古代の心臓
翌朝、レイドたちは遺跡の深層部へと降りていた。
ミーシャが先導し、ガルムが殿を務める。三人の足音が石造りの回廊に反響した。
松明は必要ない。壁面に埋め込まれた古代の燐光石が、侵入者を感知したかのように淡い光を灯していく。
「この通路、昨日までは封印されていたはずだが」
レイドは壁面の紋様を指でなぞった。刻まれた魔術式は、彼の知る現代のものとはまるで異なる体系だった。
「炉の鳴動に呼応して、封印が自動解除されたのです。古代アルカディアの遺跡群は、中枢炉と連動する設計なのですよぅ」
ミーシャが虹色の瞳を輝かせながら説明する。
「つまり、昨夜の振動がトリガーだったわけか」
「ご名答なのです。ただし——」
ミーシャの声が急に低くなった。
「連動して起動するのは、照明だけではないのです」
その言葉が終わるより早く、ガルムが腰の大剣を抜いた。
「来るぞ」
回廊の奥から、重い足音が響いてくる。
暗闇の中から姿を現したのは、三体の石造巨人だった。高さは二メートルを超え、胸部に刻まれた魔術紋が赤く脈動している。
「防衛ゴーレムなのです! アルカディア正規軍の——」
「説明は後だ。動くぞ、団長」
ガルムが地を蹴った。虎族の脚力が爆発的な加速を生み、先頭のゴーレムに大剣を叩きつける。
硬い。
石の表面に火花が散ったが、傷は浅い。ゴーレムの拳がガルムを薙ぎ払おうと振り下ろされる。
「ガルム、左!」
レイドの警告と同時に、ガルムの巨体が猫のような俊敏さで横に跳んだ。拳が床を砕き、石片が飛散する。
「硬えな。普通に斬っても埒が明かん」
「関節部の魔術紋を狙え。あそこが動力の接続点だ」
レイドは万象構築魔術を展開した。ゴーレムの構造を瞬時に解析し、弱点を見抜く。攻撃力はないが、この解析能力こそが彼の真骨頂だった。
二体目のゴーレムがレイドに向かって突進してくる。
「——構造式、書き換え」
レイドが指先で虚空に魔術式を描く。ゴーレムの右膝関節に干渉し、魔力の流れを遮断した。巨体がバランスを崩し、片膝をつく。
その隙にガルムが三体目の関節を正確に斬り裂いた。だが一体目が既に体勢を立て直している。
「ミーシャ、認証コードはどうなった!」
「い、今やってるのです! 千年前のプロトコルなので互換性の確認に——えっと——」
ミーシャが両手を掲げ、古代語を唱え始めた。
リズミカルな、しかし現代語には存在しない音節の連なり。
空気が震えた。
三体のゴーレムが同時に動きを止める。胸部の赤い光が青に変わり、戦闘態勢を解除したように両腕を垂らした。
「はぁ……間に合ったのです」
ミーシャが額の汗を拭う仕草をした。精霊に汗腺はないはずだが。
「よくやった」
レイドはミーシャの頭を軽く撫でた。
「ご、ご主人様に褒められたのです……」
「先に進むぞ。油断はするな」
ガルムが大剣を収めずに前方を睨んだ。
◇
最深部への扉は、ゴーレムたちが守っていた回廊の先にあった。
巨大な二枚扉。表面には幾何学的な紋様が隙間なく刻まれている。ミーシャが触れると、紋様が連鎖的に発光し、扉がゆっくりと開いた。
その先に広がっていた光景に、レイドは息を呑んだ。
ドーム状の巨大空間。直径はおそらく五十メートル以上。
そして中央に聳え立つのは——天井まで届く巨大な水晶柱だった。
高さ十五メートルはある。透明な柱の内部で、かすかな光の粒子が渦を巻いている。
その周囲を取り囲むように、七つの小さな台座が等間隔に配置されていた。うち四つは台座の上の装置が砕けており、残る三つだけが微弱な光を放っている。
「これが……魔力増幅炉」
レイドの声が自然と小さくなった。
「正式名称は『アルカディア中枢魔力炉』。大地の深層マナを吸い上げ、増幅・制御して地上に還元する装置なのです」
ミーシャが水晶柱に近づき、その表面を見上げた。
「あの七つの台座が『七つの柱』と呼ばれる補助装置。完全稼働には全基の修復が必要ですが、今は三基しか生きていないのです」
「三割の出力か」
「それでも——この集落を丸ごと賄って余りある出力なのですよぅ」
