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目覚める古都の鼓動

 地下からの振動が止まない。


 レイドは封印扉の前で片膝をつき、右手を地面に押し当てていた。万象構築魔術の感覚回路を通じて、大地の奥底から途方もないマナの奔流が上昇してくるのがわかる。


「ミーシャ、状況を説明してくれ」


「は、はいなのです!」


 ミーシャの虹色の瞳が忙しなく明滅を繰り返す。人工精霊の表情には、千年ぶりの記憶が蘇る興奮と、制御不能な事態への恐怖が入り混じっている。


「アルカディアの都市基盤——地下に埋まっていた魔導回路網が、ご主人様の魔術に共鳴して起動し始めているのです。これは、かつてのマスターたちが都市を運営していた時と同じ……いえ、それ以上の規模なのですよぅ」


 その言葉が終わるより早く、変化は地上にも現れ始めた。



  ◇



 ノヴァ・アルカディアの中央広場。石畳の隙間から、淡い青白い光の筋が浮かび上がる。


 光は幾何学的な紋様を描きながら広がり、建物の外壁を這い、屋根を越え、街全体を覆うように伸びていく。古代文字が壁面を走り、空気が震え、マナの密度が肌で感じられるほどに跳ね上がる。


「な、なんだこりゃあ!」


「地面が光ってるぞ!」


「魔物の襲撃か!?」


 住民たちが家から飛び出し、広場へ集まり始める。子供が泣き、母親が抱きしめ、商人が荷物を抱えて逃げ出そうとする。恐慌が広がりかけた、その時——。


「皆様、落ち着いてくださいませ!」


 凛とした声が広場に響き渡る。


 リリアーナが噴水台の上に立っていた。赤毛をなびかせ、堂々と群衆を見下ろす姿は、没落したとはいえ貴族の血筋を感じさせる。


「これはレイド様が都市の地下に眠る古代の力を引き出しているのですわ。危険なものではありません。むしろ、わたくしたちの街がより強く、より豊かになる第一歩ですの」


「ほ、本当かい、リリアーナさん?」


 不安げな声に、リリアーナは穏やかな微笑みで応じる。


「レイド様がこの街を危険に晒すようなことをなさると、本気でお思いですか? あの方はいつだって、わたくしたちのために力を使ってこられたでしょう?」


 その一言で、群衆のざわめきが少しずつ収まっていく。レイドへの信頼が恐怖を上回ったのだ。リリアーナはすかさず自警団の伝令を走らせ、各区画の責任者に同じ説明を広めるよう指示を飛ばす。


