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黄金の結界

 レイドの声が魔導通信器から響いた瞬間、フィーネの心臓が跳ねた。


 六つ目の制御端末——最後の一基が接続された。


 それが意味するところを、この場にいる誰もが理解していた。


「全員、伏せろ!」


 ガルムの怒声が前線に轟く。歴戦の傭兵の勘が、何かが起きると告げていた。


 直後——大地が震えた。


 足元から伝わる振動は、魔獣の進軍とは質が違う。もっと深く、もっと根源的な力の胎動。大陸そのものが目覚めるかのような、圧倒的なマナの奔流。


 地中深くの制御室で、レイドは両手をコア・クリスタルに押し当てていた。


 巨大な水晶柱が脈動する。千年の眠りから覚めた古代の心臓が、淡い金色の光を放ち始めた。六つの制御端末を経由して、都市全域に張り巡らされた魔導回路に魔力が流れ込んでいく。


「接続率、七十……八十……九十二パーセントなのです!」


 ミーシャが虹色の瞳を輝かせながら、空中に浮かぶ古代文字の羅列を読み上げる。


「ご主人様、あと少しですよぅ! でも、魔力の消耗が——」


「わかってる」


 レイドの額から汗が滴る。体内の魔力を残らず注ぎ込んでいた。万象構築魔術で記述した接続式が、コア・クリスタルの制御言語と融合していく。古代アルカディアの技術と、現代の魔術師の知恵。千年の時を超えた邂逅。


 ——九十八、九十九。


「——起動」


 レイドが一言告げた。


 そして、世界が変わった。


 アルカディア・ノヴァの地面に亀裂が走る。だがそれは崩壊ではない。大地に刻まれた巨大な魔法陣が、千年ぶりに光を取り戻したのだ。


 都市の中心から放射状に広がる紋様。直径六キロメートルに及ぶ円形の魔法陣が、黄金の光を放ちながら地表に浮かび上がった。


「なんだ、あれは……」


 前線の兵士が空を見上げる。


 光の柱が天を衝いた。


 都市を中心に、半径三キロメートルの半球状の結界が展開される。淡い金色の膜が空を覆い、星空を琥珀色に染め上げた。


 フィーネは息を呑んだ。


 美しかった。あまりにも美しかった。千年前の魔導文明が生み出した防壁は、暴力的なまでの力を秘めながら、夜空に咲く巨大な花のように見えた。


「これが……古代アルカディアの防衛機構」


 呟いた声は、風に溶けて消えた。


 結界が魔獣を検知した。


 反応は一瞬だった。金色の光の膜から、無数の光の槍が生成される。それぞれが正確に一体の魔獣を捉え、容赦なく貫いた。


 最初の一撃で、前線を押していた大型魔獣が三体同時に消滅した。肉体が光に分解され、マナの粒子となって散っていく。


「浄化……してる」


 フィーネが目を見開いた。薬師として魔獣を研究してきた彼女には、それが単なる攻撃ではないことがわかった。魔獣を構成する汚染されたマナを、光の力で清浄なマナに還元しているのだ。


 ガルムは腕を組んだまま、その光景を見つめていた。


 光の槍は止まらない。結界内に侵入した魔獣を、一体残らず補足し、一体残らず貫く。射出から着弾まで、わずか零コンマ数秒。回避など不可能だった。


「化け物だな」


 ガルムが呟く。それが魔獣と結界のどちらを指しているのか、本人にもわからなかった。


 南から押し寄せた第二波の魔獣群が、結界に触れた瞬間から次々と光に貫かれていく。強化された大型種も例外ではない。古代の迎撃術式は、現代の魔獣の強化処理程度では揺るがなかった。


