3忠告
そのカラスの一部始終を見ている人間がいました。商人の男でした。商人はカラスに言いました。
「君はとても頭がいいね。そして交渉が上手だ。どうだい?ウチで働かないかい?勿論、その指輪は君のモノにしておいて良いさ。それに、毎日豆も肉も食わせてあげるよ。良い仕事をしたらその指輪のような宝石も買ってやろう。どうだい?」
カラスは喜びました。賢いと認めてもらえたからです。それで、カラスはその商人の仕事を手伝うことにしました。
物を売ったり買ったり、交渉したりすることを覚えました。
ただ、カラスはカラスですから、時々は人間に騙されたり、悪口を言われたりしました。つまり差別をされたのです。
それでも、商人の男はカラスを慰めてくれました。商人の男は本当にカラスのことを頼りにしていて、たくさんの仕事を任せてくれるようにもなりました。
半年ほど働いた頃、カラスはすっかり飽きてしまいました。
人間との生活は楽しく、覚えることもたくさんありましたが、いつまでも同じことを続けるのはカラスの性分には合いません。それに、たくさんのことを覚えるうちに、商人や商売相手が「もっとこうしたら?」という適切な忠告をくれているのが、急にうざったく感じるようになったのです。
俺ほど賢いカラスが働いているのに、まだ何を要求するのか、人間が急に嫌いになってきたのでした。
「世話になったな。じゃあな」
カラスは商人の男にそう言うと、たくさんの宝石を持って、山に帰って行きました。
山に戻り、カラスはまた鳥の競技大会に出場しました。
今度はカラスの評判はみんなが知っていました。前回の大会で4位だったすごいやつです。ところが、評判はそれだけではありませんでした。
老ハヤブサに習っていたくせに、裏切って出て行ったやつ、とも言われたのです。準優勝のワシを利用したひどいヤツとも言われました。
人間と手を組んで金持ちになってきたヤツ、とか、だんだん、カラスのウワサは広がって行ったのです。
「なんだい、俺が賢いからって妬んだって、しょうがないじゃないか。俺はすごいんだ」
カラスはあまり気にしませんでした。
カラスは大会で2位になりました。
結局カラスは実力があったのです。どんなに黒く生まれたって、くちばしが太くて不細工に見えても、カラスは賢く、実力もあり、そして自分を誇示する方法を知っていました。
カラスの評判は真っ二つに分かれました。
実力が認められて、カラスを擁護する評判と、他人に対する接し方のひどさをあげつらう批判と両方がカラスに浴びせられました。
カラスは皆の前で言いました。
「俺のことが嫌いなら、俺を見なければ良い。だけどな、俺のことを批判するやつってのは、俺のことを見てるだろ?結局俺のことを嫌いじゃないんだ。だったら、その口をつぐむべきだ。俺は何を言われても傷つかねぇ!だけどな、俺のことを好きなヤツもいるんだ。そういう相手に気を使った態度をとるべきじゃねぇの?」
鳥にはわからない、理解できない論法でまくしたてて、結局誰にも反論させませんでした。
カラスは結局、誰の言うことも聞かなかったのです。
誰もカラスを嫌ってはいませんでした。
家族はもちろん、カラスを愛していました。だけど、カラスが出て行ったのです。俺はすごいんだ、と言って、家族の愛を無視して出て行ったのです。
鳥たちはカラスを大切にしていました。初出場で4位になれる黒いカラスを、ちゃんと認めていたのです。だけど、カラスはたくさんのことを教えてくれた師匠に礼も尽くさず、自分勝手に出て行ってしまいました。
商人の男もカラスを頼っていました。ただの鳥とは考えてはいませんでした。それなのに、カラスは飽きると、男に世話になったことも忘れ山へ戻ったのです。
カラスは誰の言うことも聞き入れませんでした。それが単なる批判だと思っていたからです。だけど、カラスが言ったのです。「俺のことを批判するやつってのは、結局俺のことを嫌いじゃない」って。結局カラスのことを嫌いじゃなくて、多少は耳に痛い忠告となろうとも、カラスのために言ったことを、カラスは聞き入れなかったのです。
その冬のある寒い日。たくさんの宝石を敷き詰めた寝所で、カラスは死にました。
最期まで、俺は一人だと思い、みんなが自分を嫌っていると思い、自分を分かってくれる人はいないと思って死にました。
でも、逆だったのです。カラスは誰のことも信じず誰のことも分かろうとせず、誰のことも愛することができなかったのです。だから、愛してくれた人のことを、忠告してくれた大切な人たちのことをただ傷つけて死んでいったのでした。
カラスの亡骸は、鳥たちが丁寧に埋葬しました。
誰も信じることのできなかったカラスの死を鳥たちは悲しんで泣きました。
カラスは幸せだったのでしょうか。最期まで一人で孤独で死んで行って、幸せだったのでしょうか。
彼の望んだものは泣いてくれた友だちの涙だったのかもしれません。
彼の墓には、黒く美しい花がまるで泣いているかのように首を垂れて咲いているのです。