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短編

僕っ娘がわたしに変わるまで。~仁義なき柚子豆腐~【企画競作スレ】

作者: まめ太

一人称が「わたし」になっても基本性格は変わらないのでは?という疑問に正面から挑む、問題作!()

「冷奴って、普通は春に出される食い物じゃないだろ?」

 ううむ。確かに。

「おまけに今日は肌寒いんじゃないの? お前の着てるの、それなに?」

 カーディガンを羽織ってる。長袖シャツの下にはインナーも。

 奴はインスタントのコーヒーを濃い目に入れて、氷を詰めたグラスにゆっくりと注ぎながら、口を尖らせて文句を言った。そーっと、黒い液体が氷の上を流れていく。以前、熱湯でガラスのコップにヒビを入れてからは、少し丁寧さを覚えたのだ。

 て、ちょい、待てや。季節の食い物どーのこーのの前に、お前、言ってる事とやってる事が食い違ってないか?

 わたしが睨むと、なんだ、と言い返した。

 ちょうどいい濃さに薄まったアイスコーヒーを、奴はちびちびと啜る。この方式は冷えるまでに少し時間のラグが出る。冷えるに従い、氷が解けてちょうどいい濃さだったコーヒーが薄くなるから、飲みきるタイミングが肝心、らしい。知らんがな。

「けど、安かったんだもん。」

 わたしは最後の抵抗を試みる。

 そう、安かったんだ、2つパックの柚子豆腐が3個で150円という驚きのプライス。これを手出ししないなんて、お財布の神様が暴れ出すレベルだろう。浮いたお金でポッキーが買えたんだぞ。

「また特価品に釣られたのか。安物買いの銭失いって言うだろ。」

 奴の声は明らかにわたしをバカにしていた。幾ら食費が浮いても、その分、文句を聞いていたんじゃあまり利口とは言えないんじゃない?と、これまでも何度も何度も聞かされた台詞だ。

 結果で言うと本日の食費は浮いてこなかったわけだが、別にいいだろう、その分でポッキーが入手出来たんだから。オシャレな極細ポッキーの方だぞ、しかも。

 面と向かって文句言うのは怖いから、頭の中で毒吐いていたら、奴がいきなり質問形式で問いかけた。

「はい、今日のお天気はどうですか?」

「えーと、曇り……です。」

 言いたい事は解かってる。遠まわしに嫌味な奴だ。けど朝は快晴だったし、昨日はとても暑くて、まるで夏のよーな日々がこのところ続いていたんだ。いきなり冬に逆戻りなんて、しかもこんなタイムリーに戻ってきやがるなんて、思いもしないじゃないか。そうだろう?

 なんで後一日待ってくれない、いや、合計6パックを家族三人で処分しきれる二日間だけ夏日が続いてくれたなら、何も問題は起きなかったんだ。

 ひっくり返してお皿にポン、な冷奴は、主婦の強い味方だ。上に青ネギの小口切りをぱらりと振りまいて、しょうがの極細切りの山吹色を彩りに添えれば、隣にポン酢をちょいと置いておくだけで体裁が整うという、夢の一品だというのに。

 季節が夏限定というのは、あまりに悔しい仕様だ。

 それも、真冬でも関係なくアイスコーヒー飲む男に文句言われるんだから、不条理極まりない。精神衛生上、とてつもなく宜しくない。お前の正論は一見、正論だが、正論とは認めん!

 反論が怖いから、口に出しては言わないが!

