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託宣の巫女  作者: 猶崎 迅
1/6

巫女との邂逅

私はほとほと困り果て、疲れ果て、深く悩んでいた。


つらい、悲しい、憤ろしい、憎い、妬ましい…。

そんなあらゆる負の感情を通り抜けてたどり着いた、

ひたすら、どこまでもひたすら「煩わしい」という境地。


だから私がその人を訪ねることにしたのは、

悩みを相談したかったわけではない。

その人があの連中に何をほざいてくれやがって、

私をこの境地に追い込んでくれたのか確かめたかったからだ。


「託宣の巫女さま、私に託宣をお授けください」


******


事は1年以上前にさかのぼる。


それは忘れもしない、秋の例祭の日。

貧しい町におけるほとんど唯一のハレの日だから、

連れ立って祭りに行くのは恋人たちのデートの定番なのだ。

私も幼馴染の許婚とデートを楽しむべく、

待ち合わせの場所に向かっていた。


この日のために手ずから仕立てたワンピースがなぜか見当たらず、

若干がっかりした気分ではあったが、

やっと農作業に忙しくて会えない時期も終わったのだし。

そろそろ2人で結婚準備について相談するのもいいかもしれない。

楽しい未来を思い描きつつたどり着いた待ち合わせ場所には、

許婚と一緒に見覚えのあるワンピースを着た妹がいた。


そこで許婚から告げられたのは、つまるところ私でなく妹と結婚したい。

という話だった。

去年の冬、風邪を引いた私の代わりに買い出しに行く妹を馬車に同乗させたのが全ての始まりで。

春になったら見に行く約束をしていた花畑には妹と行ったこと。

夏の間、私には「忙しくて会えない」と言っていた裏で妹と逢引していたこと。

秋の例祭を最愛の女性を差し置いて私と過ごすのが苦痛になったこと…。


「お前は頭もいいし、強いし、俺がいなくても何でもできるだろ。でも彼女は違う」


許婚はそう言って妹を抱き寄せた。


「俺は彼女を一番側で守りたいんだ。今も、これからも、お前からも」


妹はうっとりした表情でそんな()許婚を見上げ、

それから私に()()()()表情を向けて言った。


「姉さんはいつも言ってたじゃない。彼なんて単なる幼馴染だって。

 私はずっと彼みたいな許婚がいる姉さんがうらやましかったわ。

 私のほうが彼を好きなのに、姉さんはずるいわ!」


その日、それからどうやって家まで帰ったのかは覚えていない。


思えば妹は昔からなんでも私のものを欲しがる子だった。

欲しいとか、ちょうだいとか、はっきりと要求してきたことは一度もない。

ただ「いいなぁ」「うらやましいなぁ」「ずるい」を駆使して、

私が根負けしてくれてやるか、

母が「お姉ちゃんなんだから妹に譲ってやりなさい!」と取り上げるまで、

遠回しにねだり続けるのだ。


それでいて望みの物を手に入れればそれで満足するらしく、

私の宝物はすぐにホコリまみれで放り棄てられた。

要らないのなら、と取り返そうとすると、

妹は「私がもらったのに!もう私のものなのに!」と泣きわめくし、

母も「一度妹にあげたものを取り上げようとするなんて!」と叱る。

かわいいリボンも、お気に入りの人形も、大好きな絵本も、

そうやって私の手元からなくなってしまった。


結局のところ妹は私が自分の持っていないものを持っている、

そのこと自体が気に入らなかったのだろう。それがよさそうなものなら尚更だ。

私から私が気に入っているものを取り上げれば満足する。

それに気が付いてからは、本当に大切なものは妹には見せないか、

なるべくそれが大切ではないかのようにふるまった。


それがいけなかったのだろうか。

それとも…彼を大切に想っていたのを隠し切れていなかったのか。


いずれにせよ、大切だったものがまた一つ、

私の手から妹に取り上げられたのは確かだった。


