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万象の声、繋がる都市

 リリアーナが交易路の開拓に出発してから三日が経っていた。


 その間、レイドは地下工房に籠もり続けていた。


 作業台の上には、親指ほどの大きさに研磨された魔石が無数に並んでいる。


「——つまり共鳴周波数を個体ごとに微調整すれば、干渉なく同時通信が可能になる。問題は中継点の減衰率だが……いや、増幅炉をハブにすれば理論上は——」


「ご主人様、独り言が三十分続いてるのです」


 ミーシャが作業台の端に腰掛け、足をぶらぶらさせながら言った。虹色の瞳がレイドの手元を覗き込んでいる。


「すまん、癖だ」


「癖じゃなくて病気なのです」


「否定できないな」


 レイドは苦笑して、手元の魔石を光にかざした。淡い青色の輝きが指の間から漏れる。


 古代アルカディア文明の通信技術。遺跡から発掘した文献にその痕跡があった。当時は都市間を結ぶ大規模な通信網が存在し、大陸全土で即時の情報伝達が行われていたという。


 レイドが目指しているのは、その縮小版だ。


「ミーシャ、アルカディアの通信プロトコルについてもう一度確認したい。魔力波の搬送方式は?」


「位相変調方式なのです。マナの波動に情報を乗せて、受信側で復調するのですよぅ」


 ミーシャは銀髪を揺らしながら、空中に古代文字の図式を描いてみせた。光の線が複雑な魔術式を形作る。


「ただし、当時の暗号化は古代アルカディア式の符牒体系を使っていたのです。同じ技術体系を知っている人がいたら、理論上は傍受できるのですよぅ」


「……今の時代にアルカディアの技術体系を理解できる人間がいるか?」


「ミーシャ以外には、たぶんいないのです。たぶん」


 その「たぶん」が少し引っかかったが、レイドはひとまず設計を優先した。


 万象構築魔術で魔石の内部構造を精密に記述していく。共鳴回路、増幅機構、音声変換の術式。一つひとつの工程は単純だが、それらを親指大の魔石に収めるのが至難だった。


「よし、試作品ができた」


 レイドが二つの通信石を掲げた。片方を耳に当て、もう片方をミーシャに渡す。


「反対側の壁まで行って、何か喋ってくれ」


 ミーシャが工房の奥まで小走りに駆けていく。十数メートルの距離。


『——聞こえますかぁ、ご主人様! ミーシャの美声が届いてますかぁ!』


 手のひらの魔石から、わずかに歪んだミーシャの声が響いた。


「聞こえる。だが音質が悪いな。増幅率を調整する」


 二時間後。改良を重ねた通信石は、工房内での通話なら問題ないレベルに仕上がった。だが本番は屋外だ。建物を隔て、距離が離れた状態での試験が必要だった。


 翌朝、レイドは広場に住民を集めた。


 百名を超える多種族の住民たちが、興味深そうにレイドの手元を見つめている。


「今日から、皆に一つずつこれを配る」


 レイドが掲げた小さな青い石に、ざわめきが走った。


「通信石だ。これを使えば、都市のどこにいても互いに連絡が取れるようになる」


「魔道具か? 俺たちに使えるのか?」


 獣人の男が不安げに声を上げた。


「魔力がなくても使える設計にした。石を握って名前を呼べばいい。それだけだ」


 レイドが一つずつ住民に手渡していく。名前を登録し、個別の共鳴周波数を設定する作業をミーシャが手伝った。


 配布の列に、一人だけ並ばない男がいることにガルムは気づいていた。


 フードを目深に被った寡黙な男。先日の入植者の中にいた人物だ。壁際に背を預け、腕を組んだまま配布の様子を眺めている。


「おい、あんたも受け取らないのか」


 ガルムが声をかけると、男は首を横に振った。


「必要ない。一人で事足りる」


「……そうか」


 ガルムは虎の瞳を細めたが、それ以上は追わなかった。ただ、その男の立ち位置を記憶に留めた。


