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託宣の巫女  作者: 猶崎 迅
2/6

巫女の本業

「この家の入口にはなんて書いてあった?」

「よろず相談承ります…?」

「そうだ。つまりここは単なる相談所なんだよ。ただし領主様管轄の、ね。

 わたしの託宣は領主と法律が下すもの。だから本業は、いわゆる役人だな」


オロオロと部屋中を眺めまわすハナがおかしくて、茶碗で口元を隠す。

薄暗い天井からは乾燥した薬草の束、部屋の奥には大きな鏡。ほのかな蝋燭の灯りといい、テーブルの上の水晶玉といい、どう見ても怪しげな巫女の部屋だ。

そう見えなくては困る。()()()()()()()()()()()のだから。


「託宣を求める者が遠方から招きに来るくらい、高名な巫女さまだと…」

「遠くから来るのは、連絡事項を携えた同僚だな。たまに町を離れるのは会議のためだ」


宮仕えの身分だからな、と肩をすくめてみせると、ハナの口と目がぽっかりと開いた。なかなかの顔芸だ。おもしろすぎる。


「さて、何から話すべきか…」


わたしは思案に暮れた。


******


そもそもこの制度が始まったのは、現領主様が伯父である先代領主の補佐に入ってからだ。先代領主ナサニエル様のお子様は早くに亡くなられ、甥にあたるバートン様が成人と同時に領地に移ってきたのが9年前になる。


最初の2年、バートン様は行商人に交じって領地の隅々までを見て回った。

ナサニエル様もお若いころ、先々代の領主に言われて同じことをしたそうだ。

継嗣の安全のためにこの習慣は秘されているものの、代々領民の暮らしを自らの目で確かめ、暮らしぶりを聞き取り、自らの治世の楔としてきた領主一族をわたしたち臣下一同はとても尊敬している。


遊学から帰ったバートン様は、自ら目にしたある不正義について語った。


それは地方の小さな町でのこと。その町は大きな教会に牛耳られていた。教会に逆らったものは「悪魔」「魔女」と烙印を押され、普通に町で暮らしていくことができなくなった。

自分がにらまれたくないばかりに、町の者は教会の望む通りにふるまった。教会の言うままに村八分にし、虐げることで自分の身を守った。

ある時、教主の下働きとしてある娘を差し出すよう命令が下った。

その話は既に町中に伝わっていて、皆が口々に「光栄なことだ」「うらやましい」と口にした。下働きの名目は単なる建前で、妾奉公であることは誰の目にも明白だったのに。

仲睦まじいことで知られた許婚にまで「しっかり勤めてこい」と言われた娘は、世を儚んで川に身を投げた。


…ふりをしてバートン様が助けだしていた。


教会へは娘の入水の件を調べるという名目で騎士団が介入し、一網打尽にした。

わざと目撃者のいる前で娘に無情な態度をとる姿を見せつけた許婚は、周囲の冷たい目にいたたまれなくなったとして時間をおいて町を出た。今は城下の一角で2人でつつましく暮らしているそうだ。


「これは1例に過ぎない。似たような事案を幾つも見たんだ。

 領主の目の届かない遠くの土地では、大きな権力を持ったものが不正を行なえば、それを正す方法がないんだ。訴える先もない。私はそれを何とかしたい」


そこからナサニエル様とバートン様を中心に、様々な方法を検討した。

必要なのは「目」だ。起きている悪事を見逃さない目。虐げられている者を見つけだす目。そして弱い者を助け出す手段を見いだせる目。

「目」は見出だした事象を領主に報告する。そして領主が「手」として手段をふるう。

救い出すのは「手」に任せ、「目」は自分が配られた町に深く潜入する。

時には商人として。時には猟師として。そして所によっては巫女として。

わたしはバートン様が正式に領主を継いだ3年前に、この町に配られた「目」だった。


******


「ハナ。この町をでてみないか?」


迷った挙句、わたしは結論から口にすることにした。ハナはようやく普段の聡明さを取り戻したように表情を変え、真剣に考えこみ始めた。その顔のギャップが面白い。


「町を出て、どうするんですか?」

「そのワンピースは自分で作ったものだろう?それなら針子の仕事を紹介してもいい」


こんな田舎の町にしては比較的垢ぬけた姿のハナを見ながら、どの工房に紹介するのがいいかと頭の中で算段を立てる。他の町の「目」には自ら針子をしている者もいるし、ブティックを経営している場合もある。女同士の噂話というのは、情報源として侮りがたいものがあるのだ。おかげでこういう時に使える伝手も山ほどある。乱暴で横暴な男から逃げ出したい女性を保護する場所は、多いほどいいというものだ。


「あとはメイドとか、商家の手伝いなんかも紹介できるが」

「…いや、そうじゃなくて。なぜ私が町を出る必要があるんですか?」


にじみ出る怒りもやりきれなさも飲み込んで、冷静に言葉を操る賢い娘。この娘には「目」すら務まるかもしれないな。わたしはそんなことを思う。

今は、そんな先のことより…。


「簡単だ。お前はこの町にはもったいないからさ」

時系列をちょっとだけ。


前年10月中頃:秋の例祭

前年12月末頃:妹の妊娠/結婚

本年6月中頃:妹の付きまとい開始

本年9月後半:妹の出産

本年11月末頃:まだココ

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