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烽火は大陸を覆う

 七日。


 蛇の司祭の宣告が通信網から消えた直後、レイドの執務室に沈黙が降りた。だが、それは一瞬のことだった。


 魔導通信の受信結晶が、一斉に明滅を始めた。


「緊急通信です、ご主人様!」


 ミーシャが虹色の瞳を大きく見開き、空中に複数の通信映像を展開した。水晶のように透き通る立体映像が、執務室を青白く染め上げる。


「南部ドゥルガン王国より——鉱山都市ガルドヘイムが魔獣軍団の急襲を受けています。規模は推定三千以上」


 映像の中で、ドワーフの戦士たちが地底通路を塞ぎながら必死に応戦していた。だが押し寄せる魔獣の波は、まるで際限がない。


「東部シルヴァリアからも入電。聖樹の森にマナ汚染が拡大中、浄化が追いつかないと」


 二つ目の映像には、エルフの魔術師たちが巨大な樹木の根元で結界を張る姿が映っていた。だが樹木の葉は黒く変色し、禍々しい瘴気が森の奥から湧き出している。


「さらに北部ファングランド——獣人の集落が三つ、闇に呑まれたとの報告です」


 三つ目の映像は、すでに通信が乱れていた。雪原に広がる黒い霧と、逃げ惑う獣人の民の姿が断片的に映し出される。


 レイドは研究ノートを握りしめ、三つの映像を見比べた。


「ミーシャ、各地の攻撃開始時刻を出してくれ」


「はい。ドゥルガンが本日未明の第三刻、シルヴァリアが第四刻、ファングランドが第五刻——ほぼ一刻ずつずらして攻撃が開始されているのです」


 レイドの目が鋭くなった。


「偶然じゃない。計画的な同時攻勢だ」


 通信映像の座標を大陸地図上に重ねると、攻撃地点は美しいまでに等間隔で配置されていた。南、東、北——三方向から大陸を締め上げるように。


「しかも各戦線の魔獣の種類が違う。ドゥルガンには地中型、シルヴァリアにはマナ汚染型、ファングランドには瘴気拡散型。それぞれの土地の弱点を突いている」


「つまりこの攻勢を指揮している者が、各国の地理と戦力を熟知しているということですよぅ」


 ミーシャの声が珍しく硬い。レイドは頷いた。


「ああ。各戦線に指揮官がいる。おそらく——」


 レイドは地図上の四つの攻撃地点を指で示した。南、東、北、そしてまだ動きのない西。


「教団には『四蛇』と呼ばれる幹部が四名いるはずだ。蛇の司祭から断片的に聞いた情報と、古代文献の記述が一致する。四人がそれぞれの戦線を指揮している」



  ◇



 レイドが仲間たちを大会議室に緊急招集したのは、それから半刻後のことだった。


 ガルムは腕を組み、壁際に立っている。フィーネは通信映像を食い入るように見つめ、リリアーナは既に羊皮紙を広げて何かを書き始めていた。


「状況は把握した」


 レイドは全員の顔を見回してから、静かに告げた。


「個別対応では間に合わない。三方面すべてが同時に崩壊すれば、大陸全土が教団の手に落ちる」


「それで、団長。どうする」


 ガルムの問いは短く、的確だった。


「大陸連合軍を組む」


 会議室の空気が変わった。レイドは続ける。


「ノヴァ・アルカディアの魔導通信網は既に各国と繋がっている。情報の集約と共有はできる。足りないのは、各国が個別に戦うのではなく、統一された指揮系統の下で動く仕組みだ」


