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鉄槌と地脈

 ミーシャの報告が、祝賀の空気を一瞬で戦場のそれに変えた。


 レイドは杯を置き、すでに思考を切り替えていた。


「ゴルゴン——四蛇の中でも最も破壊力に優れた一人か」


「はい。鉄槌のゴルゴンと呼ばれているのです。魔獣の群れを従え、ドゥルガン首都の外壁防衛線を三箇所同時に突破したと」


 ミーシャの声が震えている。通信魔術越しに聞こえる遠雷のような轟音が、状況の深刻さを物語っていた。


「団長」


 ガルムが無言で立ち上がり、腰の大剣に手をかけた。言葉は不要だった。


 レイドは広間を見渡した。各国の代表団がざわめく中、ドワーフ王ヴィルヘルム三世の顔だけが静かだった。老王は拳を握り締め、しかし狼狽えてはいなかった。


「レイド殿」


「行きます。精鋭部隊を転移魔術でドゥルガンに送ります。——陛下の許可をいただけますか」


 ヴィルヘルム三世が頷く。


「わしの首都だ。守りに来てくれる者を拒む王がどこにおる。頼む」


 その一言で十分だった。



  ◇



 転移魔術の光がドゥルガン首都グランハイムの城壁上に弾けた。


 レイドが最初に感じたのは、大地そのものが悲鳴を上げるような振動だった。


「なんだ、これは——」


 眼下に広がる光景に、レイドは息を呑んだ。


 ドワーフたちが誇る鋼鉄の城壁。岩盤を削り出し、鍛冶の技術で強化された難攻不落の防壁。それが、まるで砂の城のように崩されていく。


 崩壊の中心に、一つの人影があった。


 全身が黒い鉱石に覆われた巨躯。身の丈は三メートルを超え、その拳が振り下ろされるたびに城壁が粉砕される。周囲には数十体の魔獣が群れをなし、防衛線の隙間に殺到していた。


「あれがゴルゴンか」


「まずいのです、ご主人様。あの鉱石化——通常の物理攻撃も魔術攻撃もほとんど通らないのです」


 ミーシャが通信越しに叫ぶ。レイドの隣に転移してきたガルムが、低く唸った。


「ドワーフの精鋭がまるで歯が立たんとは。化け物だな」


「ガルム、まず魔獣の群れを引き受けてくれ。城壁内部に侵入させるな」


「了解だ」


 ガルムが城壁から飛び降りる。着地と同時に大剣が閃き、先頭の魔獣が両断された。


 レイドは手を城壁に当てた。万象構築魔術の魔術式が展開され、崩された城壁の構造を読み取る。


「鋼鉄と岩盤の複合構造——なるほど、ドワーフの技術は精緻だな。再現する」


 砕けた城壁が光を帯び、まるで時間が巻き戻るように再構築されていく。ドワーフの守備兵たちが目を見開いた。


「壁が——壁が直っていくぞ!」


「今のうちに隊列を立て直せ!」


 だが、修復した端からゴルゴンの拳が新たな区画を破壊する。いたちごっこだ。レイドは修復を続けながら、ゴルゴンの攻撃パターンを観察した。


「ミーシャ。あの鉱石化の魔術、分析できるか」


「すでにアルカディアの記録と照合中なのです。あの魔術のマナ波形には特徴があって——」


 数秒の沈黙。


「わかったのです! あれは古代の禁呪『地脈支配』の劣化版なのですよぅ!」


 レイドの手が止まった。


「地脈支配?」


「地脈からマナを直接吸い上げて、自分の肉体を鉱物化する古代魔術なのです。本来のアルカディア版はもっと精密で、地脈そのものを兵器として運用できたのですが——ゴルゴンのは荒っぽい模倣品。でも、だからこそ出力だけは本家に匹敵するのです」


