冬と柊
むかしむかし、あるところに真っ白な綺麗な髪の毛をしたとても可愛らしい女の子がいました。彼女は冬になると急に人気者になります。
「ひいらぎさん、ひいらぎさん。冬は寒いから嫌いです」
「ひいらぎさん、ひいらぎさん。川の水が凍って魚が釣れません」
「ひいらぎさん、ひいらぎさん。寒すぎてお母さんが熱を出してしまいました」
「ひいらぎさん、ひいらぎさん。どうかあなたのお母さんに頼んで早く冬を終わらせてください」
街のみんなはそうやってひいらぎさんに冬を早く終わらせてもらえるようにお願いをします。ひいらぎさんのお母さんは冬の季節をつかさどる冬の女王様なのでみんなひいらぎさんにお願いをします。
普段は街のみんなに構ってもらえないひいらぎさんは冬の間だけはみんなに構ってもらえるのです。人気者になれるのです。ひいらぎさんはいつだって冬が待ち遠しいのです。いつまでも終わって欲しくないのです。
ですがみんなが困っているのにそのままにしておくわけにもいきません。なんてったってひいらぎさんは冬の間は人気者なのですから。人気者はみんなに優しくしなければいけないのです。
「季節の塔さん、冬の女王の娘のひいらぎです。今日もいつものように通してくださいな」
ひいらぎさんが季節の塔に話しかけると季節の塔はひいらぎさんをお母さんの元へ通してあげます。
「いつもありがとう、季節の塔さん」
季節の塔からの返事はありません。いつだってそうなのです。ですがひいらぎさんはいつだってお礼を言います。お礼は大事、そうお母さんに習いましたから。
「お母さん、今日で冬は終わるのかしら」
「ひいらぎや、冬はあともう少しで終わりますよ」
ひいらぎさんがいつものようにお母さんにそう聞くと、お母さんはいつものようにそう答えました。
いつもはそれで満足して話を終わらせていたひいらぎさん。しかし今日はまだ話を続けます。
「お魚がとれないんですって。お川が凍っているから」
「冬ですからね。そういうものです」
「男の子のお母さんが熱を出してしまったんですって。きっとカゼをひいたのよ」
「冬ですからね。そういうものです」
「冬は、嫌いなんですって。寒いから」
ひいらぎさんがそう言うと、お母さんは黙ってひいらぎさんのことを抱きしめました。なぜだか分からないけれど、ひいらぎさんはなんだか悲しくなってしまってお母さんの背中に手を回しました。
ひいらぎさんのお母さんはひいらぎさんを抱きしめたままこう言いました。
「ひいらぎや、冬は好きかい。ずっと冬ならばひいらぎは楽しいかい」
ひいらぎさんは答えました。
「わたしは冬がすき。ずっと冬ならわたしはずっと人気者になれるから楽しい」
「そうかい。ならばずっと、ずっと冬にしてしまおうね」
お母さんがそう言った瞬間、季節の塔が凍りつきました。冬の女王さまが作り出す一生溶けない氷で季節の塔が凍りつきました。季節の塔の季節はそのまま国の季節になります。このままでは一生、ずうっと冬が続いてしまいます。ひいらぎさんはお母さんに慌てて言います。
「お母さん、お母さん。冬は好きだし楽しいけれど、他のみんなは困っているんですって。ずうっと冬はみんな嫌だと思うの」
ですがひいらぎさんの声はお母さんには届きませんでした。お母さんは自分で作り出した氷で覆われてしまっていて、今やその氷はひいらぎさんまでも覆いそうになっています。
ひいらぎさんは慌ててお母さんから離れます。急にお母さんと、冬が怖くなってしまったのです。このままではいけない、みんなが困ってしまう。そうひいらぎさんは思いますがどうしたらいいのかも分かりません。
「ひいらぎさん、ひいらぎさん。春の女王を探しにいきなさい。冬の次には春がくるのです」
