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童話世界の現実問題  作者: 卯浪 糸
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シンデレラの王子

あるところに、シンデレラと呼ばれる美しい娘がいました。


母をはやくに亡くしたシンデレラは、継母とふたりの義姉にまるで召使いのように扱われていました。


お城で舞踏会が開かれる夜。継母と義姉を送り出したシンデレラは、ひとり涙をこぼしました。自分も舞踏会に出たい。けれど、こんな姿ではお城に行くなんてとうてい無理だ。


そんな時、家の扉を叩く者がおりました。


涙を拭ったシンデレラが扉を開くと、そこにはひとりの老婆が立っていました。


魔女だというそのひとは、いつも一生懸命なシンデレラを見ていたのです。


魔女が魔法をかけるとどうでしょう、灰まみれのボロボロの服は見事なドレスに。かぼちゃは馬車、鼠は御者になったのです。


魔女は美しく変身したシンデレラに最後に硝子の靴を履かせ、馬車はお城に向かいました。


お城にはたくさんの女性が集まっていました。そんななか、王子さまはひとりの娘に心を奪われ、彼女にダンスを申し込みました。


輝く金髪に、夢のような青い瞳。硝子の靴を履いた娘と王子さまは時間を忘れて踊りました。


ですが0時を告げる鐘の音に、娘は慌ててお城を飛び出していきました。魔女の魔法は0時になると消えてしまうのです。


娘を追いかけた王子さまが見たのは、お城の階段に残された片方だけの硝子の靴でした。


次の日から、王子さまは硝子の靴を履ける娘を探しました。王子さまの家来が国中の若い娘に硝子の靴を履かせますが、合う者はおりません。


とうとう、家来はシンデレラの家にもやってきました。


ふたりの義姉には硝子の靴は小さすぎます。最後はシンデレラの番です。


こんな汚い娘があの美しい姫のはずがない。せせら笑う継母と義姉の前で、なんということでしょう。硝子の靴はシンデレラの足にぴったりだったのです。


皆が驚きに目を見開く前で魔女が現れ、再びシンデレラに魔法をかけました。


美しいドレス姿になったシンデレラはそのままお城に迎えられ、王子さまと末永く幸せに暮らしました。



                      *



「―――っていう話を聞いた時、わたしついに貴方が女の顔も判別できなくなったのだと思って肝を冷やしたわ」


女王となった白雪ブランシュ・ネージュは、友好国の王子を迎え、彼の馴れ初め話を半目で聞いていた。


冷遇されていた美しい娘が魔女の助けを借り、王子に見出されるお伽話は、若い娘を中心に熱っぽく語られている。


しかし"若い娘"のはずの白雪には気味の悪い与太話でしかない。都合が良すぎるうえ、非現実的だ。


目の前に座るその"与太話"の主役たる王子は、紅茶を片手に優雅に微笑んだ。


「もちろん多少の脚色はご愛嬌、ということで」


客間のソファに向かい合わせに腰掛けた女王と次期国王の王子の遣り取りを、白雪の乳兄弟であるランスロットは胃の痛みを覚えつつ静観していた。ふたりとも狡猾な現実主義者だ。似た者同士であるがゆえ、志が重なるところも多いが決して心を許さない。3人しかいない空間は異様な緊張感が満ちているが、白雪も王子もまったく頓着していない。


白雪の黒い瞳がちらり、と王子を映した。


「ずいぶん意味深長だこと。…まさか本当に魔女がシンデレラの守護をしていたの?」


王子が笑みを閃かせた。


魔女・・の毒牙から逃れ、さらには教会の強硬な支配から国を解放した麗しの辣腕女王陛下。父の跡を継ぎ、王として即位してすぐ、白雪それまで停滞し、腐敗臭すら漂い始めていた政の改革を断行した。その手法は大胆かつ緻密。無知で無垢な美貌の姫という評判しかなかった彼女が、来るべき日の為に愚鈍な振りをしていたのだと誰もが思い知った。


白雪の暗躍で、あちこちで教会の醜聞と不満が噴き出している。シンデレラの魔女が"善い"魔女だったとしても、教会の支配が強いままでればこうも好意的に受け入れられなかっただろう。


