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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

間接キスハンター こころ

作者: ピッチョン


 私の名前は笹宮(ささみや)こころ。普段はどこにでもいる普通の女子高生。だけどその実態は、日夜可愛い乙女たちとの間接キスを目論むお茶目でピュアな女の子なのだ☆

 人呼んで(自称)間接キスハンター! 間接キスハンターこころ!!

 ぱぱーぱぱーぱーぱー、とBGMが鳴り響く。シルエットの向こうからタイトルが現れ、色とりどりのエフェクトが画面を飛び交う。

 もしも私がアニメ化をしたらこんな感じだろうか、とひとりで妄想しほくそ笑んだ。


 間接キスとは、他者の唇が触れた物体に自身の唇を合わせることで行う疑似的なキスのことである。

 さて、諸氏らは間接キスと聞いてどんな想像をするだろうか。

 友人たちと飲み物、食べ物を共有することか。それとも好きなあの子のリコーダーを盗んでペロペロすることか。後者はともかく、前者は日常で当たり前に行われている。好きなあの人の飲みかけをもらってドキドキ、なんていうのは少女マンガでもよくある描写だが、実際は友達であれば回し飲みだってしているし、同じ鍋をつついたりもする。その傾向は当然ながら異性間よりも同性間の方が多い。

 つまりは、女の子の間接キスを狙うなら同じ女の子である私が最も適しているのだ。

 この事実に気が付いたときは身震いした。神様、私を女の子にしてくれてありがとう。

 ここで多数の方々はこう思うだろう。『普通にキスをした方がよくね?』と。

 確かに間接キスというのは唾液が付着しているだけの無機物、ないしは食べ物の類いである。当然感触を楽しむことは出来ないし、唾液に味がついているわけでもないので正直よくわからん。

 だがそうじゃない! 間接キスを行ったという実感こそが大事なのだ!

 あぁ私はこの子と(実質)キスをしてるんだ……と想いを馳せるだけで体の奥がほてってくる。私はあの子の唾液を摂取し、あの子は私の唾液を摂取する……唾液交換という甘美な響きが私をより興奮させる。

 そしてなによりも、間接キスは合法だ!!

 直接キスは相手に嫌がられた時点で犯罪になってしまう。さすがの私もこの歳で書類送検はされたくない。

 ごく自然に日常生活を送りながら、可能な限りの女の子と合法的にキスをするにはこの間接キスこそが至高の手法であると言わざるを得ない。

 だから私は今日も乙女たちとの間接キスを狙って暗躍する。

 頑張れ私! 負けるな私! 獲物にバレずに華麗にキスを盗むのだ!!



 間接キスハンターの朝は早い。

 起きるとまずはSNSをチェックする。見るべきは芸能人がおすすめしている食べ物やコスメなど。もしも良いのがあればすかさず画像等を保存、登校途中にコンビニに寄ってあれば購入をする。

 私の研究結果によると、間接キスしやすいもの第一位は飲み物である。続いて食べ物、その下にリップのような唇に塗るコスメや医薬品。飲み物は夏場の方が狙いやすく、リップは冬場の方が狙いやすい。食べ物は出来ればパン系が好ましい。お菓子だと小さく分けられていることが多いので間接キスは望めない。

 最も理想とするのは期間限定の飲み物のペットボトル。それも同時期に味が二種類あると完璧だ。あらかじめ二種類とも買っておいて、教室で誰かが一方の味を飲み出したらその味と違う方のペットボトルを取り出してこう言うのだ。『あ、そっちの味買ったんだ。私のも飲ませてあげるからそれ一口もらっていい?』

 この方法の何が素晴らしいか。成功率がほぼ100%なのもそうだがなによりも間接キスを二回味わえるというのが最高としか言いようがない。いや、自分のペットボトルを飲むたびにキスをしているようなものなので、何回でも何十回でも楽しめる。こっそりと飲み口を舐めても大丈夫。もう何も怖くない。

 こういった情報収集も大事だが、それよりももっと大事なのは普段のキャラ付けだ。

 たとえばいつも根暗でおとなしい子が急に近寄ってきて『それ私にも飲ませて……』なんて言っても気味悪がられるだけ。普段からクラスの女子と仲良くフランクに接することで、気軽に飲み物を分けあえる友人ポジションを確立するのだ。当然そこにいやらしい気持ちは一切滲ませてはいけない。明るく元気な陽気キャラの仮面を被り、心の奥深くで間接キスを存分に愛でる。

