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【中編】

「は、はい――。」



 思わず私は声のした方へと振り向くと目が合い、ニコッと微笑んできたその人はヨーロッパ系の人なのか……もしくはその血が混じっているんだろうなと一目で分かる容姿だった。


 金髪で碧眼で、ハッキリとした目鼻立ちの映える肌は白く……椅子に座っていてもすぐ分かるほどの長い足で、まるで子供の頃に読んだ御伽噺に出てきた王子様そのものといった雰囲気を身に纏っていた。



「あなたも……ご休憩に? お疲れになりましたか?」


「えっ? あっ! はい。――実は、こういうパーティーに来るのが私、初めてでして……。」



 再度話しかけられたことに驚いた私は、スラスラと言葉が出てこずに日本語がカタコト気味になってしまった。

 どうやらそれが面白かったらしく、その人は我慢ができないという様子で顔を背けて手で口を押さえ、プッと吹き出して笑う。


 私はそれが目に入るや否や変なことを言ってしまったとハッと自覚し、恥ずかしさから顔をカッと真っ赤にして黙ってただ俯くしかなかったのだった。



「いやぁ……すみません。幼い子供のようにたどたどしく喋るあなたがあまりにも可愛らしくって。フフッ……。」



 決して馬鹿にしているのではなく、本当に幼い子供を見るように温かい眼差しで悪戯っぽく笑うその人の声に、私は惹きこまれていく



「かっ――可愛い、だなんて…………。」



 女の私よりも美しいと思う容姿を持つその人が放った言葉に、照れるやら気恥ずかしいやらで私の顔は更に真っ赤になって火照った。

 それを見たその人は首を傾け、「おや?」と私の顔を覗き込んできたのだった。



「ミサ……さん? もしかして、言われ慣れてはいない――といった感じですかね?」



 その人はバッジに書かれた私の名前を読んで呼びかけ、不思議そうに言葉を紡いだ。



「――っ!! ――――はい。そんな感じですね……男性になんて。」


「あなたの周りにいる男たちは見る目が無いですねぇ。こんなに可愛らしい方を見て称賛しないだなんて……。」


「あ、ありがとう――ございます。」



 言われ慣れない言葉にどう対応したら良いものかと分からず、どぎまぎと返答に窮する中でお礼の言葉を一言述べるだけが精々で……。

 それ以上に何も言えなくて黙って床を見ているだけの私に対し、ただこちらを見つめてくるその人の熱い眼差しに耐え兼ねて私は意を決し、ソーっと目を動かして視線を上げた。



「あ、あの……つまらない――ですよね。ごめんなさい。何だか私、うまく喋れなくって……。」


「いえ、焦らなくっても大丈夫です。待ちますよ。あっ――そういえば、自己紹介がまだでしたね。」



 そう言うとその人は自分の右手をそっと胸に置き、さっきの軽い感じとは違う様子でとても丁寧な口調で畏まって名前を告げてきた。



「わたくしの名前はレイモン――『レイモン・アルヴィエ』と言います。だから――愛称の『レイ』って()()に書きました。どうぞお見知りおきを……。」


「わわっ! ご丁寧にどうも――! えっと、私は『木乃原 美咲』って言います。だから『ミサ』って……。」



 私が言い終わらぬ内に、レイモンと名乗ったこの男性は私の右手をスッと取って手の甲に軽くキスをした。

 当たり前のようにされた突然のキスに、私の体は固まった。



「あっ! 驚かせて……しまったようですね。私の国ではご婦人方によくする挨拶なのでつい……。ミサ……さん? ――ミサキ、さん?」



 名前を呼ばれてハッとした。



「えっ? あっ! いや……。大丈夫です! 確かに驚きはしましたが……それだけですので。全然いやとかじゃ――全く……。だから……そのぅ…………」



 困った顔をして表情を曇らすレイモンに少し申し訳なく思い、私は必死に弁解をする。



「本当……ですか?」


「えぇ!」



 自信なさげに弱々しく聞いてくるレイモンに、私ははっきりと大きめの声で返事をした。



「あぁ……良かった。もしかしてご不快な思いをさせてしまったのではと……。」



 私の返事を聞いてレイモンは安心したようで、一度曇った表情が緩んで元の笑顔に戻ったのだった。



「日本人には慣れないだけで……嫌悪感を抱くような相手からとか、余程の事でもない限りは大丈夫ですよ。外国の方も多く見かける様になったし、そういう文化があるってことは知っているので。」