「さすがだな、嬢ちゃん」


 広場の端で腕を組んでいたガルムが、低く呟いた。



  ◇



 地下遺跡の最深部。レイドは魔導回路の接続作業に没頭していた。


 目の前に広がるのは、千年前のアルカディアが遺した都市制御の中枢回路。現在のノヴァ・アルカディアのインフラとは比較にならない精緻さで、マナの流路が刻まれている。


「ここの回路と、俺が構築した上水道の魔導管を接続すれば——」


「あ、そこは位相がずれているのです! 古代の規格と現代の規格は微妙に異なるので、変換式を噛ませないとマナが逆流しちゃうのですよぅ」


「なるほど。つまりこの接合部に位相変換の魔術式を——いや待て、そもそも古代規格に合わせて現代側を書き換えた方が効率的か? マナの損失率を考えると……」


 レイドの目に研究者の輝きが宿る。没頭し始めると周囲が見えなくなる、いつもの癖だ。ミーシャは慣れた様子で、必要な情報だけを的確に伝え続ける。


 一つ、また一つと接続点を繋ぐたび、地上の変化は加速する。



  ◇



 城壁の上で、ガルムは自分の目を疑っていた。


 四十話ほど前にレイドと共に構築した自動迎撃結界。魔獣の侵入を防ぐために設計した防衛機構が、今まさに別物へと変貌しつつある。


 結界の感知範囲が、従来の三倍以上に拡大している。それだけではない。反応速度が桁違いに向上し、探知精度も格段に鋭くなっていた。


「おい……これは……」


 試しに、小石を結界の外から投げ入れてみる。石が境界線を越えた瞬間、淡い光の膜がそれを包み込み、脅威度を判定し、無害と認識して通過させた。一瞬の出来事だ。


「団長の結界が、古代の防衛システムと融合したのか」


 ガルムの背筋を、戦士としての本能的な昂りが駆け上がる。これならば——暗殺者ギルド「黒蛇」の隠密ですら、容易には侵入できまい。


 虎族の耳がぴくりと動く。遠くから駆けてくる足音。


「ガルムさん!」


 フィーネが息を切らせながら城壁の階段を上ってきた。金髪が乱れ、碧眼には涙の跡が残っている。だが、その表情は悲しみのそれではない。


「どうした、薬師殿」


「医療施設の魔力供給が——安定したんです」


 声が震えている。


「今まで出力が足りなくて治療できなかった患者さんがいて。骨の再生魔術に必要なマナ量がどうしても確保できなくて、ずっと痛み止めしか処方できなかったんです」


 言葉が途切れる。フィーネは袖で目元を拭い、それでも笑おうとした。


「さっき、突然マナ供給が跳ね上がって……治療できたんです。おじいさん、泣いて喜んでくれて……わたしも、もう……」


「そうか」


 ガルムは短くだけ応じる。だが普段は表情に乏しい虎族の口元が、わずかにほころんでいた。


「団長に伝えてやれ。あいつは今、地下で作業に夢中だろうが——こういう話を聞けば、少しは休む気になるかもしれん」


「はい……そうですね」



  ◇



 だが、レイドに休む余裕はなかった。


 古代基盤との接続が進むほど、都市全体の性能は飛躍的に向上する。水道の浄化効率、照明の安定性、通信魔術の到達距離——あらゆる指標が跳ね上がり、ノヴァ・アルカディアは文字通り「生きた魔導都市」として息づき始めている。


 しかし、その代償は小さくない。


「ご主人様、顔色がひどいのです」


「大丈夫だ。まだいける」


 額の汗を拭う手が、微かに震えている。都市核との同期を維持するだけで、レイドのマナは常に吸い上げられ続けていた。万象構築魔術の応用力がいかに広大であろうと、燃料たるマナには限りがある。


 人間一人のマナ容量で、都市規模の魔導システムを駆動し続ける。率直に言って——無謀だ。


「このままだと、ご主人様が魔力枯渇で倒れちゃうのです。かつてのマスターたちは、都市核の自律駆動システムで負荷を分散させていたのですよぅ」


「自律駆動。都市自身がマナを循環させる仕組みか」


「そうなのです! でもそのシステムは、全ての接続ポイントが繋がらないと起動できないのです」


 レイドは奥歯を噛みしめた。


 今の消耗速度では、保って数時間。それまでに全接続を完了させなければ、せっかく目覚めた古代基盤が再び眠りに落ちる。


「残りの接続ポイントは」


「あと三つ。北区の防壁基部、東区の浄水施設跡、そして——」


 ミーシャの声が途切れた。虹色の瞳が大きく見開かれ、その奥に畏怖の色が滲む。


「最後の一つは、万象の書庫の最深部にあるのです」


「万象の書庫?」


「アルカディアの中枢記録庫にして、都市の全機能を統括する場所。『心臓』と呼ばれた領域なのですよぅ」


 ミーシャの小さな体が、目に見えて震えている。


「ご主人様。そこには——千年前の封印が、まだ生きているのです」


 レイドの手が止まる。


 封印。千年を経てなお維持される術式。それが意味するのは一つだけだ。封じなければならなかったものが、そこに在る。


 万象構築魔術の感覚を極限まで研ぎ澄ませる。遥か地下深く、都市の最奥から——微かだが確かな鼓動が伝わってくる。


 アルカディアの心臓は、千年の眠りの中で、ずっと脈打ち続けていた。

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