 これこそが私の間接キスハンター道。

 決して一朝一夕で出来るものではない。私は誇りをもってこの道を歩んでいる。

 努力の甲斐あってクラスメイトの女子のほとんどから間接キスをいただくことが出来た。みんな私の思惑など気付かずに快く了承してくれた子たちばかりだ。さすがは私。

 だがあとひとり、クラスで私の毒牙に引っ掛からない子がいる。

 織川(おりかわ)天音(あまね)というその女の子は、クラスでも目立たない部類の子だ。クラスメイトの誰ともつるむことなく休み時間はいつもひとりで本を読むか宿題をするかしている。おかっぱ風の黒髪は前が長く目が半分隠れてしまっているせいで、どこか暗い印象を受ける。

 私は相手が誰であっても区別はしない。女の子は女の子。女の子ならば、間接キスをするのは当たり前。必ず奪ってみせる!

 と意気込んだはいいが、この織川さん、まったく隙がない。まず休み時間に飲食をしないし、リップを塗っているのも見たことがない。お昼ごはんはひとりで黙々とお弁当を食べていて、飲み物は水筒。一度お昼に横を通りがかったふりをして『その卵焼き美味しそう! いっこもらっていーい?』と迫ってみたことがあるのだが『人様に食べさせられるものではないので』と断られてしまった。

 間接キスハンターの弱点だ。一度拒否されてしまうと次にお願いをしづらくなる。しつこく迫ればそれだけ相手に警戒されてしまうだけに、事は慎重に運ばねばならない。

 はたしてどうしたものか、と思案する。

 いつもと違うやり方で切り口を変えて挑むのは難しい。しかし難しいからこそ燃えてくる。人は山がそこにあるから登り、女の子がそこにいるから間接キスをするのだ。間接キスハンターの名にかけて、必ずや織川さんと間接キスをしてみせよう。

 織川さんは帰宅部らしく放課後は残ったりせずそのまま帰っている。運動部だったら水分補給の合間を狙って強行手段に出られたのだが、まぁ仕方ない。

 学校では無理、となると狙うは帰り道しかないだろう。私はさっそくトイレに籠もって計画を練ることにした。何故トイレか? 無論、真顔でスマホをがしがし動かしている姿などクラスメイトに見せられないからだ。



「あれ、織川さん? 帰りに会うなんて珍しいね~。途中まで一緒していいかな?」

 校門を出て数メートル。完璧な自然さで私は織川さんに声を掛けた。家でひそかに演技の練習をしている成果が出た。どこぞの体が縮んだ名探偵のようなわざとらしい声などあげない。

「はぁ、まぁどうぞ」

 織川さんは素っ気ない態度で頷いた。ここからが勝負だ。まずは軽い会話で好感度を少しでもあげる。

「織川さんとこうやって二人で話すなんて初めてだよね?」

「そうですね」

「普段教室で本とか読んでるけど、あれって何の本?」

「色々読みますけど、まぁ推理小説が多いです」

「すご~い! 推理小説ってあれだよね、ホームズとか出るやつ」

「それはアーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズですね」

「あー、コナン・ドイル!」

 聞き覚えがあったのは同名を使っているタイトルのマンガを知っていたからだ。当然元の小説は読んだことはない。

「笹宮さんもミステリー読むんですか?」

「いやぁ、文字とか読むのは苦手で……」

「一度読んでみるとすぐに慣れますよ。アガサ・クリスティなんかおすすめです。『そして誰もいなくなった』の作家ですけど知ってますか?」

「名前くらいは」

 マンガの登場人物で、だが。

「私はミス・マープルシリーズが好きなんですよ。マープルさんに親しみが持てるというか、こういうおばあちゃんいいなって思えてきて」

 いかん。このままだと話が変な方向に持っていかれてしまう。私は言葉の隙間に割り込んだ。

「織川さん教室と全然雰囲気違うね。なんていうか生き生きしてる。教室でもそうやって話したらもっとみんなと仲良くできると思うな」

 急に織川さんが顔を険しくした。長い前髪の向こうから鋭い視線が飛んでくる。

「笹宮さん、もしかして私に同情してます? 休み時間もひとりでずっといて可哀想だって。それ勘違いですよ。私は誰かと馴れ合ったりするのが嫌いなんです。いつもひとりでいるのは自分の意思なので、気を遣っていただなくて結構です」