 レイモンはそれを聞いて「へ~ぇ」と頷いた。



「国ではよくってことは、レイモンさんはヨーロッパの方のご出身なんですか? どちらの国からいらっしゃったのか、お聞きしても?」


「えっ、えぇ……。きっと、聞いてもピンとはこないと思います。他国の地図に載っているのか怪しいほど非常に小さな国なので……。」



 私が出身国を聞いた途端に何故か、慌てふためくようにしてレイモンはそれを誤魔化した。

 でも非常に参加しやすい緩い婚活パーティーとはいえ、このレイモンという男性に好印象を持っていた私はその事に特に不信感を持つことも無く、本当にそうなのだろうとすんなりと素直に信じたのだった。


 もしかしたら複雑な事情があったり、出身地がコンプレックスで初対面の相手なんかには答えたくないのかもしれないし……。

 避けたい話題なのだろうと察した私は話題を変え、ふと気が付くとパーティーの時間が終わり頃近くになるまで話し込んでいたのだった。



「もうそろそろ、時間ですね。ミサキ……さんとのお話は、とっても楽しいです。またお会いできませんか? 今度はデートということで……。是非に。」


「はい……。それは、もう――喜んで。」


「では――――。」



 今時珍しくスマホを持っていないと言うレイモンは明日の日曜日、午前十時頃にこの会場となっているレストランのすぐ目の前にあるカラクリ時計の所で再会を、と話す。


 過去にデートした人にしろ、友達と出掛けるにしろ……事前の約束なんか細かくせず、その日になってスマホのSNSで喋りつつ、何となくといった感じで待ち合わせ場所を決めたりする普段と違い、それがとても新鮮に私は感じられた。


 明日は特に用事もなく、十時頃ならと私は了承した。

 レイモンが去っても心ここにあらずといった状態でボーっとしていると、吉川先輩がポンッと背中を叩いてきたのだった。



「どう? ――その様子じゃイイ人、早くも見付かったみたいね。」


「ふぇっ!? 吉川先輩! あれっ??」



 突然に背中を叩かれたことにビクッと体を震わせ、ハッと我に返った。

 そんな私の様子を見て、吉川先輩は悪戯気に笑うのだった。



「なぁに、美咲……。さっき別れた時からもしかして、ずっとここに居たの?」


「はぁ……まぁ……。」


「なにかイイ事でもあった様な顔をしているから、私はてっきりイイ人でも見付かったのかと思っちゃったじゃない。」



 気のない返事をする私に、吉川先輩は残念そうに溜め息を漏らした。



「いや……。ずっとここに座っていたのは座っていたんですが……話しかけてくれる人がいまして……。」


「へ~ぇ。」


「それで…………明日、デートに誘われちゃったんです。」


「まっ!!」



 私が否定すると吉川先輩はニヤニヤとしだし、「デート」と聞くや目を見開いて驚いていた。



「初参加からやるわねぇ。」


「よ、吉川先輩は……どうだったんですか?」


「私? 今日はサッパリよ。まぁ、今回のはそんなに期待してなかったから良いんだけどね。――で? どんな人だったのよ。」



 話を変えたはずがヒラリと躱され、結局は質問攻めにあってしまった。

 あまりにもイケメンだったレイモンの顔を思い出し、帰りの道中に私は照れるやら恥ずかしいやらで顔を紅潮させ、見た目や話した話題が何であったかを吉川先輩に伝えた。



「そんなにイケメンなら引く手あまたでしょうに……なにか問題でもある男じゃないの? 日本人でもないって所が少し怪しいし…………。」


「それは――そうかもしれませんが……。先輩と同い年って言ってましたし、日本には来てまだ何年も経ってないとも言ってました。それに仕事ばかりだったから親の為にもそろそろ結婚したいとかで……。」


