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童話世界の現実問題  作者: 卯浪 糸
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白雪姫 後編


「鏡よ鏡。この世で最も美しいのはだぁれ?」


「この城で一番美しいのは王妃様。でもこの世で最も美しいのは、森の奥に暮らす白雪姫」


もう邪魔な白雪姫はいないと思っていた王妃様は、鏡の言葉に驚きました。狩人は自分をだましていたのです。


これは自分が直接出向くしかない。


そう考えた王妃様は今度こそ白雪姫を亡き者にするために、魔法で醜い老婆の姿になると、森の奥の白雪姫のもとに向かいました。


「可愛いお嬢さん、林檎はいらんかね?」


人を疑う事を知らない白雪姫は魔女の差し出した林檎を食べてしまったのです。林檎にはたっぷりと毒が塗られており、白雪姫の心臓はあっという間に止まってしまいました。


仕事から帰ってきた七人の小人は、倒れた白雪姫を見てわんわん泣きました。


知らない人が来たら家から出てはいけないと、あれほど言ったのに。


小人たちはまるで眠っているような白雪姫の為に、ガラスの棺をこしらえ、その傍でまた泣きました。


その泣き声を聞きつけ、隣の国の王子さまが白馬に乗って現れました。王子さまは棺の中の白雪姫を一目見て恋してしまったのです。


王子さまは白雪姫に口付けると、なんということでしょう。白雪姫は息を吹き返したのです。


白雪姫は王子さまと一緒に森を出て、ふたりは末永く幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。


                     *


「死ぬかと思ったー…ぁ」


ベッドの上で、白雪姫は誰にでもなくそうこぼした。いつもはほんのり色づいた頬は青褪めている。


彼女の周囲には、同じく表情を強張らせた七人の小人とランスロットが腰を下ろしている。


「…こちらも驚きで心臓が止まるかと思いましたよ…」


そう陰鬱にこぼしたのは"先生ドク"だった。小人たちが仕事から戻ってみると、家の前で白雪姫が倒れていたのだ。彼女の側には、いやに赤い林檎が一口かじられた状態で転がっていた。


小人たちは毒だとすぐに看破したのだが、一体どんな種類なのかわからない。薬学に詳しい"先生ドク"でも知らない新種、もしくは混合毒物だったのだ。


正体がわからなければ、解毒剤も調合できない。そうしているうちにも白雪姫の症状はどんどん悪化していく。


そんな時現れたのが、ランスロットだった。


王妃の振る舞いを訝しんだ彼は、彼女の様子を探り、自らの手で白雪姫に引導を渡そうとしている事を知ったのだ。


錬金術師に解毒剤を調合してもらい、嫌な予感を覚えつつ白雪姫のもとに駆け付けると予感は的中していた。

指示の入らない白雪姫に口移しで解毒剤を含ませ、事なきを得たから良かったものの、少しでも手の打ちようが遅れていたらどうなっていたかわからない。


そもそも警戒心の強い白雪姫が怪しげな老婆からもらったものを口にするというのがおかしな事ではあったのだ。


そう疑問を呈すると、白雪姫はめずらしく視線を泳がせた。


「…いや、ほら。わたし叔父様のご命令で小さい頃から毒への耐性をつけてきたじゃない。…いけるかなー、って思ったのよ。…いけなかったけどね」


その場にいた全員がはからずも天井を仰いだ。


狡猾ですらあるのに、肝心なところで詰めが甘いのは王弟おじ譲りなのか。


「狩人の件は、知らぬ存ぜぬを通せるものじゃない。でも王妃本人がわたしに対して殺害を試みたとなれば言い逃れは出来ないと思ったのよ。証人は被害者でもあるわたしなんだし…。…反省してるからそんな目で見ないでちょうだい!」