 しまった。不用意な発言で怒らせてしまった。ぶっちゃけ織川さんがクラスメイトと仲良くしようがしまいがどうでもいい。今一番大事なのは私が織川さんと間接キスをすることだ。親しくなろうとしての会話がまさか裏目に出てしまうとは。

 しかし私はピンチをチャンスに変える女、間接キスハンターこころ。つねに逆転の一手を見据えている。

「ごめん、ごめんね織川さん。私、そういうつもりじゃなくて、ただ私が織川さんと仲良くなれればって思っただけなの。ごめん、ほんとにごめん……」

 泣く一歩手前の表情をつくり、織川さんの腕にかるく手で触れて、下から覗き込むように謝る。ここでポイントなのは腕にかるく触れるというところだ。しっかり掴んでしまうのは我が強すぎる。かといって触らないのでは効果がない。本当に謝っているからこそ触れたいけど触れられないという葛藤をここで表現する。

「……私も少し言い過ぎました。すみません。その、私にこうやって話しかけてくるのは笹宮さんだけなので、何か裏があるのかと疑ってしまって」

「うぅん、私が無神経なこと言ったのが悪いんだよ。ごめんね」

(ひゅうー、裏なんてありまくりだってーの。危ない危ない。やっぱり私が話しかけるの不自然だったよねー、はっは)

 内心冷や汗かきまくりだったが依然として表情は完璧だ。今の私を疑っている気配はまったくない。とりあえずこれで関係も修復できた。あとは行動に移るだけだが――。

 ちょうど目的の場所が私の視界に入ってきた。これまでの会話はすべてあそこへ行く為の布石。私は両手で柏手を打った。

「あ、そうだ。おわびと言ってはなんだけど、一緒にソフトクリーム食べない? そこにミニストップあるからさ。もちろん私のおごり」

「え、いやおごってもらうのは……」

「いいからいいから。ちょうど私がミニストップのソフトクリーム食べたくなっちゃってさ、せっかくだからおごらせてよ。ね?」

「はぁ、まぁそこまで言うならご好意はいただきます」

 よっっっしゃ! 心の中で会心のガッツポーズをとってから織川さんとミニストップへと向かう。これはもう完全勝利だ。

 何故ならソフトクリーム。ソフトクリームである。

 間接キスランキング(集計私)第一位こそ何を隠そうソフトクリームなのだ。まず食べかけのクリームの造形がエロい。溶けだした輪郭や舐めとったあとの斜面はどこか官能的な美しさを感じる。その部分を自分の口が蹂躙するとなったらこれはもうエロいの二乗、いや三乗だ。加えて食感も素晴らしい。冷たいアイスを舌の上で溶かし液体に戻すことで相手の体液を飲み込んでいるような錯覚を覚える。そしてもちろん間接キスへ持っていきやすい。その一例を実際にご覧いただこう。

「ん~、バニラかチョコどっちにしようかなぁ。ミックスって気分じゃないし……織川さんはもう決めた?」

「私はバニラで」

「じゃあ私チョコにしよっと」

 はいこれ勝ちです。勝ちました。バニラとチョコで迷うんだったら普通ミックスにするだろ、とかツッコミが来ない限り勝ちは確定的に明らかです。

 そしてイートインは避けて誘導するように外へ出て行く。コンビニの横の路地で食べれば人目につきづらい。頃合いを見計らって最後に待ってましたの決まり文句。

「バニラ美味しそうだね~。私のチョコ一口あげるから、そっちのバニラも一口ちょーだい?」

 あとは至福を味わう(ウイニングラン)のみ。

 ――だったはずだ。

「笹宮さん、それ狙ってやってます?」

「へ?」

「そうやって人と食べ物をシェアしようとするの、わざとですか?」

「――――」

 頭の中が真っ白になった。早く弁を弄してこの場を取り繕わなければと分かっていても言葉が浮かんでこない。しかしここで沈黙することは認めたことになってしまう。自然に、普通に、女子高生らしい受け答えをすればいいだけだ。動け、私の口。