「う~ん……。美咲が心配だから私も会ってチェックしたいとこなんだけど――どうしても明日は外せない用事があって無理なのよね~。大丈夫かしら。あなたはちょっと――ぽやんとした所があるから……。」


「大丈夫ですって! 明日はデートするだけですし……。あっ、ほら! 先輩の家の方の電車、来ましたよ!」



 心配する吉川先輩を安心させる為に力強く「大丈夫!」と何度も言い、半ば強引に帰りの電車に乗せて見送った。

 何故か――そんなにちゃんと知っているわけでもないのに、私は不思議な魅力で惹かれてしまうレイモンを無条件に信用していたのだ。


 家に帰ってからも、スマホのSNSで何度も吉川先輩から連絡が来た。

 電話番号もSNSのIDも教えず、更にはスマホすら持っていないと言っていたレイモンの事がどうしても気にかかっているらしい。

 そんなにおかしいかな~と、私は逆に疑問になりつつもその日はいつの間にか寝てしまっていた。


 翌朝、私は家事を済ませると何を着ようかとクローゼットを開けた。

 自然と出てくる鼻歌が私のテンションを上げていく。



「今日は――コレッ!」



 手に取ったのは、つい先週に買ったばかりの若草色のシフォンスカートに桜色の春ニット。

 新作の服に着替え、化粧をして準備を整えているとあっという間に出なければいけない時間になったのだった。



「わっ! もうこんな時間。もう出なきゃ遅刻しちゃうわ!」



 私はバタバタと戸締りを済ませて待ち合わせ場所まで急いだ。



「お待たせ! ――しました。」


「フフッ。そんなに焦らなくっても大丈夫ですよ。全然待ってませんから。」



 優しく笑いかけてくるレイモンの顔に、私は胸がキュンとした。

 嫌な意味ではなく、本当に慣れた様子でごく自然と私の手を取って自らの腕を掴ませた。


 これが日本人にされたなら怪しんだりして嫌な気持ちになったかもしれないが、レイモンがヨーロッパの方の人だというだけで、そういうものなんだと私は素直に受け入れられたのだった。

 少々恥ずかしい気もしたが、私はレイモンの腕に触れる程度にそっと掴んで横に立つことにしたのだった。



「さぁ、行きましょう。」



 そう言ってレイモンは今が盛りの桜が満開に咲いているお花見スポットへと私を連れて行ったり、オシャレなカフェでランチをした後は水族館でペンギンが泳いでいるのを一緒に見たりした。


