蛇の子らの伝言
古代兵器の咆哮が荒野を震わせる中、レイドは胸部装甲の奥で脈動する魔力反応を睨みつけていた。
万象構築魔術で編んだ探査式が、兵器内部の構造を次々と解き明かす。六本の腕、背部の魔力炉、そして——胸の最深部に埋め込まれた核。
「外部起動の魔法陣だ。あれを止めれば暴走は収まる」
レイドの言葉に、傍らのドゥルガが太い眉を跳ね上げた。
「場所はわかったのか、小僧」
「ああ。ただし、胸部装甲の厚さが尋常じゃない。外からの魔術攻撃じゃ届かない」
兵器が再び腕を振り上げ、大地を叩き割る。衝撃波がドワーフの陣形を揺さぶり、数名が吹き飛ばされた。時間がない。
ドゥルガが戦斧を肩に担ぎ直し、にやりと笑った。
「わしの一撃で装甲に穴を開ける。その隙に飛び込め」
「正気か? あの装甲は古代アルカディアの——」
「わしを誰だと思っとる。ドゥルガン地底王国が鍛冶王ぞ。古代だろうが何だろうが、ドワーフの一撃に砕けぬ鎧はない」
その目には微塵の迷いもなかった。レイドは一瞬だけ逡巡し、頷いた。
「頼む。ただし一撃だけだ。二撃目の前にあの腕が来る」
「一撃で十分だ」
◇
ドゥルガが指を鳴らすと、ドワーフ精鋭部隊が一斉に散開した。
重装歩兵が盾を連ねて兵器の足元に取りつき、巨大な脚部を鉄鎖で縛りにかかる。兵器が鬱陶しそうに足を振り上げた瞬間、別の一隊が背面から爆裂弾を撃ち込んだ。
「こっちだ、でかぶつ!」
ガルムの怒号が戦場を貫く。虎族の獣人は岩壁を蹴って宙に舞い上がり、兵器の頭部めがけて大剣を叩きつけた。刃が装甲を滑り、火花が散る。ダメージは皆無。だが兵器の注意は完全にガルムに向いた。
六本の腕のうち四本が一斉にガルムを追う。
「遅い」
ガルムは空中で身を捻り、最初の腕を足場にして跳躍。二本目の腕を紙一重でかわし、三本目を大剣の腹で逸らした。四本目が脇腹をかすめ、鮮血が飛ぶ。それでもガルムは止まらない。
「団長、今だ!」
レイドは走り出していた。
同時にドゥルガが地を蹴った。小柄な体躯からは想像もつかない跳躍。戦斧が蒼白い魔力の光を纏い、ドワーフの全身から噴き出す闘気が大気を歪ませる。
「砕けぇぇぇい!」
一閃。
大陸最硬と謳われるドワーフ鍛冶の極意——地裂斬。戦斧の刃が古代装甲に食い込み、亀裂が蜘蛛の巣のように広がった。
轟音と共に、胸部装甲が砕け散る。
「行けぇ、小僧!」
レイドは万象構築魔術で足元に加速陣を展開し、砕けた装甲の隙間に飛び込んだ。
◇
兵器の内部は、想像以上に広かった。
古代アルカディアの技術で構築された内壁が、淡い燐光を放っている。配管や魔導回路が血管のように張り巡らされ、今なお魔力が脈打っていた。
その奥に、核があった。
「これは——」
レイドは息を呑んだ。
核を取り巻く魔法陣は、蛇が己の尾を咥えた円環の意匠だった。禍々しい紫黒の光を放ち、周囲の空気すら腐食させるような瘴気を漂わせている。
万象の書庫で見た記録が、脳裏に蘇る。
深淵教団。千年前、古代アルカディアを内側から蝕んだ狂信者たちの紋章。蛇をモチーフにしたその意匠は、書庫の記録と寸分違わず一致していた。
「やはり、深淵教団の仕業か」
レイドは研究ノートを取り出す余裕もなく、万象構築魔術を全開にした。魔法陣の構造を解析し、一つずつ解体していく。蛇の円環を構成する術式は七重に折り畳まれ、それぞれが独立した暴走命令を兵器に送り続けていた。