白雪姫はなかば自棄になってそう叫んだ。


         *

                  *


―――「ランス!見て頂戴、なんなのこの政務の山は!なにがどうしてこんな事になっているの!」


入室したランスロットが扉を閉めるなり、部屋の主の白雪姫はきつい声で吐き捨てた。


彼女の机の上、その周囲には決裁前の書類が積まれている。事務仕事が不得手なランスロットには気の遠くなるような光景だ。


「白雪姫が失踪したという事で、皆がそちらにかかりきりになってしまった結果だと思います」


「それはそれ!みんながみんな、わたしを捜しに出たわけではないでしょう。捜索に関わった人間がそれを行えばいいだけであって、他の者は粛々と己の領分をこなしなさいよ!国政が滞るでしょう」


ランスロットは皮肉を込めて答えたのだが、やっぱり白雪姫には通じない。まぁ彼女の言い分はもっともなのではあるが。


「どうせわたしが帰ってこない事を想定して、権力闘争に勤しんでいたんでしょう。っていうかそういう情報入って来てるんだから!証拠と合わせて、そいつら近いうちに更迭するわ!」


鼻息荒く、白雪姫は書類を机に叩きつけた。


彼女の激情がおさまるのを待って、ランスロットは口を開いた。


「王妃は魔女として処断される事になりました。灼けた鉄の靴を履かせ、死ぬまで踊らされる、と」


白雪姫は思いきり柳眉をしかめた。


ランスロットと共に城に帰還した白雪姫は、悲劇の王女を演じつつ、王妃の凶行を明らかにした。証拠となる林檎に塗布されていた毒が王妃の部屋から見つかり、なおかつ国王の不調の原因はその毒を薄めたものを長期にわたって摂取していた事が判明したのだ。


「…嫌いだわ、異端審問官は。どうしてこうも女の犯罪者を魔女に仕立て上げようとするのかしら」


ランスロットは軽く目を瞠った。


「姫は王妃が魔女では無かったとお思いで?」


「それはわからないわ。わたしは純粋に異端審問官が嫌いなのよ。…ねぇランス、知っているかしら?ここ数年、魔女として火あぶりにされる女は、そのほとんどが身分は低くても裕福な家柄なの」


白雪姫は窓の近くにおかれたロッキングチェアに腰掛けた。彼女の叔父のものに似せて作らせた特注品だ。


「彼女たちの罪状は夜ひとりで出歩いていた、黒猫を飼っていた。そんな些細なものから、箒にまたがって空を飛んでいた、なんて目撃証言だけで物的証拠なんてありゃしない、曖昧なものなのよ」


「ですが、裁判で魔女とされた女たちからは自白が取れています」


「異端審問に拷問は付きものでしょう。延々拷問されるより、死んだほうがマシって事よ。そして魔女たちの財産は穢れているからって、教会がすべて接収するのよ」


「…つまり、教会は私腹を肥やす為にあえて魔女を生み出している、と?」


「大真面目に魔女狩りをしている連中もいるでしょうけどねぇ」


青褪めるランスロットをちらりと一瞥し、白雪姫は頬杖をついた。


「この国はね、ランス。昔は土着信仰が息づいていたのよ。神様や精霊が人間と同居していた。偶像崇拝を嫌い、唯一神を崇める教会にとってはそれらは邪神でしかなかった。最初に教会に魔女として告発されたのは、土着の占い師や、薬師の女たちだったんですって。森の奥の小人たちは、その末裔よ」


派手な処刑は民衆の残虐な見世物と化し、魔女狩りの波は広がっていく。純粋に魔女を恐れる者たちもいれば、それを利用し、邪魔な人間を魔女に仕立てよう考える者たちも現れ始めた。


すでに魔女狩りは有名無実化していると白雪姫は言う。


「ですが姫、王妃はあなたが生きていると知っていた。あの魔法の鏡を使って、あなたの行方を突き止めた。王妃が魔女だったのでなければ説明がつきません」


「その鏡がしゃべってるの、誰か見た?」


ロッキングチェアで揺れる白雪姫の姿は、彼女の叔父を思い起こさせた。容姿は美貌で名高い前王妃の血を濃く受け継いでいるが、白雪姫は外見も内面も、実父である国王との共通点が見つからない。