 レイモンはどこへ行くにも紳士的な振る舞いを絶やすことはなく、またそれが鼻に付くようなわざとらしいものでは一切なくて自然な感じなのがとても好印象だった。

 まるで自分がお姫様にでもなったかのように大切に扱われ、すっかりと舞い上がってしまっていた。



「長い時間、連れまわしてしまってすみません。」



 水族館を出るともう夕方になっており、傾く夕日の淡いオレンジ色の光が帰る時間を知らせる。



「そんなっ! 私……今日はとっても楽しかったです! またこれからもこうやってデートをして――えっと、レイモンさんとお付き合い出来たらなって。」



 勇気を出して言った私のその言葉に、レイモンは喜ぶでもなく寂しそうに笑って目を伏せた。



「――――?」



 何故そんな顔をするのだろうかと、私の胸の中はザワザワと嫌なものが虫のようにたくさん這って私を不安へ落としてゆく。



「どう――。」


「あのっ! ミサキ……さん。」



 どうしたのかと尋ねようとした私の言葉を途中で遮り、レイモンはキュッと唇を噛みしめて何かを決意したかのように私の名前を呼んだ。



「はいっ。」


「やはり、あなたしかいないと今日のデートで確信しました。」


「えっ?」



 私は何事かと驚きの余りに素っ頓狂な声を出してしまった。

 レイモンはそんな私に最初であった時のようにニコッと微笑むと私の前へと移動し、スッと片膝を突いて畏まった感じで真剣な顔に変わって見つめてきた。



「出会ってから昨日今日でと速すぎるかと思うでしょうが……是非! わたくし『レイモン・アルヴィエ』と、結婚してください!」


「――――っ!!」



 何が起こったのだろう……。

 私はまさかの言葉に驚き過ぎてしまい、記念に買った手乗りペンギンのぬいぐるみを落としてしまった。



「まっ、待ってください! 流石に早すぎます!!」


「ミサキ……さんは、わたくしとはダメ、ですか?」



 私のオロオロとする様子を見て、レイモンはシュンと肩を落とした。



「ダメ……ではないです! 寧ろ嬉しいお申し出ではあるんですけど……。なんでそんなに急いでいるんですか? 数年付き合ってからでは……ダメなんですか?」



 私のした質問に、レイモンは一度パッと輝かせたかと思った顔を再び曇らせて何かを迷っているようだった。



「今は詳しく言えませんが……実は家業を継ぐためにもう帰らなければならなくなったんです。」


「家業?」



 私はその言葉を聞き、レイモンの素朴な人柄から農園辺りでも経営しているのかななんて軽く考えていた。



「えぇ。わたくしはとある本家筋に生まれ、幼い頃からその為の教育も受けてきたのです。ですが……わたくしには跡継ぎとなる子供も居なければ結婚もしていないことで、遠縁の者に今その家業を乗っ取られそうになっていて……。わたくしは両親が守ってきた家業を守るべく、急いで帰国しなければならなくなったのです。」


「それで婚活パーティーに? でも……故郷に帰ってもお相手探しはできたんじゃないの?」



 私がそう尋ねるとレイモンは黙って首をフルフルと横に振った。



「――故郷では、その乗っ取ろうとする遠縁の者の息のかかった家ばかりなのです。更には乗っ取る為にその遠縁の家の娘とわたくしを無理矢理結婚させようともしていて……。結婚すれば、乗っ取るのは簡単ですからね。その後に実質的、あるいは社会的にわたくしを抹殺する腹みたいです。」


「そんなっ――!!」



 今まで自分の周りに当たり前に存在した平穏な生活とはあまりにもかけ離れた別世界と感じる話に、私は大きな衝撃を受けた。



「ですから……わたくしは縁あって訪れたこの地にて生涯の伴侶を見付け、故郷へと連れて帰りたいのです。」


「――――帰らなきゃならないのは……期限はいつですか?」


「これも急いでしまうのですが……今から七日後。つまりは一週間後の朝です。」



 全てにおいて時間が無さ過ぎることに、私は頭を抱えた。



「時間が無さ過ぎることで、あなたにご負担をお掛けしてしまう事は承知の上です。家業の事や場所柄もあり、もしかしたらもう二度と……この国の土は踏めないかもしれません。ですが、わたくしはミサキ……さん。あなたこそ、わたくしの女神だと思ったのです!」



 すなわち全てを棄て、この先の人生を自分に賭けて共に付いて来てくれということで……。

 これは単なる恋愛や結婚ではなく、実家や親しい友達……加えて普段とても頼りにしている吉川先輩にも、二度と会えなくというとても大きな決断だ。



「決して後悔はさせません! 不自由もさせません! いつ何があろうともミサキ……さん、あなたを絶対に守ると誓います! 必ずや幸せに…………いえ、共に幸せを掴みましょう!!」



 そこまで言われては……と、グッと心を鷲掴みにされた私はちょっと勢いに負けた形ではあるけれどコクリと頷いてオーケーの返事をした。



「ありがとうございます!!」



 レイモンはこちらがギョッとする程、私の色好い返事を聞くと人目を気にせずに子供のように全身で喜びを表して嬉しそうにするのだった。



「では……一週間後。出立は朝早くになりますのでその前日の夜にミサキ……さん、の家にお迎えにいっていいですか? 公的な準備はわたくしが致しますので、ミサキ……さん、はご自分の準備だけして待っていてください。」


「わ、分かりましたっ! ――これから……よろしくお願いします。」



 オーケーの返事から余韻を味わう間もなく、この先に待ち受ける短い時間で片付けなればならない『準備(ミッション)』の話をするレイモンに、私は改めてお辞儀をした。

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