レイドは水晶柱の前に立った。表面に刻まれた古代文字が、彼の魔力に反応するように明滅している。
その一節に、目が止まった。
——継承者への警告。力は滅びをも招く。
千年前の誰かが遺した言葉。レイドはそれを心に刻みつつ、両手を水晶柱に触れた。
「起動条件は?」
「万象構築魔術の使い手による魔力注入。つまり——ご主人様にしかできないのです」
偶然か、必然か。
「やるぞ」
レイドが魔力を注ぎ込む。
指先から水晶柱へ、銀色の光が流れ込んでいく。柱の内部で光の粒子が加速し、渦が巨大になり、やがて——
轟音。
水晶柱が眩い光を放った。ドーム全体が白く染まり、七つの台座のうち三つが呼応して光の柱を立ち上げる。
光が収まったとき、空間全体が変わっていた。
空気が違う。マナの密度が、肌で感じられるほど濃くなっている。
「成功……したのか」
「はい。三割出力での安定稼働を確認なのです」
ミーシャが感涙混じりに頷いた。
「この炉があれば、ご主人様の万象構築魔術は都市規模のインフラを維持できるのです。水道も、結界も、通信網も。全部」
レイドは深く息を吸い込んだ。マナを含んだ空気が、全身の魔力回路に染み渡るような感覚。
「第八話で見つけた大地のマナ湧出源——あれもこの炉と繋がっていたのか」
「そうなのです。マナ湧出源は炉の排出弁のようなもの。炉が眠っている間も、少しずつマナが漏れ出していたのですよぅ」
あの日感じたマナの脈動。すべては、この炉に通じていた。
「団長」
ガルムが低い声で呼んだ。
「どうした」
「……いや」
ガルムは眉根を寄せていた。虎族の聴覚は人間の数倍の精度を誇る。
「炉が動いた瞬間、もっと下——この空間よりさらに深い場所から、何か振動があった」
「振動?」
「地鳴りとは違う。何かが……動いたような」
レイドとミーシャが顔を見合わせた。
「遺跡の深層には未探索領域がまだあるのです。炉の起動に反応した可能性は——」
「今は気にしても仕方がない。まず地上の確認が先だ」
レイドの判断は素早かった。未知の脅威があるとしても、炉の起動がもたらす恩恵は計り知れない。
◇
地上に戻ると、集落は歓喜に包まれていた。
「レイドさん! 見てください、これ!」
フィーネが薬草園から駆けてきた。その目は大きく見開かれている。
「薬草が——朝植えた苗が、もう花をつけてるんです!」
「マナ濃度の上昇で、植物の成長速度が跳ね上がったんだな」
「それだけじゃないですよ。体が軽いんです。魔法も、いつもの半分の力で発動できる感じで」
フィーネだけではなかった。集落のあちこちで住民たちが驚きの声を上げている。
水汲みに行った獣人の少年が、いつもの倍の量を軽々と運んでいる。鍛冶場では、ドワーフの職人が「火の魔法の効きが違う」と唸っていた。
「三割でこれか」
レイドは思わず笑みを浮かべた。
「完全稼働したら、どうなるんだろうな」
「想像もつかないのです」
ミーシャが隣で胸を張った。
「七つの柱を全て修復すれば、古代アルカディアの最盛期に匹敵する魔力供給が可能なのですよぅ」
「気が早い。まずは今ある三割を使いこなすところからだ」
レイドは集落を見渡した。
百名を超える住民たちの暮らしを支え、さらに発展させるためのインフラ。水道の拡充、防壁の強化、農地の大規模展開。すべてが、今日から現実の計画になる。
「皆、聞いてくれ」
レイドの声に、周囲の住民たちが集まってきた。
「今日から——本格的な都市建設を始める」
歓声が上がった。種族の異なる声が混じり合い、ブランフェルトの空に響く。
これが、ただの集落が都市へと変貌する第一歩だった。
——同刻。
遥か東方、クレスティア王国の王都。
魔術師団本部の最上階に設置された大陸規模の魔力探知装置が、けたたましい警報を鳴り響かせていた。
「何事だ!」
当直の魔術師が探知盤に駆け寄り、表示された数値を見て凍りついた。
「ブランフェルト方面から——大規模なマナ波動を検出。出力値は……桁が、おかしい」
探知盤の針が振り切れていた。通常の魔術行使ではありえない規模のマナ反応。
報告書は直ちに、宰相ヴァルター・ゼーリヒの執務室へと届けられることになる。




