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封鎖の荒野、地下の扉

 翌朝——ミーシャの不穏な言葉の余韻が消えぬうちに、新たな急報がアルカディア・ノヴァを揺るがした。


「団長、斥候が戻った。三方の街道すべてに兵が展開している」


 ガルムの低い声が執務室に響く。革張りの大地図の上に、三つの赤い駒が置かれた。北、東、南——いずれも近隣領主の領境だ。


「各街道に五十から百。私兵だが、装備は正規軍並みだ。商隊も完全に止められている」


 レイドは椅子の背に体を預け、地図を見下ろした。予想していた事態ではある。だが三領主が同時に動くとは——背後にヴァルターの手が透けて見えた。


「リリアーナ、分析を頼む」


「すでにまとめてありますわ」


 リリアーナが書類を広げ、三領主の名を指で示す。


「まずランベール伯。この方は純粋にヴァルター宰相への忠誠心で動いていますの。王都の保守派筆頭で、辺境の多種族都市を『秩序への脅威』と本気で信じている類ですわ」


「厄介だな。信念で動く相手は金で転ばない」


「次にドルフ子爵。こちらは単純ですの——王都の高利貸しに首まで浸かっておりまして、ヴァルターが借金の帳消しを条件に取り込んだと見て間違いありませんわ」


 ガルムが鼻を鳴らした。


「金で飼われた犬か。一番信用ならん」


「最後がヘルムート辺境伯ですわ」


 リリアーナの声が、わずかに鋭さを帯びた。


「この方だけ、報酬の性質が異なりますの。ヴァルターは辺境の領地を分割し、その統治権を与えると約束したようですわ」


 室内に沈黙が落ちた。


「つまりヴァルターは、俺たちの土地をすでに切り分ける算段をしているわけだ」


「ご明察ですわ。封鎖は序章に過ぎません。三領主が我々を締め上げている間に、王都では辺境の再編計画が進んでいると見るべきでしょう」


 フィーネが眉を寄せた。


「でも、ブランフェルトは正式にレイドさんに下賜された土地ですよ。それを勝手に分割するなんて——」


「法的にはその通りです。ですが宰相が王の裁可を得れば、覆すのは容易ですわ。特に辺境が『統治能力を喪失した』と見なされれば」


 封鎖による物資不足。住民の不満。治安の悪化。そうした既成事実を積み上げられれば、介入の口実は容易く作れる。


 レイドは立ち上がった。


「住民を広場に集めてくれ」



  ◇



 昼前、アルカディア・ノヴァの中央広場は人で埋め尽くされていた。


 人間、獣人、エルフ、ドワーフ。種族も年齢もばらばらの顔が、不安げにレイドを見上げる。街道封鎖の噂はすでに広まっていた。


「皆に伝えなければならないことがある」


 レイドは声を張った。魔術で拡声するまでもなく、広場は静まり返った。


「近隣三領主が交易を断絶し、街道を封鎖した。これは事実だ」


 ざわめきが走る。だがレイドは手を上げて制した。


「思い出してほしい。この都市は何もない荒野から始まった。水もなく、畑もなく、道すらなかった場所だ」


 古参の住民たちが頷く。あの過酷な日々を覚えている者は少なくない。


「外からの道が閉ざされるなら——我々自身が、新たな道を作る」


 レイドの目が、力強く群衆を見渡した。


「ドワーフ王国ドゥルガンとの地下交易路を緊急拡張する。陸路が駄目なら、地の底を通せばいい。幸い、この街の地下には古代アルカディアのトンネル網が眠っている。それを活かす」