 しかも、ちゃっかりしっかり食事を全部たいらげた後から、批評よろしく文句をぶちまけるのだから、始末が悪い。ぺろりと食った後で季節がどーとか、言うな。説得力ゼロだろ。


 今日の晩御飯は秋シャケが安かったから、ホイル焼きにして、みそ汁と冷奴を添えたんだ。新玉ねぎの季節だよ。大玉がごろごろ入って一盛り390円なんて、冬のうちには考えられん。春だ、春。野菜が走るというね、あっとゆー間に大きくなるという意味らしい。だから、今の野菜は安いんだ。

 冬の間は白菜ばかりで申し訳なかったから、春に浮かれて野菜を色々と買ったんだ。

 ホイル焼きは、焼き肉用の鉄板を使うのがお得だ。レンジは使えないし、コンロに付いてるグリルでは家族が多いと先に焼いた分が冷めてしまう。鉄板だと一気に焼けて、保温のままで置いておける。

 新玉ねぎのスライスを、焦げ防止で底に敷き詰めて、シャケの切り身をおいて、塩コショウを薄くかけてからバターをひとカケラ。これが、なぜかバターがなければ引き締まらない不思議。そこへ三種の神器ですよ、きのこ三兄弟。えのき~、しめじ~、まいたけ~。なんちゃって料亭風。

 好みに合わせて、ソースでもマヨでもケチャップでもポン酢でも、好きなモンかけて食え。うちはそういうスタイルなんだ。

 もう1つ。鉄板の良い所その2で、ホイルがケチれる。鉄板なら、きちんとホイルを閉じなくてもちゃんと蒸し焼きに仕上がるから、ホイルは密封するほど大きく切らなくてもいいんだ。

 鉄板にかぶせたガラスの蓋に、水蒸気が籠もる。過ぎれば水滴が流れて、曇っていたガラスも中が見えるくらいになる。火傷に注意で蓋を開けた。

 アルミの合間から、美味しそうに湯気のあがるシャケのうっすらピンクの色が覗いて見える。きのこから染み出た汁っけに、バターの溶けた油がゆるゆると泳ぐんだよね。エキスたっぷりの深いブラウンに、黄金色。美味しそう。玉ねぎはしんなり透明感のあるキツネ色に変わっていた。

 春は新玉ねぎが美味しい。みそ汁にも新玉ねぎIN。某料理サイトでネタとして挙がっていた、さわやか風味みそ汁にチャレンジだ。豆腐のパックに手を伸ばすと、「みそ汁に柚子豆腐入れんなよ、気色悪い。」すかさず予防線を張られてしまった。勘の良い男だ。

 男子厨房に入らずというが、喜んでほいほい入り込んでくるような男は、こういう時に面倒くさい。

 知らないほうが幸せなことって、世の中には沢山あるんだぞ。

 もちろん、反論が怖いから言わない。

「そもそも、冷奴に豆腐の味噌汁なんてブッキングもいいとこだろ、他に具材ないのか?」

 冷蔵庫に近寄るな。整理してある冷凍庫を引っ掻き回されちゃ堪らんから、慌てて阻止して先に開けた。なにより、昼間に買ったかき氷が隠してあるんだ。一個だけ。独りでこっそり食べようと思ったのは悪かったと反省するから、今は見つけるな。面倒になる。

「油揚げならある。」

 背中で悪事をひた隠しにして、凍った4枚入りの薄揚げの袋を奴の前へと差し出した。

「よし。」

 なにが良し、だ。油揚げだって豆腐の加工品じゃんか。ザ☆元豆腐!

 反論が怖いから……以下略だ。

 そうして、食事の後のダメ出しで冒頭に戻る。リピートだ。


 食卓の上に取り残されたプラスチックのケースが一つ。食うかと思ったけど、そう巧くはいかず、冷奴のおかわりはオーダーされなかった。

「この豆腐どうしたらいいんよ?」

 そう。今日、メニューで使い切るはずだった柚子豆腐が余ってしまったのだ。お前が余計な口出しするから。1つや2つのブッキングがなんだっていうんだ、世の中には女の子が5人も6人も7人も年がら年中ブッキングしっぱなしでも、一向に気にしないという男主人公だって居るんだぞ。

「吸い物にしたら、美味いと思うな。」

 みそ汁に入れたら気持ち悪くて、お吸い物ならOKとな?


 お前の血は何色だー!!


