新しきアルカディアの名のもとに
大陸連合首脳会議の会場となったのは、都市中央の大議事堂だった。
古代遺跡の石材を再利用した円形の議場には、四つの国の代表が向かい合うように着席している。クレスティア王国からは国王自らが、ファングランドからは獣人連合の盟主グラオス、シルヴァリアからは長老議会の代表エレノア、ドゥルガンからは工王ドルグが出席していた。
その中央に、レイド・アシュフォードが立っている。
「それでは、議題第一項に入る」
国王が厳かに告げた。議場に緊張が走る。
「辺境自治都市の大陸連合における正式な地位について——レイド殿、構想を聞かせてもらおう」
レイドは一度、深く息を吸った。議場を見渡す。ファングランドの戦士たち、シルヴァリアの森の民、ドゥルガンの鍛冶の匠たち。そしてかつて自分を追放したクレスティア王国の国王。
「この街を、特定の国家に属さない大陸共有の交流拠点としたい」
静寂が落ちた。
「——続けてくれ」
グラオスが低い声で促した。
「この街は最初から、どの国のものでもなかった。追放された魔術師と、行き場をなくした者たちが集まって作った場所だ。獣人も、エルフも、ドワーフも、人間も——誰もが対等に暮らせる場所として育ってきた」
レイドの声は静かだが、よく通った。
「だからこそ、この街はどの国にも属すべきではない。四つの国すべてが対等に関わり、交易と文化と知識を交換する——大陸の結節点にしたい」
「具体的な統治機構は?」
エレノアが鋭く問う。長老議会の代表らしい実務的な質問だった。
「各国から派遣される代表と、都市住民の選出議員による合議制を考えている。軍事力は最小限の自衛力に留め、各国の安全保障の枠組みの中に組み込む形だ」
「通商はどうなる?」
ドルグが身を乗り出した。ドワーフの工王にとって、最も関心のある議題だろう。
「関税は原則撤廃する。この街を経由する交易については、四カ国共通の規定を設ける。詳細は——リリアーナ」
レイドが振り返ると、リリアーナが立ち上がった。赤毛をきっちりとまとめ、手元の資料を広げる。
「すでに試算はまとめてありますわ。現在の交易量を基準に、各国が享受できる経済効果をお示しいたします」
リリアーナの説明は明快だった。数字と実績に裏打ちされた提案に、各国の代表の表情が次第に和らいでいく。
「ふむ。我が国の鉱物資源とシルヴァリアの薬草を直接取引できる拠点があれば、双方にとって利がある」
ドルグが顎を撫でながら頷いた。
「ファングランドも異存はない。この街は我らの同胞を受け入れてくれた。その恩義がある」
グラオスが力強く言い切った。
「シルヴァリアとしても、千年の孤立を終える時が来たと考えています」
エレノアの言葉に、議場がざわめいた。森の民が自ら門戸を開くと宣言するのは、歴史的なことだった。
国王が立ち上がった。
「クレスティア王国も賛同する。この街がかつて我が国の領土であったことは事実だ。だが——それ以上に、この街が示した可能性の方が遥かに大きい」
四カ国の代表が賛同を示した瞬間、議場に拍手が広がった。
「では、改名について」
国王が手を挙げて静寂を取り戻す。
「この街にふさわしい名を——レイド殿、提案はあるか」
レイドは一瞬、迷うように沈黙した。そして口を開く。
「アルカディア・ノヴァ。新しきアルカディア」
「……千年前に滅びた文明の名を継ぐのか?」
エレノアの声に、かすかな懸念が滲んだ。
「ええ。あの文明は力を独占し、世界を焼いた。だからこそ、同じ名前で——その過ちを繰り返さないという意志を示したい」
ミーシャがそっと立ち上がった。虹色の瞳が議場を見渡す。
「ミーシャは、千年前のアルカディアを知っているのです。あの都市は美しかった。でも、閉じていた。自分たちだけの楽園を作ろうとして、外の世界を拒絶して——だから滅びたのです」
人工精霊の言葉に、議場が静まり返った。
「この街は違うのです。開かれている。誰でも来られる。それが、古いアルカディアにはなかったもの——ミーシャがずっと見たかったものなのですよぅ」
その声は幼いのに、千年分の重みがあった。