 歓声ではなかった。だが確かな安堵のため息が、広場を満たした。


「ドゥルガンとの協定はすでに結んでいる。向こうの鉱物資源と、こちらの魔導製品。補給線さえ確保すれば、封鎖など恐れるに足りない」


 ガルムが腕を組み、低く唸った。


「街道の監視は俺が引き受ける。挑発には乗らんが、領境を超えてくる奴がいれば話は別だ」


「わたくしは各国の商人ルートを再編成いたしますわ。地下交易路が開通次第、迂回経路で物流を再開させます」


 リリアーナがすでに羊皮紙に数字を書き込んでいた。計算の速さは相変わらずだ。


「食料と薬草の備蓄は私が確認しますね。当面の分は十分ありますから、焦らなくて大丈夫ですよ」


 フィーネの穏やかな声に、住民たちの表情がほぐれた。


 指導部が揺るがない。その事実こそが、何よりの安心材料だった。



  ◇



 その日の午後、レイドは地下遺跡の第七層に降りていた。


 万象構築魔術の光が、岩壁を青白く照らす。既存のトンネルを起点に、ドゥルガン方面へ新たな坑道を掘削する——その下見だった。


「ここから西へ十二キロ掘れば、ドゥルガンの東門外郭に接続できるはずだ」


 研究ノートを広げ、地質構造の計算を走らせる。万象構築魔術なら岩盤の硬度を解析しつつ最適な掘進ルートを算出できる。通常の土木工事で数ヶ月かかる工程も、数日に短縮する自信があった。


「ご主人様、ここの地層は安定しているのです。古代の地脈補強がまだ生きてますよぅ」


 ミーシャが壁に手を当てて診断する。虹色の瞳がかすかに明滅していた。


「ありがたいな。アルカディア文明の遺産に助けられっぱなしだ」


「えへへ、ミーシャのご先祖様たちは優秀だったのです」


 レイドは魔術式を展開した。岩壁に触れ、構成元素を読み取り、最適な分解・再構成パターンを組み上げる。青白い魔法陣が壁面に浮かび上がると、岩がまるで粘土のように形を変えてゆく。


 掘削は順調だった。


 三十分ほどで百メートルを掘り進めた頃——ミーシャの足が止まった。


「ご主人様、待ってください」


「どうした?」


「この先……変なのです。ミーシャの知らない魔力パターンがあるのです」


 レイドは掘削を中断し、壁の向こう側を魔術式でスキャンした。


 岩盤の奥に空洞がある。自然にできたものではない。明らかに人工的な——巨大な空間だ。


「これは……」


 慎重に壁を削ると、その向こうに現れたのは磨き上げられた黒曜石の扉だった。


 高さ五メートル。幅三メートル。表面には見たこともない古代文字が螺旋状に刻まれている。


 レイドは息を呑んだ。


 扉の中央に、ひときわ大きな文字列が浮かぶ。古代アルカディア語——ミーシャに教わった知識で辛うじて読めた。


「『叡智の継承者のみ入るべし』……」


「ご主人様、この扉、ミーシャも知らないのです。ミーシャが封印されていた遺跡よりもっと深い層の……もっと古い時代のものですよぅ」


 ミーシャの声が震えていた。好奇心と畏怖が入り混じった表情だ。


 昨夜、彼女が言った言葉が蘇る。『地下から呼んでます。あの方が——目覚めかけているのです』。あの言葉は、この扉の先にあるものを指していたのか。


 レイドは扉に近づき、刻まれた文字列を指でなぞろうとした。


 その瞬間——右手に刻んだ万象構築魔術の基盤式が、勝手に起動した。


「なっ——」


 制御していない。意図していない。なのに魔力が奔流のように溢れ出し、扉の文字列と共鳴を始めた。


 黒曜石の表面を、淡い金色の光が走る。


 螺旋状の古代文字が一つずつ灯ってゆく。まるで千年の眠りから覚めるように。


「ご主人様っ、魔術が——!」


「わかってる……だが、止められない」


 光は扉全体に広がり、地下空間を黄金色に染め上げた。


 レイドの全身を、温かな振動が包む。


 そして——扉の奥から、何かが応えた。


 言葉ではない。意味を持たない純粋な波動。だがレイドの魔術師としての直感が、その震えをたった一語に翻訳した。


 ——待っていた、と。

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