信じてもらえなくても
古代兵器の起動シークエンス。
その言葉が会議室の空気を凍りつかせた。通信器からはなおも不気味な低周波が響き続けている。レイドは奥歯を噛み締め、思考を高速で回転させた。
「ミーシャ、アルカディアの古代兵器に関する記録を出せるか」
「……はい、なのです」
ミーシャの声には、普段の無邪気さが欠片もなかった。虹色の瞳が揺れている。
「古代大戦期に使用された大規模破壊兵器は七基。そのうち三基は大戦中に破壊され、二基はアルカディア崩壊時に機能停止が確認されているのです。残る二基の所在は——記録にありません」
「つまり、ドワーフ領の地下に未確認の一基が眠っていた可能性がある」
ガルムが腕を組んだ。傷だらけの顔に、歴戦の傭兵らしい冷静な分析が浮かんでいる。
「団長。これが深淵教団の狙いか」
「おそらくな。マナ脈の異常は起動のための準備だった——各地のマナを収束させて、古代兵器を目覚めさせるための」
レイドは通信器に向き直った。
「ドゥルガン側の通信士、まだ聞こえているか」
『は、はい! 振動はさらに強くなっています! 鍛冶王陛下は現在、南部山脈の調査に——』
「そちらの鍛冶王に伝えてくれ。古代兵器の起動シークエンスの可能性がある。起動が完了する前に停止させなければ、ドワーフ領だけでなく大陸南部全域が危険だ」
通信を一時保留にし、レイドは振り返った。会議室にはフィーネ、ガルム、リリアーナ、ミーシャが揃っている。
「各国に警告を出す。魔導通信網を使って、獣人連合、シルヴァリア、ドゥルガンの三国に同時発信だ」
リリアーナが即座に頷いた。
「すぐに通信文を用意しますわ。ただ、レイド様——正直に申し上げますと、各国の反応は芳しくないかもしれません」
「分かっている。それでも、やらなければならない」
レイドの声に迷いはなかった。
* * *
通信は一時間に及んだ。
最初に応答があったのはシルヴァリアだった。エルフの外交官は丁寧だが冷淡な声で答えた。
『深淵教団の復活、古代兵器の起動——大変興味深い報告ではあります。しかし、辺境の一都市が大陸規模の脅威を主張するのは、いささか大げさではないでしょうか』
「現にマナ脈に異常が起きている。シルヴァリアでも観測されているはずだ」
『マナの揺らぎは自然現象の範疇です。それを古代兵器と結びつけるのは——失礼ながら、注目を集めるための誇大宣伝と受け取られかねません』
通信が切れた。レイドは小さく息を吐いた。
次に獣人連合。ファングランドの将軍は、より率直だった。
『レイド殿、あんたの実力は万象の盟約で認めている。だがな、こっちは国境紛争と食糧問題で手一杯だ。南部の異変に兵を割く余裕がない。悪いが、今は内政が最優先だ』
「了解した。状況が変われば、改めて連絡する」
『ああ。——武運を祈る』
二つの通信が不調に終わり、会議室に重い沈黙が落ちた。フィーネが唇を噛んでいる。ガルムは壁に背を預け、目を閉じていた。
最後の通信先は、ドゥルガン。
応答には数分かかった。だが返ってきたのは、鍛冶王ドゥルガ本人の声だった。
『——レイド殿か。南部の異変は事実だ。我が領の鉱夫たちが次々と地下から避難している。地鳴りは三日前から始まり、日増しに強くなっておる』
「鍛冶王陛下。これは古代兵器の起動シークエンスである可能性が極めて高い」
『うむ。我らも同じ結論に達しつつあった。——話を聞く用意がある。いや、話だけでなく、力を貸してほしい』
レイドの表情が僅かに和らいだ。技術交易協定で築いた信頼が、こういう瞬間に効いてくる。
「もちろんだ。精鋭を率いて、直接そちらに向かう」
『感謝する。南部山脈のカザン砦で待つ。——急いでくれ、レイド殿。大地の歌は、日に日に大きくなっている』
通信が終わると、フィーネがそっとレイドの隣に立った。
「三国中一国だけ、ですね」
「ああ。でも、ゼロじゃない」
レイドは通信器の電源を落とし、窓の外に視線を向けた。ノヴァ・アルカディアの街並みが夕陽に照らされている。多種族が行き交う通りには、彼が一から設計した魔導灯が柔らかな光を灯し始めていた。