「つまり、力の源は地脈か」


 レイドの頭脳が回転し始めた。城壁の修復を片手で維持しながら、もう片方の手で地面に触れる。足元を流れるマナの奔流を感じた。


「地脈の流れを書き換える。マナの供給を断てば、あの鉱石化は維持できなくなる」


「理論的にはその通りなのです。でも——」


 ミーシャが言い淀む。


「地脈の結節点に直接触れないと書き換えはできないのです。一番近い結節点は、城壁の外。ゴルゴンのすぐ近くなのですよぅ」


 レイドは城壁の下を見た。ゴルゴンが三体目の魔獣に指示を出しながら、次の攻撃態勢に入っている。あの化け物のすぐ傍まで行かなければならない。


「やるしかないだろう」


 迷いはなかった。



  ◇



 ドワーフ軍の指揮官に作戦を伝えると、すぐに精鋭護衛隊が編成された。


「人間の魔術師一人のために、ドワーフの精鋭を出すのかと思うか?」


 護衛隊長のドワーフが、戦斧を肩に担いで笑った。


「首都を守ってくれる恩人だ。喜んで盾になるさ」


 城門が開く。


 突撃と同時に、ゴルゴンがこちらを向いた。


「虫が湧いたか」


 低く、岩が擦れるような声。ゴルゴンの鉱石化した腕が振り上げられ、地面を殴りつけた。衝撃波が放射状に広がり、護衛隊の前列が吹き飛ばされる。


「怯むなっ!」


 護衛隊長が叫ぶ。ドワーフたちは体勢を立て直し、盾を構えて前進した。重装甲の隊列がゴルゴンの注意を引きつける間に、レイドは側面から結節点を目指した。


 ガルムが魔獣の群れを抑え、ドワーフが正面を支え、レイドが走る。


 地面に刻まれた古いマナの紋様が、足元で淡く光っていた。結節点が近い。


「あと三十メートルなのです!」


 ミーシャの声。レイドは全力で駆けた。


 ゴルゴンが気づいた。


「貴様——何をする気だ」


 鉱石化した巨体が向きを変え、拳を振りかぶる。レイドの全身に殺気が叩きつけられた。


「団長、伏せろ!」


 ガルムが横合いから跳躍し、大剣でゴルゴンの腕を打った。刃が鉱石に弾かれ、火花が散る。だがその一瞬の隙で十分だった。


 レイドは結節点に手を突いた。


 地脈のマナが指先から流れ込む。凄まじい情報量。大地の下を走る無数のマナの流れが、一気に知覚野に広がった。


「これは——」


 息を呑んだ。見えたのは地脈だけではなかった。アルカディア時代に構築された、都市規模の魔術制御網。千年の時を経てなお、微かに脈動している。


「ご主人様、それは——都市級魔術の制御系統なのです」


 ミーシャの声が震えた。驚愕と、懐かしさが入り混じった声。


 だが今はそれに浸っている暇はない。レイドは万象構築魔術を全開にし、地脈の流れを読み解いた。ゴルゴンに供給されているマナの経路を特定し、その流れを反転させる魔術式を構築する。


「書き換え——開始」


 大地が震えた。


 ゴルゴンの動きが止まった。全身を覆う黒い鉱石に、亀裂が走り始める。


「な——何をした!」


「お前の力の源を断った。地脈はもうお前にマナを流さない」


 ゴルゴンの鉱石化が崩壊していく。黒い欠片が剥がれ落ち、その下から血の通った肌が覗く。巨体が縮み、人間大の男の姿が現れた。


 だがその目は、狂気に燃えていた。


「ならば——道連れだ」


 ゴルゴンが残された全マナを体内で暴走させた。自爆。レイドはそれを瞬時に理解した。


「させるか——!」


 万象構築魔術で封じ込めの結界を展開する。ゴルゴンの体から放出される暴走マナを、球状の障壁で包み込んだ。爆発が障壁の内側で炸裂し、閃光が視界を白く染める。


 衝撃が腕を通じて全身を揺さぶった。だが、結界は保った。


 光が収まる。


 ゴルゴンは消えていた。後に残ったのは、砕けた黒い鉱石の破片だけだった。


 ドワーフたちの歓声が上がる。だがレイドの目は、破片の中にあるものに釘付けだった。


 石板だ。


 掌ほどの大きさの、古びた石板。その表面に、蛇が絡み合う紋章が深く刻まれていた。紋章の周囲には、微細な座標らしき魔術文字が並んでいる。


「ミーシャ」


 通信越しに、息を呑む音が聞こえた。


「これは……教団本拠地への道標なのです」


 レイドは石板を拾い上げた。冷たい石の表面に、四分割された紋章の一片が刻まれている。


「四つ集めると——」


「完全な座標が完成するのです。つまり、残りの四蛇もそれぞれ同じ石板を持っている」


 ガルムが近づき、石板を覗き込んだ。


「ということは、あと三つか」


 レイドは石板をしっかりと握った。教団の本拠地。そこに全ての答えがある。


 だが同時に、先ほど地脈に触れた時に感じたものが、まだ指先に残っていた。アルカディアの都市級魔術。あの巨大な制御系統の残滓。


 もし、あれを完全に掌握できたら——。


「ご主人様?」


「いや。……帰ろう、ミーシャ。報告することが山ほどある」


 レイドは振り返った。ドワーフの精鋭たちが敬礼している。その向こうで、鋼鉄の城壁が夕陽を受けて輝いていた。


 手の中の石板が、微かに脈動した気がした。

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