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七つの脈動

 書庫の奥、古代アルカディア語で記された羊皮紙の束を前に、レイドは眉間に皺を寄せていた。


 手元の研究ノートには、ここ数日で各地から届いた報告が時系列順に書き連ねてある。マナの異常変動。最初は偶発的な現象だと思っていた。だが、古代の記録と照合するうちに、その考えは覆された。


「——七箇所か」


 レイドは羊皮紙に描かれた大陸図を指でなぞった。古代アルカディアの魔術師たちが記録した、大陸を貫くマナの大動脈。その結節点が七つ、等間隔に配置されている。


 偶然ではありえない配置だった。


「ミーシャ、この図に見覚えはあるか?」


「ふぇ? ご主人様、それは——」


 銀髪の人工精霊が机に身を乗り出し、虹色の瞳を見開いた。


「あ、これ、アルカディアの〈根源接続陣〉の設計図なのです! 大陸規模のマナ循環を制御するための——えっと、現代語で言うと——」


「大陸全体を一つの魔法陣として機能させる仕組み、か」


 レイドの言葉に、ミーシャが何度も頷く。


「そうなのです! 七つのマナ脈の結節点を頂点として、大陸そのものが巨大な魔術回路を形成しているのですよぅ」


 背筋に冷たいものが走った。もしこの仮説が正しければ、各地で起きている異常は孤立した事象ではない。大陸規模の何かが動き始めている。


「リリアーナを呼んでくれ。それからガルムも」



 三十分後、執務室には主要メンバーが揃っていた。


 レイドは大陸図を壁に張り出し、七つの結節点に赤い印をつけた。そのうち四箇所には、さらに黒い×印が重ねてある。


「現時点で異常が確認されているのは四箇所だ」


 レイドは指し棒で順に示した。


「ドワーフ王国ドゥルガンの南部。エルフ領シルヴァリアの北端。獣人連合ファングランドの東部。そして——クレスティア王国の中央部」


「王国中央って、王都の近くじゃないですか」


 フィーネが不安げに声を上げた。


「ああ。王都から東に二日ほどの位置だ。だが王国はこの異常に気づいていないか、あるいは意図的に無視している可能性がある」


「残りの三箇所は?」


 ガルムが腕を組んだまま短く問う。


「一つはこの辺境都市の直下。俺たちの足元だ」


 室内に緊張が走った。


「二つ目は大陸東端の無人島。三つ目は南海の古代海底遺跡。この二箇所については、まだ異常の有無を確認できていない」


「つまり、確認済みの四箇所すべてで異常が起きているということは——」


 リリアーナが扇子を口元に当て、鋭い目つきで大陸図を睨んだ。


「残り三箇所でも、同様の異常が発生している可能性が高いですわね」


「その通りだ」


 レイドは頷き、研究ノートを開いた。


「しかも気になることがある。ミーシャの記憶と古代記録を照合した結果、七箇所のマナ脈の中で最も出力が大きいのは——」


「ここ、なのです」


 ミーシャが床を指差した。


「ノヴァ・アルカディアの直下。ご主人様が最初にこの地を選んだのは偶然じゃないのですよぅ。古代アルカディアがここに首都を築いたのも、この結節点が七つの中で最も強力だったからなのです」


 沈黙が落ちた。


 ガルムが最初に口を開いた。


「団長。軍事的な観点から言わせてもらう」


「聞かせてくれ」


「辺境直下のマナ脈が最重要拠点だというなら、防衛を最優先にすべきだ。聖剣旅団を退けたばかりで兵の疲労は残っているが、外周警備の増員と地下遺跡への巡回強化は即日対応できる」