「信じてもらえなくても、やるべきことは変わらない」
フィーネは黙って頷いた。その横顔に、かつて迫害を逃れてこの地に辿り着いた頃の不安はもうなかった。
「レイドさん。私、ここで都市の防衛を守ります。薬草の備蓄も進めておきますから——必ず、帰ってきてくださいね」
「ああ。必ず帰る」
短い言葉だった。だがそこに込められた重みを、二人とも理解していた。
* * *
「さて、戦略を整理しますわ」
リリアーナが卓上に地図を広げた。赤毛を揺らしながら、その目は商人の鋭さを湛えている。
「現状、大陸の反応は三つに分かれました。拒絶のシルヴァリア、保留の獣人連合、そして協力のドゥルガン。この構図を変えるには、実績が必要ですわ」
「実績か」ガルムが低く呟いた。
「ええ。言葉だけでは人は動きません。まずドワーフ領で古代兵器を止める——その事実を突きつければ、他国も無視できなくなりますわ。深淵教団の脅威が絵空事ではないと証明するのです」
リリアーナの指が地図上を滑り、ドゥルガン南部の山脈地帯を示した。
「ドワーフを助けて実績を作り、それを外交カードにして獣人連合を引き込む。シルヴァリアは最後になるでしょうが——エルフは証拠には弱い。動かぬ事実を積み上げれば、必ず折れますわ」
「段階的に信頼を勝ち取る、か」レイドは顎に手を当てた。「いい戦略だ、リリアーナ。採用する」
「ありがとうございます。わたくしはこちらで各国への外交書簡を準備しておきますわ。ドワーフ救援の成果が出次第、すぐに発信できるように」
ガルムが壁から背を離した。巨躯が影を落とす。
「団長、遊撃隊の編成は任せろ。獣人兵を中心に、機動力重視で二十名。地下戦闘に対応できる者を選ぶ」
「頼む。出発は明朝だ。装備の確認と携行食の準備を急いでくれ」
「了解した」
ガルムが退室し、リリアーナも書簡の準備に取りかかった。会議室にはレイドとフィーネ、そしてミーシャだけが残された。
レイドは研究ノートを開き、古代兵器に関する記述を確認し始めた。千年前の記録は断片的だが、起動シークエンスが完了するまでには一定の時間がかかるはずだ。問題は、その時間がどれだけ残されているか——。
「レイドさん」
フィーネの声に顔を上げると、彼女が温かい茶を差し出していた。
「根を詰めすぎないでください。明日に備えて、少しは休まないと」
「……ああ、ありがとう」
カップを受け取る指先が、微かに触れた。フィーネが少しだけ頬を染めて目を逸らす。
その時だった。
「ご主人様」
ミーシャの声が、会議室の空気を変えた。
幼い外見の人工精霊が立ち上がっている。銀髪が魔導灯の光を受けて淡く輝いていた。だが、その虹色の瞳には——レイドがこれまで一度も見たことのない光が宿っていた。
恐怖でも、好奇心でもない。
記憶だ。
「私も行くのです」
声に、いつもの「ですよぅ」という甘えた語尾はなかった。
「あの場所は——」
ミーシャの両手が、微かに震えていた。
「あの場所を、私は知っているのです」
レイドとフィーネは息を呑んだ。ミーシャの記憶は、封印の影響で大部分が欠落している。彼女自身が何者であるのか、なぜ古代遺跡に封じられていたのか——その核心に触れる情報は、これまで一度も浮上してこなかった。
それが今、ドワーフ南部の古代兵器という鍵で、封じられた記憶の扉が軋み始めている。
「ミーシャ、お前——何を思い出した?」
レイドの問いに、ミーシャは小さく首を振った。
「まだ、はっきりとは。でも——あの振動を聞いた時、体が覚えているのです。あの音を。あの場所を。私はあそこに、いたことがある」
普段のふざけた態度は、欠片も残っていなかった。小さな体に宿る千年分の記憶が、凍りついた湖の底から浮かび上がろうとしている。
レイドは研究ノートを閉じ、ミーシャの前に膝をついた。
「分かった。一緒に行こう」
ミーシャの瞳に、光が滲んだ。
明朝、ノヴァ・アルカディアを発つ。
目指すは、ドゥルガン南部——千年の眠りから目覚めようとする災厄の地。
そしてその道程は、ミーシャの失われた記憶への旅路でもあった。




