を寝取られた腹いせに、妹に嫌がらせをし続けるみじめな姉だとそしられていた。だがこの3日で風向きは変わった。今までは妹に同情的な目を向けていた人々が、借金のことが広まるにつれて今度は疑惑の目を向けるようになったのだ。
「ここに何かが争った跡があるぞ?」
本道からは見えないくらい奥に入ったところに、それはあった。周囲の小枝が折れ、草は踏み荒らされ、何よりもそこに僅かだが血痕が残っていた。血痕を見ながら猟師が言う。
「これは…後ろから殴られた、のか?そしてこっちに引きずられている」
つぶやくような猟師の言葉だけが聞こえる。猟師が痕跡を追い、捜索隊は皆黙って猟師を追った。痕跡は断崖の上まで続き、そこで断たれた。皆で辺りを探し回ると、靴が。乾いた血と泥のこびり付いたハナの靴が、片方だけ見つかった。
「…残念だ」
猟師はそう言うと、蒼白な顔をしたおじさんの肩を叩いて帰っていった。私は周囲を見渡して、望みを探したが何もない。痛ましそうな顔をした人々がいるだけだ。私はそこで意識を失った。
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年明け早々行われたハナのお葬式は、花も棺もない寂しいものだった。ハナの代わりに、あの時見つけた靴を埋めた。
あの後山で起きたことを、皆が口々に教えてくれる。
何人かが崖下に周りこもうとしたものの、藪が茂りすぎていてとても近づけなかったこと。
おばさんがさすがに血相を変えて、ハナをどうしたとケンに詰め寄っていたこと。
ケンは知らないとしか言わず、最後はおばさんを振り払ってニナと一緒に帰っていったこと。
おじさんは手渡された靴を握りしめ、ハナの名を叫びながら人目もはばからず号泣していたらしい。
色んな話が町中に伝わった結果、ニナとケンの夫婦は遺族にも関わらず遠巻きにされ、誰も近づかなかった。はっきりと口にするものこそいなかったが、誰もがハナの失踪にこの2人が関わっていると信じているのが判る。町中がハナに向けていた態度を翻して、加害者に対する目をニナ達に向けるようになったのだ。
そしてもう一つ変わったことがあった。母世代の女性の一部だけが知っていた公然の秘密が、大っぴらに囁かれるようになったのだ。
「ハナちゃん、家の中ではまともに話もできなかったらしいじゃない?」
「やっぱり実の娘でも父親が違うと扱いを変えたくなるのかしらね」
「妹の父親はあれでしょ、渡り研ぎ屋の…。顔と愛想はよかったわよね」
お葬式が終わってしばらくした頃、おばさんは家を出てニナ達の家で暮らすようになった。おじさんは家を売って、仕事場である境界門の近くの小さな部屋で独り暮らしを始めた。ハナが居なくなってから1月もしないうちに、彼女の育った家はなくなってしまった。
私はあれから何度も独りで森に入っている。私は親友を諦めきれない。最悪の状況だったとしても、せめて見つけてあげたいのだ。時々、遠くにおじさんの姿を見かけることもある。きっとおじさんも同じようなことを思っているのだろう。
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…そう、私は諦めきれない。その家の扉を叩いたのはそんな理由だ。
「託宣の巫女さま、どうぞ私に託宣をお授けください」
「よく来たね、ネル」
巫女さまはそう言って笑った。
時系列をちょっとだけ。
前々年10月中頃:秋の例祭
前々年12月末頃:妹の妊娠
前年3月初旬:妹の結婚
前年6月中頃:妹の付きまとい開始
前年9月後半:妹の出産
前年11月末頃:姉、相談所へ赴く
前年12月末頃:姉、失踪
本年1月初旬:姉の葬式
本年1月下旬:両親離婚
本年11月中頃:今ココ