一つ目を消去。兵器の左腕が力を失い、垂れ下がる。
二つ目。背部の魔力炉の出力が半減する。
三つ目——そこで魔法陣が脈動した。
「ぐっ——!」
蛇の紋章が紫黒の光を増し、レイドの手に絡みつくように魔力の触手を伸ばしてきた。マナが吸い取られる。体内の魔力が急速に減少していく感覚に、冷や汗が噴き出した。
まるで生きているかのように、魔法陣が抵抗していた。
「レイド、聞こえるか!」
通信用の魔導具からミーシャの声が響く。
「ミーシャ、この魔法陣が——」
「わかってるのです! 古代語の制御コマンドで自己修復機能を止めるのです!」
ミーシャの声が一変し、都市の中枢塔から古代語の詠唱が響き渡った。それは千年前の言葉であり、アルカディアの技術者だけが知る停止命令だった。
「ファル・エン・セリカ・ノーヴァ・ディス——停まりなさいなのです!」
最後だけいつもの口調に戻ったが、効果は絶大だった。兵器の自己修復機能が一時停止し、魔法陣の抵抗が弱まる。
レイドは逃さなかった。
四つ目、五つ目、六つ目——万象構築魔術の解体式が次々と蛇の術式を消し去っていく。マナの消耗は激しいが、止まるわけにはいかない。
「最後の一つ——!」
七つ目の術式に手をかけた瞬間、魔法陣が最後の抵抗を見せた。蛇の紋章が赤く燃え上がり、レイドの腕を焼く熱が走る。
だがレイドの指は止まらなかった。
万象構築魔術——現象を記述し、書き換え、消去する。それがレイド・アシュフォードの魔術。
「消えろ」
静かな一言と共に、最後の術式が消滅した。
蛇の紋章が砕け、紫黒の光が霧散する。古代兵器の眼が光を失い、六本の腕が力なく垂れ下がった。巨体がゆっくりと傾き、大地を揺らして倒れ伏す。
沈黙が、荒野を満たした。
◇
外に出ると、ドワーフたちの歓声が待っていた。
ガルムが脇腹を押さえながらも親指を立て、ドゥルガが戦斧を地面に突き立てて豪快に笑っている。
「やるではないか、小僧!」
「ドゥルガ殿の一撃がなければ、中に入れなかった。感謝する」
「礼には及ばん。ドワーフの鍛冶が古代の鎧を砕く——これ以上の名誉があるか」
レイドは疲労で膝が笑いそうになるのを堪え、仲間たちの無事を確認した。負傷者はいるが、死者はいない。最善の結果だ。
そのとき、通信魔導具が再び鳴った。ミーシャの声だが、先ほどの快活さはない。
「ご主人様……大変なのです」
「どうした、ミーシャ」
「兵器の核の残滓から、何か浮かび上がってきたのです。ミーシャの探査式が捉えたのです」
レイドは振り返り、倒れ伏した兵器の胸部を見た。砕けた装甲の隙間から、淡い紫の光が漏れている。
駆け寄ると、消去したはずの魔法陣の残滓が、最後の力で文字を描いていた。蛇の紋章と共に浮かぶ古代文字。レイドの万象構築魔術が、自動的にその意味を解読する。
「我ら千年を待ちし蛇の子ら。次なる目覚めは、汝らの足元にて」
レイドの顔から血の気が引いた。
汝らの足元——辺境都市ノヴァ・アルカディアの直下。大陸随一のマナ湧出量を誇る、あのマナ脈。
「蛇の子ら、だと……?」
深淵教団は滅んでいなかった。千年の時を経て、その残党が動き始めている。そして次の標的は、レイドたちの足元に眠っている。
風が止んだ荒野で、レイドは拳を握り締めた。