 配布が完了し、いよいよテスト通信の時間が来た。


 フィーネは広場から離れた診療所にいた。昨日レイドから「最初の通信相手になってほしい」と頼まれていたのだ。


 手のひらの中で、青い石が淡く脈動している。


「えっと、握って名前を呼べばいいって言ってましたよね……」


 少し緊張した面持ちで、フィーネは通信石を両手で包み込んだ。


「レイドさん」


 一瞬の沈黙。


 そして——。


『聞こえるか、フィーネ』


「あっ……聞こえます! 聞こえますよ、レイドさん!」


 フィーネの声が弾んだ。広場側でも通信石を耳に当てていたレイドが頷く。


 住民たちの間から歓声が上がった。


「すげえ! 声が聞こえるぞ!」


「こんなの見たことない!」


「おい、俺のも試させてくれ!」


 次々と住民同士が通信石を握り、互いの名前を呼び合う。広場のあちこちで驚きと笑いが溢れた。


 子供たちが走り回りながら通信石で叫び、ガルムの娘が父親に「おとうさん、きこえるー?」と呼びかける。普段は無愛想なガルムの口元が、わずかにほころんだ。


「聞こえてる」


 短い返事。だが、その声は明らかに柔らかかった。


 その日の夕方、リリアーナが帰還した。


 東の遊牧民族グラスハルト族との穀物取引。三日間の交渉を経て、見事に契約を成立させていた。


「季節ごとに乾燥肉と皮革を提供していただく代わりに、こちらは魔導農法で育てた穀物と薬草を——あら」


 報告の途中で、リリアーナの目が通信石に留まった。レイドが手短に説明すると、彼女の赤毛が揺れた。


「これ、交易にも使えますわよね?」


 瞳に商人の光が宿る。


「中継塔を交易拠点に置けば、リアルタイムで価格交渉ができますわ。在庫の確認も即座に。往復の伝令を待つ必要がなくなる——これだけで取引の効率が三倍にはなりますの」


「三倍か。大きく出たな」


「控えめに申し上げましたわ。実際はそれ以上ですの」


 リリアーナは手帳を取り出し、猛然と計算を始めた。レイドは通信網の拡張計画を即座に承認した。


 一方で、ガルムは別の可能性を見ていた。


「団長。この通信網、防衛にも使える」


「どう使う?」


「結界に異常が出た場合、即座に全員に警報を飛ばせる。今は見張りが走って伝令するしかないが、通信石があれば数秒で全住民に通知できるだろう」


「警報システムか。いいな、組み込もう」


 ガルムは小さく頷いた。


「明日から哨戒班の配置も見直す。通信石を持たせれば、少ない人数で広い範囲をカバーできる」


 都市としての骨格が、目に見える形で整い始めていた。通信、交易、防衛。それぞれの専門家が、一つの技術を三方向に広げていく。レイドは広場のベンチに腰を下ろし、行き交う住民たちを眺めた。


 通信石で会話しながら笑い合う獣人と人間の子供たち。


 薬草の在庫を診療所と倉庫間で確認し合うフィーネと助手。


 見張り台の配置を通信石で打ち合わせるガルムの部下たち。


「……いい街になる」


 独り言は、誰にも聞こえなかった。


 夜半。


 レイドが工房で中継塔の設計に没頭していると、ミーシャが突然動きを止めた。


「ご主人様」


 いつもの幼い声色ではなかった。低く、硬い声だった。


「どうした」


「通信網に、外部からの微弱な接触波を検知したのです」


 レイドの手が止まる。


「外部? こちらの通信石以外から、ということか」


「はい。誰かがこの辺境のマナ反応を——遠隔で観測しているのです」


 ミーシャの虹色の瞳が、暗い工房の中で不穏に揺れた。


「しかも、この観測波の符牒パターン……古代アルカディア式に、とても近いのですよぅ」


 レイドは通信石を握りしめた。


 荒野の夜風が、工房の窓を叩いていた。

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