 柚子豆腐。されど柚子豆腐。ああ、柚子豆腐。どーしよう、これ。

 とりあえず、明日のメニューに回してしまおう、そうしよう。

 他人には理解の及ばぬ拘りで、熱い淹れたてインスタントコーヒーをアイスコーヒーに作り変えている奴とは背中合わせに、わたしは皿を重ねて流しに置いた。

 ホイル焼きは、後片付けも、楽なんです。字余り。


 食事のメニューは買い物しながらで考えるのがベストである。

 安い食材を押さえておいて、それを使うメニューを組むのが安く上げるコツだ。そして、財布の神様は苦しいのが嫌いだから、金を詰め込んではいけないのだ。その日使う分しか現金は持たない。そしてカードは元から作っていない。あれは貯金の天敵だ。

 今日はなすびが安かった。よし、なすびのアラビアータに決定だ。そして昨日の柚子豆腐。今日も天気は芳しくなく、気温は低い。だから冷奴は却下だろう。無理に出したらアイツがキレる。しかし、そろそろ賞味期限がヤバかった気がする。迂闊にも、期限を見るのを忘れるほどに浮かれてしまったのだ、敗因だ。だから、なんとしても本日中に使い切らねばならない。健闘を祈る!

 トマトゲット。ベビーリーフのパックが半額、ゲット。……よし、創作サラダにチャレンジだ!

 柚子豆腐を使ったみそ汁はさわやか風味と評判(?)だった。ならば、サラダに使えば一石二鳥だよ。

 わざわざドレッシングでさわやかすっぱめ味を付けなくても、ドレッシングがないなら柚子豆腐を使えばいいじゃない、の某フランス王妃の発想だ。

 名付けて『アントワネット柚子豆腐サラダ』!

 作り方はごく簡単。適当な大きさにカットしたトマトとベビーリーフを適度に混ぜて、その上に柚子豆腐を角切りにしたものを見栄えよく盛り付けるだけ。美味しそう……と、いう事にしとけ!

 トッピングにはパリパリ触感が楽しいオールブランを細かく砕いたチップを振りまいて、シーザードレッシングがわたしは好みだが、奴はどうか知らんから、予防線を張って何も掛けずにおく事とした。

 赤と白のコントラストに、バランスよく緑色を添える。緑が多すぎるとサイケディックになって、見た目がイマイチに成り下がるから要注意だ。見た目さえ良ければ、舌は誤魔化されてしまうとテレビのワイドショーで聞いた気がする。大丈夫。

 よし、柚子豆腐処理完了。ミッションコンプリート!

 なすのアラビアータはも一つ手間いらずだ。なんせ市販のスパゲティソースを使うからな。手の込んだ料理など、二日に一度、一品あればそれで満足するものだ。なぁに、言わなきゃバレん。

 そして何より、市販品なら、あんまり料理を失敗しないで済む!

 あ、帰ってきた。


「また変なもん、創って……、」

 そう言わずに食え。今日は自信作だ。

「うん、スパゲッティ『は』美味いよ。」

 なぜ『は』を強調するんだ。

「やっぱ市販品が安心だよな~。」

 ……バレてた。

 続いて問題のアントワネットを引き寄せる。

「これ、なんでネギ使わないの? 和風なら青ネギか大葉、かいわれ、そんで刻み海苔だろ。」

 やっぱりダメ出しかい。

 奴は食器棚から慣れた仕草で海苔の缶を取り出すと、ベビーリーフを先に食べ尽くして、赤と白の上から振りかけた。

「食ってみ?」

 ……うん。美味い。

「豆腐とトマトは割といい組み合わせだ、この葉っぱは余計だったけど。」

 60点てトコかな、イイ子イイ子と奴に頭を撫でられて、にひゃ、と顔が弛んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか、二人の一見そうは見えないいちゃつきぶりに、身悶えてしまいました。 僕っ娘はわたしに変わってもかわいいなあ、おい、でした。
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