第九話 魔滅少女と“塔”の魔人③
アイーシャたちを乗せた馬車は、半日をかけて目的地であるサージブルへと到着した。
「これは……やばい感じがビンビン伝わってくるぜ」
分厚い黒雲が塔中心に広がっている。
エヴァンの目に映るのは、城塞都市と呼ばれるにふさわしい、高い城壁。
そして都市の真ん中に聳え立つ、禍々しい螺旋を描いた巨大な塔。
「あの塔に、魔人がいるのかしら」
ルミナスの言葉に、アイーシャとルイダは同時に頷いた。
「あの黒雲。塔から漏れ出した魔力に反応して作られてる……ありえないよ、気持ち悪い」
「……とても……嫌な、魔力」
パンッ、とエヴァンが手を叩く。
「とにかく、ここにいても仕方ねぇ。準備が必要だ。近くにある見張り場に行こうぜ」
「エヴァンのくせに仕切るな! でも、まぁそれがいいわね」
「分かってくれて助かるぜ~、ルイダちゃん」
「――くぅ~! バカにすんじゃないわよ!」
軽口を叩きながら、エヴァンとルイダが先行する。
「……緊張感、ないね」
「あの二人は、昔からああでしょ」
二人の背中を見ながら、アイーシャとルミナスは呆れながら後に続いた。
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「師団長殿! ようこそお越しくださいました」
見張り場へ到着したアイーシャたちを、隊長らしき偉丈夫が出迎える。
「エドマン。挨拶は抜きでいい。状況を教えてくれ」
先ほどとは打って変わり、エヴァンの顔つきから柔らかさが消える。
「はっ。現在、サージブルの街には魔物が溢れており、住民らは怯えて暮らしております」
「ちょっと待って――」
エドマンの説明を遮るように、ルイダが叫ぶ。
「住民って……、人間がまだ生きているの? あの中で……」
「はい。確かに確認が取れております」
ギリッ、とエドマンは破裂しそうな激情を抑え込む。
「――人質、ですよ。我々がむやみに攻めていけないように……」
「しかし、どうやって確認を――」
ルミナスは、己が不用意に言葉を放ったことを後悔する。
エドマンの顔が、いよいよ怒りと悲しみで崩れた。
「――住民らは、我々に助けを求めました。何度も、城壁によじ登って」
大粒の涙が、エドマンの頬を伝う。
「しかし、城壁に登った人間を、魔物は襲い、殺し――死体を城壁の外へ放り投げました」
想像するだけで悍ましい光景。
エドマンの話を、アイーシャたちは手を震わせながら聞く。
「“塔”の魔人を名乗る者が、我々へ言ったのです。――この都市に手を出せば住民は皆殺しだ。」
そして、とエドマンが魔人の最後の言葉を述べる。
「どうせ、俺たちが挟み撃ちにしたら、人類は終わるだろうけどな――と」
「――は?」
アイーシャたちの思考が、一瞬固まる。
「……挟み撃ち、って……何」
アイーシャの問いに、すぐに答えを口に出すものはいない。
「まさか、もう一体、魔人が?」
「そんな! 女王陛下は、そんなこと一言も……」
アイーシャ、エヴァン、ルイダは焦燥の声を漏らす。
「そのことですが――」
エドマンは一通の封書を机上に広げた見取り図の上に広げる。
「“塔”の魔人が言っていることは真実と、女王陛下より尋問で得た情報がありました。北と南、両側から我が国は攻め込まれます」
「それを、なぜ先に言わなかった!」
エヴァンが机を殴り、立ち上がる。
怒りと焦りが混じる眼光を、エドマンへ向けた。
「女王陛下が、この件は皆さまには秘密にするように、と」
「は? なんでそんなこと――」
「守られたんだよ。私たちは」
激昂寸前のエヴァンとは対照的に、ルミナスは冷静に話す。
「間違いなく、王都は防戦一方の戦いになる。国民を守る戦いでは、不測の事態が起こる可能性が高いから……」
――君たちには、先を照らす光がある。アイーシャの同行は、国と君たちの生存確率を上げるのだ!
出立前、女王ミーシャがルミナスたちに告げた言葉が想起される。
「私たちは、私たちが存分に戦える場所へ、誘導されたんだ」
重苦しい空気が充満する。
反骨心を剥き出して、ここまでやって来ることさえ、女王ミーシャの掌の上。
「だったらよぉ」
エヴァンが大剣を振り上げる。
振り下ろされた剣は、地図と封書と机を真っ二つに叩き斬った。
「――さっさと“塔”の魔人をぶっ潰して、王都に戻るしかねぇだろうが!」
エヴァンを筆頭に、四人は見張り場を全力で飛び出す。
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多種多様な魔物が闊歩するサージブル市街。
“塔”の魔人により、「普段の」生活を強いられている市民らは、すれ違う魔物に怯えながら過ごす。
買い物をし、学校に行き、仕事をする。
その町の様子を、螺旋の塔の上から眺める影があった。
小柄な少年ほどの背丈。
左右非対称な、継ぎ接ぎの服。
顔の化粧は白のベースに丸や四角などの図形が、色とりどりに配置されている。
まるでピエロのような出で立ち。
“塔”の魔人は、楽しそうに笑う。
「どうやら、人間がやって来るね!」
大仰に、魔人は両手を広げた。
「あぁ! たくさんの人間が、今から死ぬよ。目障りな人間たちが! なんて、愉快なんだろうっ!」
くるり、と魔人は振り返る。
暗闇に包まれた部屋。
「――お前も、楽しみだろぉ?」
真っ暗な部屋の中で、二つの眼光が赤く光る。