どこからか声が聞こえました。初めて聞く声でしたが近くにはお母さんしかいません。ひいらぎさんは不思議に思いましたが確かに春の女王さまならなんとかしてくれそうだと思いました。
「私の知らない誰かさん、教えてくれてありがとう。わたしは今から春の女王さまを探しにいきます」
ひいらぎさんはとりあえず大きな声でお礼を言います。大きな声ならばきっと伝わると思ったからです。お礼は大事、そうお母さんにならいましたから。ですが返事はありませんでした。「まるで、いつもの季節の塔さんみたい」ひいらぎさんはそう思いました。
ひいらぎさんは春の女王さまを探しに旅に出ます。いつもなら春の女王さまはもう季節の塔の近くまで来ているのですが、今回はどこにもいません。
ひいらぎさんは近くにいた小鳥さんに訪ねます。
「小鳥さん、小鳥さん。春の女王さまがどこにいるのか知りませんか」
「春の女王さまはずっとずっと南の方にいるはずだよ」
教えてくれた小鳥さんにひいらぎさんはお礼を言います。そして、てくてくと南へ向かって歩きだしました。
夜が来て、ひいらぎさんは木の下で眠ります。朝が来て、ひいらぎさんは南へ向かって歩きだします。まだ春の女王さまはいません。
夜が来て、朝が来て、それを何回も繰り返した頃、やっとひいらぎさんは立ち止まりました。春の女王さまはまだ見つかりません。ですがひいらぎさんは疲れきってもう歩けませんでした。
いつの間にか辺りには花が咲き、とても暖かくなっています。
「お花さん、お花さん。ここは春ですか」
ひいらぎさんは春だといいなと思いながらそう尋ねました。
「冬のお嬢さん、ここは春ではありません」
それを聞いてひいらぎさんはがっかりしました。ここが春ならばきっと春の女王さまだってここにいるだろうと思ったからです。ひいらぎさんは疲れきってしまったので春の女王さまから来てもらうしかもう道はないのです。
「冬のお嬢さん、冬のお嬢さん。そんなに落ち込まないで。ここはまだ冬だけれど、春の女王さまが近くにいるからちょっとだけ暖かくなったのですよ」
それを聞いたひいらぎさんは喜びます。やっと、やっと春の女王さまを見つけられそうなのです。ひいらぎさんは頑張って立ち上がります。
「お花さん、教えてくれてありがとう。もうすぐで春が来ますから待っててくださいね」
そう言ってひいらぎさんは歩きだしました。頑張らないといけません、みんな春を待っているのですから。
そうしてちょっと歩くと綺麗な綺麗な、お母さんによく似た顔で、それでいてお母さんとはちょっと雰囲気が違う女の人を見つけました。きっと春の女王さまだと、そう思いました。
「もしもし、あなたは春の女王さまですか」
「ええ、わたしが春の女王です」
見つけました。春の女王さまです。やっとひいらぎさんは春の女王さまを見つけることができました。
「よかった、春の女王さま。わたしはひいらぎです。わたしのお母さんは冬の女王さまで、季節の塔を凍らせてしまいました。どうか冬を終わらせて春を来させてください」
ひいらぎさんがそう言うと春の女王さまは困った顔をしてこう言いました。
「冬の女王はあなたにずっと好きな季節を過ごさせてあげたいから春が来るのを嫌がっているわ。その間は私は季節の塔へは行けないのよ。そういうものなの」
ひいらぎさんはとても困りました。せっかく春の女王さまに会えたのに春はまだ来ないのです。そんなひいらぎさんを見て春の女王さまはつづけてこう言います。
「あなたが冬の女王に春を迎えるように説得できたら私も季節の塔へ行けるわ。お願いできるかしら」
「もちろんです」
ひいらぎさんはすぐこう言いました。だってみんなのためですから。本当の人気者をみんな待っているのですから。
「じゃあお願いね。ここからでも季節の塔にお願いすればお母さんの元へ行けるはずよ」
そう聞いてひいらぎさんは季節の塔さんへ自分の声が届くよう大きな声で話しかけます。