私は枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。


******


その晩、()許婚が妹を伴ってやって来たようだ。

私は自分の寝室に閉じこもったまま、父が激怒するのを聴いていた。

切れ切れに「恥知らず」とか「どの面下げて」と叫んでいるのが聴こえる。

境界門を守る兵士である父に追い出されたのだろうか、

元許婚の声は外から聞こえるようになり、やがて静かになった。

父が私のために怒ってくれたのが、せめてもの慰めだった。


父は妹も家から追い出そうとしたが、母が止めた。

若い娘を外に放り出すなんてとんでもない、何かあったらどうする。

母の主張はもっともなので、父も渋々折れたものの、母屋に入ることは許さなかった。

妹は納屋の2階に住むように言い渡され、泣く泣く部屋を移っていった。


…これがさらなる間違いのもとだったのだ。


人目のない納屋に住み始めた娘の元に恋人が忍んで来るのは、

当然といえば至極当然のことで。


妹はすぐに妊娠した。


あんな人気のない場所で一人過ごすなんて心配で!とか、

冬の寒さに凍えていないか確かめたかったとか、

見苦しい言い訳をする()許婚を叩き出し、

父は一緒に妹も追い出して、2人は一緒に暮らし始めることになった。


私は、これでやっと平穏が戻ってくる。そう思っていた。


******


「それで?男の心を取り戻す方法でも聴きに来たのかい、ハナ?」


目の前に座る巫女さまは、どこか笑いを含んだ声でそう言った。

いつ私の名前を?名乗った覚えはないのに。とキョトンとしていると、


「この辺りでは有名な話だからね。妹が姉の婚約者を奪った。

 姉はそれを恨みに思い、妹を付け狙っていると聞い…」

「そんなことしていません!」


かぶせ気味に否定した私の無礼を咎めるでもなく、巫女さまは今度こそ声をあげて笑った。


「そうだろうね。今までの話を聞く限りでも、そんな下らないことはしそうにない。

 前を向く勁さも、振り返らないしなやかさも持っているように見える」


そして一転して苦い声で付け加えた。


「でもこの町の中では、その噂のほうが通ってしまっている」


その通りだった。


******


「お願い、姉さん。私たちを許して?」

「私たち愛し合っているのよ」

「この子のためにも、許してほしいの」


大別すればこの3つに集約される台詞を、妹に会うたび聞かされる。

なので私も3つの返事をする。


「勝手にすればいいじゃない」

「もう私には関係ないわ」

「お願いだから放っておいて」


それ以上の口はもうききたくない。そんな私たちを見ている母の言葉も3つだ。


「そんな狭量なことだから男に振られるんだわ」

「いつまでも意地を張り続けて本当にかわいげのない」

「こんな底意地の悪いところは誰に似たのかしら」


母は自分によく似た妹が昔からお気に入りだった。

二度と敷居をまたぐなという父の言いつけなど聞かなかったかのように、

父が仕事に出かけるのを見計らって母が毎日妹を招き入れる。

そして茶飲み話や家事の合間合間に2人がかりで私を責める言葉を入れ込んでくるのだ。


そんな毎日に、私は次第に自宅での居場所を失くしていった。

唯一味方してくれる親友の家にいる時間の方が、自宅にいるより長いくらいだったが、

さすがに毎日お邪魔するわけにもいかない。

行き場のない日には、昼の間は市場や森をさまよって時間をつぶし、

父の帰宅に併せて家に戻るようにしていた。


お腹が目立つようになった頃、妹は外でも私に付きまとうようになった。


「姉さん、お願いよ。姉さんに許してもらえないと、私たち幸せになれない!」


のどまで出かかった怒声を飲み込んで、私は妹を無視して市場を横切っていく。

普段よりゆっくりと歩く妹は私とすぐに距離が離れていき、

やがて崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。

