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さらば東京都。

掲載日:2026/01/20

幸せとはなんですか?ふと自分でも疑問に思う時があります。

さらば東京都 

2週間前、私は死ぬところだった。

バスに揺られながら私は思いの地に想いを馳せていた。

東京のはずれ、都心を少し過ぎた飲み屋街の近く、そこが私の家だった。


さらば東京都。「お母さん、実家とはいえ私ももう23だよ?働いてる身なんだしせめて家賃くらいは払わせてよ。」私は駅から十数分の子会社で働いていた。家が近いため働いても実家に住み着いていた。

「あらー。祥子しょうこももうそんな歳ねえ。でもそんな事あまり気にしなくていいのよ。」父は去年、定年退職直後事故で亡くなった。苦しまずにぽっくり逝きたい。そう言っていた父さんにはある意味良い死に方だったのかもしれない。

「もう、母さんももう57でしょ?あんまり無理しないでね。」

「なーに言ってんのよ。まだまだ現役よ。」母の笑顔、夕食、お金、仕事、健康、睡眠。


さらば東京都。翌朝、相変わらず邪魔に感じるスマホのアラームを合図にいつもの日常が始まる。あいさつ、朝食、身支度。

7時ちょうど、私は仕事に出勤した。

「じゃ、母さん行ってくるよ。」

「いってらっしゃい。」

毎日毎日同じ景色、同じ仕事、同じ人。普通普通普通何も変わらない。

7時36分、重い足取りとは裏腹にコンピュター式のタイムカードは軽快な電子音を鳴らす。

「おはようございます。」

仕事、外回り、昼食、事務作業。

「祥子さん。今日、この前の店行くんだけど祥子もどう?」鬱陶しい。なんて思うのは失礼であろう。お世辞にも関わり合いが得意とは言えない私に加藤さんはいつも話しかけてくれる。

「すみません。また都合が合わなくて、また次の機会にでも」

「いえいえ、また都合が合うときにでも。」いつも笑顔で親切な人を見ると腹の底では何を考えているのだろうと無意識に考えてしまう。

さらば東京都。8時半、今度は疲れで重くなった足を無理矢理引きずり、タイムカードを押した。

帰路に着くが、会社から少ししたところの飲み屋街は仕事終わりのサラリーマンで賑わっている。

いつもここ通るけど人がいっぱいで嫌で嫌で仕方ないんだよなぁ。

そこも抜けると、一段と増した疲れともに若干の沈静が訪れる。


さらば東京都。

【ごごごごごごごごごごごごごごごごごごご】

「えっ!!何?地震!!?」【ティロンティロン緊急地震速報です。強い揺れに備えてください。】全く不安感を煽るだけのけたたましい音が夜の街に響く。今まで味わったことがないほどのつよい揺れ、思わず立っていられないつよい揺れ。多分もう死んでしまう、そんな恐怖が体中を駆け巡る。どれくらいだろうか、1秒が数分に感じられるそんな長い時間がしばらく続いたあと。やっと、揺れは収まった。一度落ち着いて辺りを見渡すと、周りの家はちらほら倒壊し、少し離れたところではオレンジと黒が混じり合った煙が夜の暗い空でもわかるくらい上がっていた。いつもの光景、その真逆が目の前には広がっていた。私は考えることができなかった。

さらば東京都。無我夢中で走った。息切れなど、仕事終わりの疲れなど忘れるほどに。

「母さんっ!!母さんっ!!」涙だろうか汗だろうか鼻水だろうか、何で濡れているかもわからない顔をスーツの袖で拭き、ただひたすらに走った。顔がとても熱く感じた。

【ティロンティロン緊急地震速報です。つよい揺れに備えてください。】私の絶望を気にも留めず、さらなる地獄の鐘は鳴らされた。

【ごごごごごごごごごごごごごごごごごごご】

揺れおも気にせず無我夢中ではしていると十字路に差し掛かったとき、私はあしを止めざるをえなかった。道が大きく沈下していたのだ。それからのことはよく覚えていない、気を失ったのか、ただそこに崩れ落ちていたのか、はたまた疲れて寝てしまったのか。

さらば東京都。気がつくと朝になっっていて、私はブルーシートが敷かれただけの粗末な避難所に居た。それから自衛隊の方々が来てくれたり、知らない人から食べ物を分けてもらったり、頭の整理ができないまま時は無情にも過ぎ去っていった。私は何も理解できないまま実家に向かった。瓦礫が道をふさぎ、粉塵がまだかすかに漂う荒道を歩いていく。不自然な倒壊、あちこちから響く泣き声とも鳴き声とも取れる声、異常な風景、いつも退屈で狭苦しいと思っていた現実が今では天国に思える。心のどこかで感じていた現実への不満、それはすっかりなくなっていた。うちがあった場所に辿り着くとなぜか瓦礫の山だけがそこにあった。ここはどこ?その問いだけが頭に広がる。小さい頃から共にあった家、親、親戚、思い出、友達風景。私はどうすることもできず再び避難所に戻った。

さらば東京都。それから数日後、生き残ることができた近所の方から母の訃報を聞いた。あまりに理解できず涙さえ流せなかった。それからというもの慌ただしい空気の中、私はあの地震が過去最高レベルの大地震であったこと、東京都ほぼ全域に加え周辺地域の広範囲が地震の影響で倒壊や崩壊、さらには地盤沈下によって消えた地域があること、政府が機能せず死傷者などの情報が全くと言って分かっていないことなどを知った。家族、友人、同僚は見つけられなかった。その後、外国からの支援を中心に被災者で身寄りのある方々は救助バス等で帰省、身寄りのない方々はキューピッチで建てられた他県の簡易避難施設に同じくバス等で向かうことになった。被災地の復興は当分厳しいようであった。

さらば東京都。2週間前、私は死ぬところだった。自分が生きてきた環境のすべてが崩れ去った、自分を大切にしてくれた土地、親、友人、同僚を失い自分だけが生き残ってしまった。罪悪感とともに死にたいとも思った、だが生きている私が死ぬのは生きたかった人にどうしても失礼だと思ってしまった。母さんに会いたい、加藤さんごめんなさい、あなたの優しさに私は不誠実だった。私はバスに揺られながら今まで足りていなかったのは今に気づき、行動し、幸せを噛み締めることであったと崩れ去った故郷を尻目に本当の意味で理解した。森下祥子23歳私は泣いていた。

さらば東京都。

読んでくださりありがとうございました。

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