「賛成だ」


 ガルムが即座に応じた。


「ファングランドの連中は知っている。獣人は群れで戦えば強い。だがバラバラに戦えば、各個撃破される。それは他の国も同じだろう」


 フィーネは通信映像に映るシルヴァリアの森を見つめていた。その碧い瞳に、複雑な光が揺れる。


「……シルヴァリアは、私を追い出した国です」


 誰もが黙った。フィーネはハーフエルフとして、人間からもエルフからも居場所を与えられなかった。その傷は今も消えていない。


「でも」


 フィーネは顔を上げた。


「あの森には何の罪もない人たちが暮らしてる。子供も、お年寄りも。私を追い出した長老会のことは今でも許せないけど——だからって見捨てていい理由にはならないです」


 レイドは静かに頷いた。


「ありがとう、フィーネ」


「お礼を言われるようなことじゃないですよ。当たり前のことです」


 そう言いながらも、フィーネの声はわずかに震えていた。


 リリアーナが羊皮紙から顔を上げた。


「連合軍の実現可能性について、簡単に試算いたしましたわ」


 彼女の瞳には、商人としての冷徹な光が宿っている。


「ドゥルガンの重装歩兵は大陸最強ですが、機動力に欠けますわ。シルヴァリアの弓兵と魔術師は防衛に秀でるものの攻勢には不向き。ファングランドの騎獣隊は突破力がありますが持久力に課題がある。つまり——」


「単独では弱点を突かれるが、組み合わせれば互いを補完できる」


 レイドが引き取ると、リリアーナは満足げに頷いた。


「その通りですわ。さらに、わたくしたちノヴァ・アルカディアの魔導通信網が各軍の情報共有基盤として機能すれば、連携の質は飛躍的に向上しますの。物資の輸送経路も三本確保できる見込みです」


「さすがリリアーナだな。話が早い」


 レイドは通信網の全体図を空中に投影した。第六章で苦心して構築した魔導通信網の中継塔が、大陸各地に光の点として浮かび上がる。当初は辺境都市の生活インフラとして作ったものだが、今やそれが大陸規模の情報収集基盤として機能しようとしている。


「この通信網があるから、各国の戦況をリアルタイムで把握できる。これは千年前にはなかった武器だ」


 その言葉に、ミーシャがぴくりと反応した。


「……千年前」


 普段は無邪気な人工精霊の声が、急に沈んだ。


「ご主人様。千年前にも——同じことがあったのです」


 全員の視線がミーシャに集まった。


「アルカディアが深淵教団と戦った時、大陸の諸国は連合軍を結成しました。ドワーフも、エルフも、獣人も、人間も。みんなが力を合わせて戦ったのです」


「それは知っている。だが結果は——」


「敗北しました」


 ミーシャの声は淡々としていた。だが、その虹色の瞳の奥には、千年分の記憶が渦巻いている。


「連合軍は最初、圧倒的な戦力で教団を追い詰めました。でも——内部から崩れたのです。裏切り者が出ました。教団側に寝返った者がいて、連合軍の作戦が筒抜けになって」


 会議室の温度が下がったように感じられた。


「最終決戦の前夜、連合軍の中枢に潜んでいた内通者が防衛結界を解除しました。アルカディアの首都は一夜で陥落し、文明そのものが滅びたのです」


 重い沈黙が落ちた。リリアーナの筆が止まっている。ガルムの尾が低く揺れていた。


「……じゃあ、連合を組んでも同じことになるかもしれないってこと?」


 フィーネの問いに、ミーシャはゆっくりと首を横に振った。


「同じ轍を踏まないためには、条件があるのです」


 人工精霊の視線が、真っ直ぐにレイドを捉えた。


「千年前の連合軍が失敗した最大の理由——それは、連合の中心にいるべき国が、最後まで本気で参加しなかったからなのです」


「中心にいるべき国?」


「大陸最大の人口と軍事力を持ち、他の全ての国と国境を接する国。あの時も、そして今も——」


 ミーシャの指が、地図の中央を指し示した。


「千年前と同じ轍を踏まないためには、あの国の協力が絶対に必要なのです」


 全員の視線が、地図の中心——クレスティア王国の方角に向いた。


 レイドを追放した国。ヴァルターが宰相として君臨する国。そして、教団との繋がりが疑われる国。


 レイドは拳を握りしめた。


「——最大の敵に、手を差し伸べなければならないということか」


 誰も、答えなかった。

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