王子はゆったりとソファに背を預けた。


「そのまさか、ですよ。ご存知ですか、白雪?魔法使いや魔女と呼ばれる者たちは、強大な力を有していますがそれゆえ契約に縛られている。シンデレラに日の目を見せた魔女はその契約により、不憫な彼女のもとに現れた。真の魔女の寿命はとても長いと言いますね。おそらくシンデレラの祖先が魔女に対してなんらかの契約を行ったと私は見ています」


「……」


白雪はなんとも言えない顔で紅茶を口にした。魔女だの魔法だののあやふやなものを彼女は警戒し、嫌っている。


「信じられない?では、硝子の靴についてはどう説明なさいますか?靴など多少無理すれば足の大きさの近いものなら履けましょう。私の部下にはかなりの数の女性で試させましたが、シンデレラ以外の娘にはかすりもしなかったと報告を受けています」


王子は自分が白雪ほどの政治手腕が無い事を自覚していた。ゆえに周囲に有能な者を集めようと情報を収集していた矢先、魔女の守護を持つ血脈の話を聞いた。


シンデレラが自ら飛び込んできたのはまったくの僥倖。翻せば、魔女の守護が無ければ教養も後ろ盾も無いシンデレラなど娶らなかった。魔女の存在を確かめるためにわざと面倒な手順を踏み、お伽話のように脚色したのは、わかりやすく民衆の支持を集めるためだ。


白雪はカップを置くと、眉間に皺を寄せたままゆるりと頭を振った。


「確かに。自分の目に見えるもののみを真実を思い込むのは愚かな事だわ。魔女が常人よりもはるかに長命だとしたら、有史に残らない以前から身を隠して生きながらえていたと考える事が出来るわね」


頭から拒否するのではなく、可能性として認める。この柔軟さが白雪の美徳のひとつだ。


「でも」と白雪はソファの肘掛けに頬杖をつき、意地の悪い笑みを浮かべた。


「次期国王の王子さまに嫁ぐことが果たして幸せと直結しているかしら?宮廷は魔物の巣窟よ。"箱入り"のシンデレラがそんなきらきらしい魔物たち相手にやっていけるかしら。酷い目に遭ってしまうのではなくて?」


「私が出来る限り守りますよ。もちろん、彼女には未来の王妃として心身共に精進していただきますが。これまで下女扱いに耐えていたのですから、そこいらの令嬢より忍耐力はあるでしょう」


「…"善い"魔女の怒りを買わないように気をつけなさいな」


白雪は呆れを多分に交えた笑みを浮かべた。


王子は微笑み返した。シンデレラの事は大切にするけれど、そもそも王侯貴族の結婚など政策と同義。王子の思惑など人間の暗部に敏感な白雪には悟られているだろう。しかし政略結婚を咎めるほど彼女は甘くない。


「私の事はいいとして。白雪、貴女は結婚なさらないのですか?」


王子が不敬と思いつつも訊くと、白雪は頷いた。


「ああ、ランスにわたしの子を産んでもらうつもりではあるけれど」


「―――はい!?」


寝耳に水の発言に、沈黙を守っていたランスロットは目を剥いた。そもそもランスロットは男性なので子供は産めないのだが、それを突っ込む者はいない。


「あら、不服?」


「不服って…、最近おかしな噂が流れていると思ったら…!」


ランスロットはそれ以上言葉を紡げず、絶句していた。


宮廷では白雪とランスロットが恋仲だという噂が真実味を帯びて囁かれている。幼い頃から共に過ごした乳兄弟であり、魔女と断罪された前王妃から白雪を守り抜いた―――とされている―――忠臣、彼女が最も信頼し、側近くで仕えているのは皆が目にするところだ。


加えてふたりきりで過ごす時間も多いし、これで噂好きの雀の口の端にのぼらない方がおかしい。白雪が裏で糸を引いている可能性も否めないが。


有言実行の白雪がこうと決めたのだ。ランスロットの未来は"白雪の子供を産む"、これで決まりだ。


白雪は有能で、かつ絶世と謳われる美貌の持ち主だが、女性らしい魅力には決定的に欠けている。性格は苛烈の一言。王子は苦労性の騎士が気の毒になった。


前王妃まじょと共謀したとして王位を追われた隣国の王、その継嗣たる白雪の元婚約者どのはもしかしたら幸運だったのか。


ひとの幸せ不幸せは計れぬもの。王子はそっと溜息を吐いた。


それは自分とシンデレラにも言える事だけれど。

















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