第六話 魔滅少女と女王様
“魔滅”と呼ばれる少女、アイーシャは、破れたカーテンの隙間から、陽光指す空の青を眺めていた。
「……凱旋式、そろそろ始まったかな……」
魔法で打ち上げられた無数の光が、宙を華やかに彩る。
王城で開かれる、戦後の式典。
今回は、魔人を屠ったルミナスたちが褒章を受け取るだろう。
しかし、そこに、アイーシャの名前は、無い。
「……褒章なんて……意味あるのかな……」
いくら功を立てても、アイーシャが公衆の面前に出ることは許されない。
魔法の力で地位が決まるこの世界。
アイーシャの存在は世界そのものへの劇薬だ。
「……次は……いつ皆に……会えるのかな」
アイーシャが、唯一、人前に出られる場所。
戦場だけが、アイーシャが人としていられる場所――。
そして、仲間と肩を並べられる場所――。
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荘厳な雰囲気を醸す王城。
白を基調としたその外観は、陽光を受けて清らかに輝く。
今は、魔法で打ち上げられた無数の光が、その白い外壁に反射し、色とりどりの模様に姿を変えていた。
その王城の最奥。
玉座が鎮座するこの場所に、数十人の要人が詰めかけていた。
二つに分けられた群衆は、整然と整列しながらも、好奇の目を中央で跪く三人へ向けている。
「あれが、今回の戦で活躍した師団長たちか」
「魔人を退けたのは平民上がりのエヴァンって方らしいわよ」
「あの“魔滅”も出張ったとか……」
「“魔滅”なんて、こういう時しか役に立たないものね」
努めて、群衆の声を無視していたエイダが、アイーシャを侮蔑した者を密かに睨む。
「ルイダ。今は、堪えなさい」
「し、しかし、ルミナスお姉ぇさま。アイーシャは――」
「ルイダ。ここはおとなしくしとけ」
「うるさいわね! エヴァンのくせに~! 」
口では反抗するものの、二人の言が正しいと認め、エイダは黙ってローブを深く被る。
カツカツカツーー。
誰もいない玉座に向かう足音が左右から聞こえてきた。
ザワザワとした小さな喧騒が一瞬にして、止まる。
しん、と格調高いこの空間にふさわしい静寂が満たされる。
玉座に座したのは、一人の女性。
白のドレスを着た彼女は、年齢を感じさせない妖艶さを纏っていた。
手持無沙汰に、頭の王冠を膝に乗せ、装飾をいじっている。
「皆、此度の戦。ご苦労であった。此度の戦は――」
そんな女王の行為を意に介さず、傍らに控える長髪の男が戦場の様子を群衆へ説明し始める。
『お姉ぇさま。あの方って……』
『レーデス=フィジア=ジオーレ様。レミリオのお父様』
『あー。何か、雰囲気が似てます。融通利かなそうなところとか』
『まぁ、参謀総長としては優秀らしいけど……』
思念魔法でエイダと会話をしていたルミナスが僅かに顔を上げると、女王と目が合った。
王冠いじりに飽きたのか、はたまた別の理由か。
女王はルミナスへ、妖しく微笑みかけている。
女王の意図が読めないルミナスは、頭を下げて視線を切った。
「では、女王陛下。此度、格別の功績を上げたこの者たちに、賛辞と褒美を」
レーデスは一歩下がり、女王に場所を空ける。
スク、と女王は立ち上がると不意にレーデスへと向き直る。
「――? いかがなさいましたか。女王陛下」
「レーデス。あれではダメよ。ぜ~んぜん、ダメ! 」
突然、公衆の面前で女王にダメ出しを受けたレーデスは、目を白黒させて硬直する。
「な、何か、粗相が……」
「今のお話。全然おもしろくなかったわ! もっと、融通を利かせて、ユーモラスにしゃべらないと! 」
そう言うと、女王は改めて、玉座の間に跪く三人に目を向ける。
「こんなに若い子たちが、魔人を打倒したのよ。その活躍を、もっと華やかで大々的に知らしめなきゃ、もったいないわ! 」
「は、はぁ……」
生返事しかできないレーデスを尻目に、女王は言葉を紡ぐ。
「この国のために尽力したこの者らは、まだ18そこそこ。年端もいかぬ者たちだ」
そう切り出し、女王はルイダを指さす。
「例えば、ローブを目深に被った英雄、ルイダ。
彼女は戦場では勇ましい活躍をしましたが、その実は普通の少女。
――そう。夜な夜なお部屋で自作のルミナス人形に話しかけている普通の少女です」
「ちょ、女王陛下、なぜそれを――」
「……エイダ?」
「ち、違うんですのよ、お姉ぇ様。いや、違くはないんですけど……」
エイダの取り乱しように、群衆から小さな笑い声が立つ。
「女王陛下。お戯れはほどほどに……」
「何よ、レーデス。この子達の可愛いところをもっとアピールしてあげなきゃ」
「……一応、国家式典ですので」
言葉以上に、眼光で黙らせるレーデスに、女王は渋々と王冠を被る。
「それでは。これより、褒章の授与に入る。各自、順番に、我が前へ」
ルイダ、エヴァンと続き、最後にルミナスの番になる。
女王が、ルミナスの肩口に白薔薇のブローチをつけようと、顔を近づける。
「さっきの話――」
女王は、ルミナスにしか聞こえない声量で、唇を動かすことなく話す。
「レーデスの融通の利かなさは、あれで勘弁いただけるかしら……」
ドクン、とルミナスの心臓が跳ね上がる。
衝撃で体が硬直している内に、女王はブローチを着け終わり、耳元から離れる。
形式的な礼をし、ルミナスは自身の場所へ立ち戻る。
(――思念魔法の、傍受? )
つー、と一滴の汗がルミナスの首筋を伝う。
(そんなの、圧倒的な魔力差が無いとできないはず)
ルミナスは女王に、戦慄の眼差しを向ける。
ミーシャ=オリエン=クロイツェフ。
オリエンテイト帝国で、最強の魔法使いである女王は、妖しげな笑みをルミナスに向けていた。