 住民たちが避難所から顔を覗かせる。


 子供が金色の空を指差した。


「きれい……」


 その一言が、誰かの涙を誘った。泣き声が広がる。だがそれは恐怖の涙ではなく、安堵の涙だった。


 前線では、疲弊しきった兵士たちが呆然と武器を下ろしていた。つい数分前まで命懸けで戦っていた相手が、金色の光に次々と消されていく。信じられない光景だった。


「団長の……やつがやりやがったのか」


 ガルムの口元が、わずかに緩んだ。


 だが、制御室のレイドに余裕はなかった。


 結界の維持と制御には、莫大な精神力を要した。六つの端末からフィードバックされる情報が脳内に洪水のように流れ込み、一つ一つの迎撃判断にレイドの意識が介在していた。


 椅子に座ったまま、目を閉じている。だが、その表情は苦悶に歪んでいた。


「ご主人様、東側の端末に負荷が偏っているのです。ミーシャが均等化するので、そっちは気にしないでくださいですよぅ」


 ミーシャが制御室の中を飛び回りながら、結界の微調整を担当していた。古代アルカディアの言語を読み解き、リアルタイムで魔力配分を最適化していく。人工精霊として千年の知識を持つ彼女だからこそ可能な芸当だった。


「助かる……ミーシャ」


 レイドの声がかすれている。意識を結界に同調させたまま、身体は一ミリも動かせない。


「動いちゃダメなのです。今ご主人様が意識を外したら、結界が暴走するのですよぅ。少なくとも、あと……二十分。全ての脅威が排除されるまで」


「ああ——わかってる」


 歯を食いしばる。体内の魔力はとうに底をつき、今は生命力そのものを削って結界を維持していた。万象構築魔術で最適化した制御式がなければ、数分で意識を失っていただろう。


 それでも。


 この街を、仲間を、守ると決めた。


 制御室の外では、戦況が刻一刻と変わっていった。


 十分経過——魔獣の群れの先頭集団が壊滅。


 二十分経過——残存個体が動揺し、統率を失い始める。


 三十分経過——生き残った魔獣たちが反転し、荒野の奥地へと敗走を開始した。


 結界の金色の光が、少しずつ穏やかになっていく。


「——終わった、のですよぅ」


 ミーシャが制御端末のモニターを確認し、小さく息をついた。


「結界圏内の敵性反応、ゼロなのです」


 レイドの肩から力が抜けた。意識を結界から引き剥がすと、視界が激しく明滅した。全身が鉛のように重い。


「レイドさん!」


 通信器越しにフィーネの声が飛び込んでくる。


「終わりましたか? 結界が……あの金色の光が魔獣を全部——」


「ああ……終わった。みんな、無事か」


「はい! 負傷者は多いですけど、死者はゼロです。ゼロですよ、レイドさん!」


 フィーネの声が震えていた。泣き笑いの声だった。


 ガルムの低い声が割り込む。


「団長。見事だった」


 それだけだった。だが、その短い言葉に、万感が込められていた。


 レイドは制御室の椅子にもたれかかり、天井を見上げた。古代アルカディアの壁画が、金色の残光に照らされてぼんやりと浮かんでいる。


「俺一人の力じゃない。ミーシャの解読がなければ、端末の設置を手伝ってくれた全員がいなければ、この結界は動かなかった」


「ご主人様はいつもそう言うのです」


 ミーシャが頬を膨らませた。


「でも、コア・クリスタルが『万象の継承者』と認めたのはご主人様だけですよぅ。もっと胸を張っていいのです」


 レイドは苦笑した。立ち上がろうとして、膝が折れる。ミーシャが慌てて支えた。


「だから動いちゃダメだって言ったのですよぅ!」


「悪い……少し休めば——」


 その時だった。


 通信器が、別の周波数で鳴った。


 リリアーナの声。いつもの余裕ある口調ではない。緊迫した、鋭い声。


「レイド様、聞こえますか。——緊急ですわ」


「リリアーナ? どうした」


「灰色の手の最後の工作員を捕えましたの。そして、その者が自白した内容が——」


 一拍の沈黙。


 リリアーナの声が、氷のように冷たくなった。


「王国の正規軍二千が、東の国境線に集結しています。ヴァルターの計画は二段構えだったのですわ。魔獣で都市を疲弊させた後、正規軍で一気に制圧する——それが最初からの狙い」


 制御室の空気が凍りついた。


 魔獣の脅威は去った。だが、レイドの魔力は枯渇し、兵士たちは疲弊しきっている。


 そこへ、二千の正規軍。


 レイドは椅子の肘掛けを握りしめた。


「……ヴァルター」


 その名を呟く声は、静かだった。だが、深緑の瞳の奥に、冷徹な光が宿っていた。

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