「やだなー考え過ぎだってー。他のみんなもやってることだよ?」

「えぇ、あなたが中心になって、ですが」

 前髪の隙間から向けられる眼光が強さを増した。

「ずっと笹宮さんのこと観察してたんですよ。私に話しかけてきてくれた希有な存在。あなたの人間性、行動理念にとても興味が湧いたので。そうしたら気付いたんです。笹宮さんは事あるごとにクラスの女子たちと飲食物を分け合っていることに。私が数えただけで女子の半数は超えていました」

 私は黙ったまま織川さんの声を聞いていた。とても口を差し挟める心境じゃなかった。

「それでも私は笹宮さんはそういう性格の人なんだろうな、と思っていたんですよ。期間限定品を他の人と分け合うことで浪費を少なくして味を楽しむ、というのはよくあることですし。笹宮さんは誰とでも仲がいいのでそれが高頻度で起きていようとも気になることではなかったんです」

 織川さんが手に持ったソフトクリームをくるくると回す。

「そんな矢先にこうやって帰りに偶然話しかけられて一緒に歩いて……それは警戒しますよ。てっきり委員長でも気取って私をみんなの輪のなかに入れようとしているものだと思ったんですけど、どうもそうじゃない」

 回す手を止めて織川さんは私のチョコ味の方を見た。

「先程注文するとき、私がバニラと答えたら『じゃあ私チョコにする』と言いましたよね? 『じゃあ』なんてまるで私と違う味にするのが決まってたかのような言い方で引っ掛かってたんですよ。私に最初に話しかけてきたときもお弁当のおかずを欲しそうにしていましたし、もしかしてこれはそういうことを狙っているのではないか、と」

 織川さんのソフトクリームの先端が私の方に向けられる。

「笹宮さん――あなた、女子と間接キスをするのが目的ですね」

 ずががーん、と雷の効果音が頭の中で鳴り響く。私には見えた。織川さんの背後にじっちゃんの名にかけたりひとつの真実を見抜くなんやかんやのシルエットが。あぁ、名指しされる犯人の気持ちとはこんなにも苦しくてつらいものなのか。いっそ自供してしまえば楽になれるのかもしれないが、ここで折れてしまっては間接キスハンターの名がすたる。

 すでに動揺は心の奥深くへ沈めた。仮面を被るためのマインドセット完了。あとは全力を尽くすのみ。

「ぷ――あはっ、あははは! あは、ご、ごめんね、笑うつもりじゃなかったんだけど、織川さんすごいね。想像力豊かすぎでしょ、ぷふ、はは」

 お腹を抱えて笑う。笑え。そんな推測は的外れで荒唐無稽、滑稽千万、ジョークの類いだと知らしめろ。

 私に釣られたのか織川さんも口元をほころばせた。

「そうですよね。我ながら推理小説の読み過ぎかも、なんて思ってしまいました。すみません、変なこと言ってしまって」

「いいっていいって、私からしたら友達とそういうことするの当たり前だったからさ。誤解させるようなことしちゃってごめんね」

「いえいえ、こうしてお互いに誤解がとけてよかったです」

 ふふふ、ははは、と二人で笑い合う。どうにか死線は越えられた、とほっと胸を撫で下ろす。

「あぁそういえばバニラ食べたいんでしたっけ」

 思い出したように織川さんが言うと、舌で自分のソフトクリームを舐め取った。その舌を私の方へと突き出す。

あい(はい)おうお(どうぞ)

 織川さんのピンクの舌の上に乗った真っ白のソフトクリーム。絵面がとんでもなくヤバい。女子高生が舌の上に白いモノを乗せて差し出しているだけでなく、その白いモノが溶け出してぽたりぽたりとアスファルトに落ちていっているのが本当にヤバい。条例に引っ掛かる類いの犯罪の香りがする。

(いやいやいやこれはマズいって。罠? それとも誘われてる? どっちでもいいけどここで乗ってしまったら普通の女子高生としても間接キスハンターとして終わってしまうのでは? ダメダメ! 私はまだ健全な学校生活を送りたいんだよ!)