「長い間戦争の脅威にさらされていてた場所では、少年少女を中心に"神の声"を聞いたっていうケースが多く報告されているのよ。長期に渡って精神的負担をかけられていた人間が超常的な存在に救いを求めるのはめずらしい話ではないわ。実際その"お告げ"を聞いて戦争に打って出て、勝利を収めた女性もいるわけだし」


「ひとつの仮説よ」と白雪姫は付け加えた。


「王妃はもとは商家の娘だったそうね。その娘が美貌を見初められて国王の後添えにまでのぼりつめたんだもの。その美しさが衰えていくことは、彼女にとってどれだけの不安と苦痛でしょうね」


白雪姫の口調には、どこか憐れみが滲んでいるようだった。必要とあれば、どこまでも冷徹になれる娘だが、彼女は生来の酷薄さとは無縁だ。だからこそ、魔女狩りや酸鼻極まるその処刑に強い嫌悪を示す。


「ランス、情報収集って本来は女の方が向いているんですって。抜け目がないし、嘘を見破るのも女の方が得意だしね。…あんたを責めてるわけじゃないわ。ただ、王妃がとんでもなく勘が良くて、なおかつ天性の情報収集能力があったとしたらっていう、…あくまでもひとつの仮説」


白雪姫は行儀悪く頬杖をついたまま、溜息を吐いた。


「まぁどちらにしろ、王妃は処刑は免れないわね。隣国の王と共謀してお父さまの暗殺を企てていたなんて。…そういえば、夜な夜な城を抜け出して若い娘を攫ってはその血を搾り取って浴びてた…、だったかしら?」


「はい。近隣住民と、逃亡に成功した娘から証言が取れております。王妃の部屋からは隣国の国王と遣り取りした書簡も見つかっています」


「うわあぁぁぁ…」


白雪姫は悪寒を覚えた様子で、自分の二の腕を擦る。


「異能の有無以前に行状が魔女そのものね。言い逃れはできないわ。…隣の国王も馬鹿をしたものねぇ、いくらこの国が欲しかったからって。あっちってこの国より魔女への忌避の風潮が強いっていうのに。王家に対する支持はがた落ちだわ。下手打てば暴動だわねぇ」


それでなくても強権的で民衆から不満が出ているというのに、と白雪姫は独り言ちる。


「そういえば、姫。その隣国の王子との婚約は破棄で?」


「もちろんよ。もともと全力で政略だったし。お隣のお坊ちゃまは夢見る夢子ちゃんだから、これを機に北方の、荊で囲まれた城に眠る姫と真実の愛とやらを探しに行くって手紙来たわ」


白雪姫は小馬鹿にした顔でせせら笑った。


「夢子ちゃんの事はいいとして。お父さま、命に別条はないけれど政務への復帰は厳しいそうなのよ。来年にはわたしが王位を継承することになるから」


「おめでとうございます」


ランスロットに驚きは無い。むしろ、これまで王妃の言いなりだった血筋だけの国王より、白雪姫が王位に就いた方が閉塞した国政は流れ始めるだろう。


「手始めに教会を相手取るわ。あいつら魔女狩りなんてアホな事に加えて、影で豪商との癒着やら収賄やらしてたのよ。民衆の信仰を奪うつもりは毛頭ないけれど、教会からの支配の脱却を図ります。親元・・が口を挟めない状況をつくってね」


ランスロットは無言のまま頷いた。理想的な反応に白雪姫は満足そうな笑みを浮かべる。


白雪姫の艶やかな髪と大きな瞳は、しっとりとした黒檀を思わせる。

黒はすべてを呑み込む色だという。王となった白雪姫は自身に向けられる悪意も敵意も、殺意すらも呑み込みながら進むのだろう。


その道はおそらく、彼女の唇のように赤い血で彩られていく。


最終的に残るのは、真っ白い灰。


それは敵のものになるのか、白雪姫自身のものになるのか。


ランスロットにはわからない。




























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