「季節の塔さん、季節の塔さん。ずっと遠くにいる季節の塔さん。どうかお母さんのところへ通してくれませんか」
すると突然目の前にドアが浮かび上がりました。ひいらぎさんがドアノブを握って捻るとそこにはお母さんがいました。
ひいらぎさんは恐る恐るお母さんの元へ近寄ります。もうあの怖く感じた氷は全く動きません。お母さんも凍りついたまま、全く動きません。春の女王さまにはああ言いましたが、ひいらぎさんはお母さんをどうやって説得したらいいのか分かりませんでした。
ひいらぎさんは一生懸命考えます。ですがいくら考えてもお母さんの説得の仕方は思い浮かびません。困って凍りついたお母さんをそっと見てみると、お母さんはなんだかとても悲しそうな顔をしていました。ひいらぎさんは、いつもお母さんがしてくれていたようにお母さんのことを抱きしめました。お母さんの匂いがします。何故かひいらぎさんの目からは涙がぽろぽろと零れます。
ひいらぎさんは思ったことを口に出します。
「お母さん、お母さん。冬はだいすきだよ。お母さんの季節だし、みんな話しかけてくれるから。けど他の季節はもっと好き。お母さんが季節の塔から出てきて、ずっと私と一緒に居てくれるから。ほかの人が話しかけてきてくれなくても、人気者じゃなくても、お母さんがいたら全然寂しくないから」
そうつっかえつっかえ、しゃくりあげながらお母さんに伝えます。伝わればいいな、なんて思いながら。
するとその途端お母さんを覆っていた氷が、ひいらぎさんの涙が落ちた肩からどんどん溶けていきます。そして上からお母さんの声がしました。
「ひいらぎや、ありがとう。苦労かけさせてごめんね。」
驚いてひいらぎさんはお母さんの顔を見上げます。お母さんはちゃんと動いていて、弱々しく、けれどもとても優しい微笑みを浮かべていました。ひいらぎさんは思わずぼろぼろ泣いてしまいました。先ほどの涙が悲しい涙だとしたら今のはきっと嬉しい涙でしょう。
お母さんはひいらぎさんを抱き上げてこう言いました。
「そしたら、冬を終わらせて、春の女王に来てもらって、ひいらぎはお母さんと一緒におうちに帰ろうか」
「うん!」
ひいらぎさんは元気よく答えます。待ちに待ったお母さんと一緒に過ごせる季節が来るのです。嬉しくて嬉しくてたまりません。
そうして、季節の塔の氷は溶け、春の女王さまが季節の塔に住み、この国には春がやってきました。
無事に春がきたことを知ったこの国の王様はお礼を言うためにひいらぎさんを王宮へ呼びました。
「冬のお嬢さん、あなたのおかげで春がやってきました。ありがとう。なにか欲しいものはないかい?」
王様はそう聞きました。するとひいらぎさんは少し前から考えていたあることを王様に話しました。
「それはいい考えだ。来年の冬までに作り上げておくことを約束するよ」
王様は笑顔でひいらぎさんにそう伝えました。ひいらぎさんはこれでちょっとでもみんなが冬を好きになってくれたらいいなと思いながら王宮を後にし、お母さんの待つおうちへと帰りました。
あれから1年がたち、また冬がやってきました。
街には少しだけおねえさんになったひいらぎさんがみんなと笑いながら、王様によって作られた丘に登っていました。
そこでは大人も子供も板の上に乗って雪滑りをしていました。雪滑りが苦手な人は雪合戦をしていました。他にもかまくらを作って雪滑りをしている人や雪合戦をしている人を楽しそうに見ている人もいます。
みんなとても楽しそうで、去年のような暗い顔をしている人は誰一人いませんでした。
ひいらぎさんのお母さんは季節の塔に篭もる前に「なるべく早く冬を終わらせるようにするわね」なんて言っていましたが。きっと今年はみんな冬が終わるのを寂しがることでしょう。
だってみんな、こんなにも冬を好きになってくれたのですから。