「頼む。加えて、俺は辺境直下のマナ脈に追加の監視結界を張る。万象構築魔術で、マナの流量変化をリアルタイムで検知する仕組みを組み上げる」


「ミーシャも手伝うのです! 古代の監視術式のパターンを知ってるですから、ご主人様の結界と組み合わせれば精度が格段に上がるのです」


「助かる」


 レイドはミーシャの頭を軽く撫でてから、リリアーナに向き直った。


「リリアーナ、各国への警告書を作成してほしい。万象の盟約に基づく正式な情報共有として、マナ脈の異常を通達する」


「承知しましたわ。ドゥルガン、シルヴァリア、ファングランドの三国には、先日整備した魔導通信網を使って即座に——」


 リリアーナはそこで言葉を切り、表情を曇らせた。


「……ただ、一つ問題がありますの」


「ヴァルターか」


 レイドの問いに、リリアーナは静かに頷いた。


「ええ。先週、ファングランドの通商代表から内密に連絡がありましたわ。王国宰相ヴァルターが各国の要人に書簡を送り、こう吹聴しているそうですの——『辺境都市は古代遺跡から発掘した兵器を復活させ、大陸の覇権を狙っている』と」


「……馬鹿げた話だ」


 ガルムが低く唸った。


「だが、効果は出ていますわ」


 リリアーナの声は冷静だったが、その奥に怒りが滲んでいた。


「ドゥルガンの鍛冶ギルド長からの返信も、以前より明らかにそっけなくなっています。シルヴァリアの長老院に至っては、先月の定期報告への返答すら寄越しておりませんの」


「エルフは元々返事が遅いだろう」


 ガルムの素っ気ない指摘に、フィーネが苦笑した。


「それはそうですけど、今回は事情が違いますよ。シルヴァリアの北端でマナ異常が起きているなら、長老院が無反応なのはおかしいです。わざと距離を置いているとしか——」


「つまり、ヴァルターの偽情報が浸透している、と」


 レイドは大陸図を見つめたまま、静かに言った。


 第四章での政治工作。あの時点では単なる妨害に思えたヴァルターの策が、ここに来て最悪の形で効いている。マナ脈の異常という大陸規模の危機に対し、辺境都市が警告を発しても「また古代兵器の話か」と一蹴される可能性が高い。


「それでも、警告は出す」


 レイドは断言した。


「信じてもらえるかどうかは二の次だ。事実を伝えることが先決で、判断は各国に委ねる。リリアーナ、警告書には観測データを可能な限り添付してくれ。数字は嘘をつかない」


「分かりましたわ。ドゥルガンのボルド殿とファングランドのラグナ族長には、個人的な信頼関係がありますもの。公式文書とは別に、私信も添えますわ」


「頼む。フィーネは——」


「薬草園の結界強化と、万が一に備えた医療物資の備蓄ですよね。もう始めてます」


 フィーネが小さく笑った。レイドは思わず目を瞬いた。


「……読まれていたか」


「レイドさんが大陸規模の話を始めたら、次に来るのは『備えろ』ですから」


 ガルムが鼻を鳴らした。珍しく、その口元がわずかに緩んでいる。


「全員、配置につこう。時間が——」


 その時だった。


 執務室の隅に設置された魔導通信器が、けたたましい音を立てて鳴り始めた。赤い光が点滅している。緊急通信の合図だ。


 レイドが素早く通信器に手をかざすと、ノイズ混じりの音声が流れ出した。


『——ノヴァ・アルカディア、応答願う! こちらドゥルガン南部観測所——繰り返す——マナ脈付近で異常現象が——』


 声は若いドワーフのものだった。明らかに動揺している。


『大地が——大地が歌っているんだ! 地鳴りじゃない、規則的な振動が——まるで何かの起動音のように——』


 レイドの顔から血の気が引いた。


 大地が歌っている。


 その表現を、古代アルカディアの記録で読んだことがある。千年前の大戦で使用された最終兵器——大陸を焦土に変えた災厄の前触れとして記録された現象。


「——古代兵器の起動シークエンスだ」


 レイドの声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。


 全員の視線が集まる。通信器からは、なおも地響きのような低音が途切れ途切れに聞こえていた。


 千年の眠りから、何かが目覚めようとしている。

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