表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/125

千年の眠りが覚める場所

 翌朝、夜明けと共にレイドたちは出発した。


 ドルンが先頭に立ち、荒野の中心部へと一行を導いていく。背の低い老矮人の足取りは、岩だらけの大地をものともしない。


「この先じゃ。わしの記憶が正しければ、もうすぐ——」


 ドルンが足を止めた。


 眼前に、大地を引き裂いたような巨大な地割れが横たわっていた。幅はおよそ二十メートル。底は闇に沈んで見えない。しかし、その闇の奥から吹き上がってくる風には、肌を刺すほどの魔力が含まれていた。


「これは……」


 レイドは地割れの縁に片膝をつき、目を閉じた。


 マナ感知。大気中の魔力の流れを読み取る、魔術師の基本技能だ。


 ——濃い。


 地上で感じていたマナの、百倍ではきかない。これほどの密度は、王都の魔術研究院の最深部でも経験したことがない。


「間違いない。古代魔導文明アルカディアの遺跡だ」


 レイドの声が震えていた。恐怖ではなく、歓喜で。


「団長、顔が怖いぞ」


 ガルムが腕を組んで呆れた顔をした。虎族の傭兵は、主の研究者としての顔をすでに何度も目にしている。


「すまない。だが、この規模の遺跡が手つかずで残っているとなると——」


「レイドさん、まずは降りる方法を考えましょう?」


 フィーネが苦笑しながら地割れの底を覗き込んだ。金髪が風に揺れ、長い耳が僅かに露出する。


「ああ、そうだな」


 レイドは研究ノートをしまい、右手を地割れの壁面にかざした。


 万象構築魔術——物質の構造を理解し、再構成する力。岩盤の組成を読み取り、壁面から階段を一段ずつ削り出していく。まるで岩が自ら形を変えるように、滑らかな段差が闇の底へと伸びていった。


「こういうときだけは便利な魔術だと素直に思うのじゃ」


 ドルンが感心したように鼻を鳴らした。


「俺たちで行く。ドルン、リリアーナとミラたちを頼む」


「任されたのじゃ。じゃが気をつけろ、千年前の遺跡には何が潜んでおるか分からん」


 レイド、ガルム、フィーネの三人が、構築された階段を慎重に降りていく。ガルムが先頭、フィーネが中間、レイドが殿を務めた。


 降りるにつれ、空気が変わった。


 乾いた荒野の風が消え、しっとりとした、だが不思議と息苦しくない空気に包まれる。マナが肌に染み込むような感覚がある。


「この濃度はすごいですね。呼吸するだけで魔力が回復しそう」


 フィーネが目を丸くした。薬師としてマナに敏感な彼女には、この環境の異常さがよく分かるのだろう。


「ああ。これだけのマナがあれば、大規模な魔導インフラの構築も——いや、それどころかマナを動力源にした——」


「団長。独り言は後にしろ」


 ガルムの低い声で、レイドは我に返った。


 階段の終点に辿り着く。


 三人は息を呑んだ。


 地下空間は、想像を遥かに超えて広大だった。天井は見上げても霞むほど高く、崩壊しかけた建造物群が整然とした区画を形成している。かつてここに一つの都市があった。その痕跡が、千年の沈黙の中にはっきりと残っていた。


 朽ちた魔法陣が通路のあちこちに刻まれ、その大半は機能を失っている。しかし壁面や天井に埋め込まれた魔導結晶は、今なお淡い光を放ち続けていた。青白い燐光が地下都市を照らし、幻想的な景観を作り出している。


「千年経ってまだ光っているのか。魔導結晶のマナ循環効率が尋常じゃない」


 レイドは足を止め、壁面の魔法陣に顔を近づけた。研究ノートを取り出し、猛烈な速度でスケッチを始める。


「この回路構成……」


 手が止まった。


 魔法陣の基礎理論——魔力を現象として記述し、再構成するロジック。それは、レイドが独自に体系化したはずの万象構築魔術と、根本的に同じ原理で動いていた。


「まさか。俺の魔術の基礎理論が、ここにあるのか」


 鳥肌が立った。万象構築魔術のルーツが、千年前のアルカディアにある。王宮で「分類不能の半端な魔術」と蔑まれた力は、実は古代魔導文明の正統な継承だったのだ。


「レイドさん、レイドさん」


 フィーネが袖を引いた。その声には、驚きと興奮が入り混じっていた。


「周りを見てください。ここ、植物が——」


 指差す先を見て、レイドは言葉を失った。


 地下空間の壁面と床を、青白く発光する苔が覆い尽くしていた。そればかりではない。見たこともない蔓植物が柱に絡みつき、透明な花弁を持つ花が静かに揺れている。光源もないはずの地下で、一つの生態系がひっそりと息づいていた。


「マナを糧にして生きているんです。この苔——触れてみると分かります」


 フィーネが膝をつき、発光する苔にそっと手を触れた。薬師の魔力感知が、植物の特性を読み取る。


「すごい。この苔、周囲のマナを吸収して——浄化している。不純物を取り除いて、純粋なマナに変換してるんです」


「マナの浄化だと?」


 レイドの目が光った。地上の荒野に漂う瘴気。あれもマナの汚染が原因だとすれば、この苔を応用できるかもしれない。


「フィーネ、サンプルを採取できるか」


「もうやってます」


 フィーネは手際よく苔と周辺の土壌を採取容器に収めていた。レイドが頼む前に動いている。薬師の本能だろう。振り返った彼女の表情は、初めて見るほど生き生きとしていた。


「団長。こっちを見ろ」


 ガルムが低い声で呼んだ。


 傭兵が立っていたのは、幅広い通路の分岐点だった。三方向に道が分かれているが、そのうち一つは様子が違う。明らかに人為的に——いや、魔術的に封鎖されている。壁面と同じ素材で通路が完全に塞がれ、封印を示す魔法陣が刻まれていた。


「他の崩壊は自然なものだ。だがこれは違う。誰かが意図的にやっている」


 ガルムの戦士としての勘が、異常を嗅ぎ取っていた。


「古代人が何かを封じ込めたのか。危険な遺物か、あるいは——」


 レイドは封印の魔法陣を調べたい衝動を抑え、残りの二つの通路を先に探索することにした。焦りは禁物だ。千年前の封印を不用意に解けば何が起きるか分からない。


 一行は右の通路を選び、さらに遺跡の奥へと進んだ。


 建造物の規模は奥に行くほど大きくなる。居住区から官庁区、そして明らかに重要施設だったと思われる区画へ。レイドは片端から魔法陣を記録し、フィーネは地下植物を採取し、ガルムは黙々と周囲を警戒した。それぞれが、それぞれの専門で遺跡に向き合っている。


 やがて通路が一つの大扉の前で行き止まりになった。


 高さ五メートルはあろうかという石造りの扉。表面には精緻な魔法陣が刻まれているが、その半分以上が損壊している。それでもなお、扉全体が微かなエネルギーを脈動させていた。生きている。千年の時を経て、まだ機能を維持している。


「団長。何か聞こえないか」


 ガルムの耳が動いた。獣人の聴覚は人間の比ではない。


 三人が息を止めた。


 風もない地下空間に、それは確かに響いていた。


 扉の向こうから。


 かすかな——しかしはっきりとした声が。


「……誰か、いるのですか?」


 幼い声だった。


 レイドとフィーネが顔を見合わせた。ガルムの手が、腰の大剣の柄に触れる。


 千年の封印の向こうに、誰かがいる。


 それが何を意味するのか、この時のレイドにはまだ分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