 葛藤の末に出した答えは、(けん)。何もせずに相手の次の出方を窺う。

 織川さんと視線を交わしながらただじっと耐えた。こうしている間もソフトクリームはどんどん溶けていき、やがて形を保てなくなったそれは舌から零れ落ちてしまった。ぺちゃ、とアスファルトに白い花が咲いた。

 ぺろりと舌を口にしまってから織川さんが残念そうに「もったいない」と呟いて向き直った。

「なんで食べなかったんですか?」

「えぇっと、その、どういう意味か分からないんだけど」

「てっきりこういうことがしたいのだと思ったので」

「だ、だからそれは誤解だって言ったよねっ?」

「そうですね。誤解でしたね。ところで私もチョコが食べたいんですが、一口いただいてもいいですか?」

「…………」

 わかってる。織川さんが私に何をさせようとしているのか。だがしかし、私はそんな誘惑には屈しない。

「ストローキスって知ってます? 相手の舌を吸うキスなんですけど」

 屈するわけにはいかない。

「舌を吸われるのってどんな気分なんでしょうね。気持ちいいのか気持ち悪いのか、痛いのかこそばゆいのか、興奮するのかしないのか」

 屈するわけには……。

「今からどんなことがあっても、全部私のせいです。だって笹宮さんはただソフトクリームを食べようとするだけなんですから」

 …………。

 そっか。ソフトクリームを食べるために舌で舐めとるのは普通のこと。もしそこでアクシデントがあったとしてもそれは私の責任ではない。

 私は自分のソフトクリームに舌を伸ばした。震える舌先で冷たい茶色の山の一部をすくい取る。その舌をおそるおそる前に突き出した。

「――――」

 織川さんが私の舌にぱくりと食いついた。

(うわぁ、わぁっ! 私の舌、舌がぁ!!)

 唇を合わせたまま、ちゅう、と吸われ引っ張られる。引っ張られた舌が織川さんの舌にくすぐられる。ぬるぬるくちゅくちゅと与えられる刺激に私の脳の回路はオーバーヒートしはじめた。

(すごい、これすごい! ふぁぁぁ、舌がとろけるみたいぃっ!)

 ちゅるちゅると吸われるたびに全身の肌が粟立つ。粘膜を通して伝わる織川さんの体温は熱く、キスをしているだけで頭がのぼせ上がってしまいそうになる。地面の足が着いているのかすらもう自分では分からない。今、私の体の神経の全てが口に集まり、キスのもたらす快楽を享受していた。

 しかし突然織川さんが唇を離し、その至福の時間は終わりを告げた。

「あ」と私の声が出てしまい思わず手で口を隠す。まるでキスが終わって寂しがっているようではないか。

 織川さんはハンカチで口元をぬぐってからにこりと微笑んだ。

「美味しかったです。ごちそうさまでした」

 そう言うと自分の残っているソフトクリームを食べ始めた。どんどん減っていくソフトクリームの山に私の焦燥感がつのっていく。食べ終わってしまったら、もうキスが出来ない。私はまだキスがしたい。間接ではなく直接、唇を合わせ舌を交わらせたい。

「お、織川さん!」

 私が取るべき行動は決まっていた。

「そ、そっちのバニラ、やっぱり一口もらってもいい、かな?」



 間接キスハンターこころは死んだ。間接キスという行為に魅力を感じなくなったのだ。

 やはり間接キスは紛い物だった。どれほど趣向をこらそうが本物のキスには敵わない。ペットボトルの飲み口にどれだけ舌を突っ込んでも、ペットボトルは舌を吸い込んだり舐めたりしてくれないのだ。

 こんな当たり前なことに何故気が付かなかったのか。

 直接キスは犯罪? じゃあキスしても大丈夫な相手を見つければいいだけだ。たくさんの女の子とおままごとのキスをするよりも、ひとりの女の子と濃厚なキスをする方がよっぽど価値があるのではないか。

 ――我、悟りを得たり。

 間接キスなど時代遅れ。キスの神髄はディープキスにあり。

 ピクニックキスにバインドキス、インサートキスにサーチングキス。まだまだディープキスも奥が深い。ならばその奥底まで私が確かめてみせる。


 私こそはディープキスハンター! ディープキスハンターこころ!!


 脳内で洒落たBGMを流しながら、私は織川さん()のインターホンを鳴らした。



           終

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