それを市場で野菜を売っていたおばさんが助け起こす。


「そんなお腹で大丈夫かい、あんた?何をしたか知らないけど、ひどい姉さんだね」

「いえ、いいんです。私が悪いんですから…。

 巫女さまにも誠心誠意謝るよう言われたんです」


涙ぐんだ顔をうつむけるようにして、妹が弱弱しく応えると、

振り向きもしない私の背中に刺々しい視線が刺さるのを感じる。

お腹をなでながら妹が何かを言うたび、私はひどい姉に見えていく。

そして沢山の「善意の人々」が「善意の意見」を私に注ぎ込んでくるようになった。


「それくらいのことで」「そんな風だから」「諦めなさいよ」

「大丈夫?ひどいことされないようにここで見ててあげるよ」


思い描いていた未来が足元から崩れたのがそれくらいのこと?

私の何を知っているっていうの?

私が執着してるわけじゃない。もう放っておいて欲しいだけよ。

ひどいこと?私は何もしてない。したのは妹達なのに。

なぜ誰も気づかないの?妹は私を貶めたいだけなのよ!


できるなら叫びたかった。

相手の肩をつかんで揺さぶって、怒鳴り散らしたかった。

でもそんなことをしたらますます妹の思うつぼになる。

そう思って耐えた。噛みしめすぎた奥歯は、この半年で確実にすり減ったと思う。


しかし町での評判は確実に落ちた。

人々は私が通るとひそひそと話し、クスクスと笑い、後ろ指をさした。

親友はかばってくれたが、実の母が妹に都合よく話をするので無駄だった。

噂を聞きこんだ父は怒ったが、何とかするよう母に言うだけで、

何の役にも立たなかった。

むしろ母がへそを曲げたせいで状況は悪化した。

それでも父が私のために怒ってくれているのが、家に味方がいたのが微かな救いだった。


しかしそれも子供が、父の「初孫」が生まれるまでの話だった。

妹が子供を産んで2ヶ月経った朝、父が私の寝室を訪ねてきて言ったのだ。


「なあ、ハナ。そろそろニナ達を許してやるつもりはないか?」


******


「わたしが、お前に許してもらうよう、性悪の妹(ニナ)に、言ったと?」


巫女さまが引っかかったのはそこのようだ。一言一言妙に区切るように言われた言葉に、妹の台詞を思い出してみる。


「…いえ、何と言われたかはっきりとは。でもそう取れることを言いました」

「ますます性悪だな」


巫女さまは舌打ちせんばかりだ。その姿を見て、私が当初ここに来た目的を思い出した。


「巫女さまは、ニナに何を言ったのですか?

「そうだな。まずはハナ。お前には『おめでとう』と言っておくよ」

「…は?」


私は相当マヌケ面をさらしていたと思う。

対する巫女さまはお茶を飲みながら少し意地悪い顔で笑っている。


「お前の妹達は確かにわたしのところに来たよ。色々言い繕ってはいたが、

 要は姉の許婚を寝取った妹、許嫁の妹に乗り換えた男、

 という体裁の悪い印象を何とかしたいと言ってきた訳だ。

 だから印象じゃなく事実だろう。と追い返した」

「妹がこちらから戻ってすぐ、私が許さないから不幸になるって言われたって聞きましたが」

「どんな頭をしているとそう解釈できるんだろうな。

 許されないのは許されないだけのことをしたからだ。その結果は受け入れろと言ったはずだが」


首をひねった巫女さまは、


「まぁ、あの馬鹿と結婚しなくて済んだお前は幸運だったんだぞ」


しみじみとそう言った。それから、


「ところで、ハナ。わたしは別に巫女ではないのだが。」

「はぁ~!?」


思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのは、私のせいではないと思う。

時系列をちょっとだけ。


前年10月中頃:秋の例祭

前年12月末頃:妹の妊娠/結婚

本年6月中頃:妹の付きまとい開始

本年9月後半:妹の出産

本年11月末頃:今ココ

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