「ミーシャは、その記憶を伝える役目を引き受けるのです。古いアルカディアの過ちと、新しいアルカディアの希望を——後世に語り継ぐ、記憶の語り部として」
拍手が起きた。今度は誰も止めなかった。
◇
式典は午後から始まった。
大議事堂の前の広場には、街の住民たちが集まっていた。獣人の子供たちがエルフの少女と手をつないで走り回り、ドワーフの職人が人間の商人と肩を組んで笑っている。
レイドが壇上に立つと、歓声が上がった。
「長い話は苦手なんだが——」
笑いが広がる。
「この街は今日から、アルカディア・ノヴァとして新しい一歩を踏み出す。特定の国に属さない、大陸すべての種族が対等に集える場所として。俺たちが荒野に最初の一本の杭を打ち込んだ日から——ずっと目指してきた場所に、ようやく辿り着いた」
短いスピーチだった。だが、それで十分だった。
次にガルムが壇上に上がった。巨躯の虎族の戦士が、少し居心地悪そうに咳払いをする。
「俺は、言葉は得意じゃない」
会場から温かい笑いが漏れた。
「だが、一つだけ言わせてくれ。ここは——俺たちが初めて対等に扱われた場所だ」
ガルムの低い声が広場に響く。
「傭兵団を追われ、家族を連れて行く当てもなく彷徨っていた時、団長が受け入れてくれた。種族も過去も問わずにだ。この街には、そういう奴らが大勢いる。行き場をなくした者たちが、ここで居場所を見つけた」
獣人たちの間から、静かな嗚咽が聞こえた。
「だから俺はこの街を守る。これからも——命を懸けてだ」
割れんばかりの拍手が響いた。ガルムは照れくさそうに壇を降り、レイドの横に戻ってきた。
「長すぎたか」
「いや。完璧だった」
レイドが肩を叩くと、ガルムは小さく鼻を鳴らした。
続いてリリアーナが壇上に立った。
「わたくし、リリアーナ・フォン・クレスティアは、本日をもってアルカディア・ノヴァの初代通商長官に就任いたしますわ」
堂々とした宣言だった。没落貴族の少女が、大陸の交易を束ねる要職に就く。一年前には考えられなかったことだ。
「商いに種族の壁は要りません。良い品を、適正な価格で、必要とする人の元へ届ける。それだけですわ。シンプルでしょう?」
会場から笑いと拍手が起きた。
「ですが、不正は許しませんわよ。わたくし、帳簿の不一致を見つける目には自信がありますの」
商人たちが苦笑する中、リリアーナは優雅に一礼して壇を降りた。
最後にフィーネが壇上に立った。金髪が午後の陽光に輝く。
「わたしは——多種族医療院の設立を宣言します」
声が少し震えていた。
「エルフの薬草学と、人間の外科術と、獣人の生命力研究と、ドワーフの義肢技術を——全部、ひとつの場所で学べる医療院です。種族によって治療法は違う。でも、誰かを治したいという気持ちは同じですから」
フィーネの碧い瞳が潤んでいた。
「わたしはハーフエルフで、人間にもエルフにも居場所がなかった。でもこの街が——レイドさんが、居場所をくれた。だから今度は、わたしがこの街の人たちの健康を守る番です」
拍手の中、フィーネが壇を降りる。レイドが黙って手を差し出し、フィーネはその手を握った。
「いいスピーチだった」
「噛みそうでした……」
「全然わからなかったよ」
そう言って笑い合う二人を、ガルムが腕を組んで見守っていた。
◇
式典が終わり、祝宴の喧騒が街を包む頃、夕陽が西の空を茜色に染めていた。
レイドはフィーネの隣に歩み寄り、小さく声をかけた。
「フィーネ、少しいいか」
「はい?」
「街が一望できる丘がある。そこで——話したいことがあるんだ」
フィーネの碧い瞳が、わずかに見開かれた。
「話したいこと……」
「ああ。終わったら話す、と言っただろう」
あの戦いの最中に交わした約束。フィーネは覚えていた。ずっと、覚えていた。
「——はい。行きましょう」
二人は祝宴の灯りを背に、丘への道を歩き始めた。
アルカディア・ノヴァの街並みが、夕陽の中で黄金色に輝いている。かつて不毛の荒野だった場所に広がる、大陸で最も新しく、最も開かれた街。
レイドの横顔を、フィーネはそっと見つめた。
その深緑の瞳が、何を語ろうとしているのか——まだ、わからない。




