第四話 魔滅少女と“戦車”の魔人③
ゴフッ。
ルミナスの口から、血が滴る。
光線の数は、700を越えていた。
絶え間なく生み出される光線を防ぐために、広範囲に展開された魔法の盾は、同時にルミナスの魔力を加速度的に奪い取っていく。
(――一撃でも防げなければ、後ろの戦場が吹き飛ぶ)
重く、速く、強い一撃。
その数が、1000にまで達しようとしている。
(どんなに体が悲鳴を上げても、この盾だけは……外さない!)
舞い上がる爆煙を裂くようにして次々と押し寄せる光の雨。
その圧倒的な物量による蹂躙が――突如として、途切れた。
(な、なにが……)
チラッと、ルミナスは傍らで座り込みながら魔法を使い続けるルイダを見る。
もう、立ち続ける体力も残されていないらしかった。
「ルイダ!大丈夫?」
「へ、平気……で……す。お姉ぇ……さま。ルイダ。ちゃんとやりますから」
か細い声が、聞こえた。
ルイダの限界を感じ取り、ルミナスに焦りの感情が芽生え始める。
(アイーシャ。早く来て……!)
無自覚に湧き出た、懇願するような感情を振り払うかのように、ルミナスは首を振る。
そうして改めて、ルミナスは爆煙の向こうにいるであろう魔人へと向き直した。
爆煙が、ゆっくりと晴れていく――。
「……なに……あれ」
それは、例えるならば太陽だった。
魔人が作り出した光球は、圧倒的な存在感を有している。
ルミナスへと向けられる膨大なエネルギーの塊は、すでに放たれるのを待つのみの段階にあった。
(あの魔人……!)
ギリッと、ルミナスは奥歯を噛みしめながらわなわなと震えている。
(私にあれを、あの破壊力を感じさせるために、わざと煙が晴れるのを……!)
これほどまでの屈辱をルミナスは久しく感じていない。
魔人は絶対的な強者の立ち位置から、只管に人間を見下す。
「負けるものか……」
ルミナスの口から、自然と零れる。
「あんな外道に――負けてなるものか!」
魔人の手から、莫大なエネルギーを内包した巨大な光球が放たれる。
ルミナスはすでにある盾の前方に、瞬時に5枚の盾を展開する。
「うっ、ぐううぅぅ……」
声にならぬ呻きを上げながら、吐き出されそうになる血を必死に飲み込む。
(守る!守る守る守る守る!!!)
光球が、一枚目の盾の元へ到達した。
これまでとは比べものにならないほどの衝撃が、ルミナスの全身に伝わる。
――音が、消えた。
眩い閃光が戦場全体を包む。
巨大な爆発音が耳を貫いたのは、数秒遅れてのことだった。
「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ルミナスの雄たけびはかき消され、盾は次々に砕け散る。
暴力的な爆風が収まると、ボロボロの盾一枚を残した状態でルミナスは立っていた。
(……防いだ?守り切っ……た?)
立っているのもやっとの状態で、ルミナスは現状を把握する。
自分の背後には爆発の爪痕は認められない。
ドサッ。
隣でした小さな物音にゆっくりと目を向けると、ルイダが横向きに倒れていた。
肩で大きく激しい呼吸をしている。
(ルイダも、限界……か)
大きな一撃を防いだルミナスは、仲間の安否を気遣う余裕を見せた。
――その顔は、瞬く間に絶望へと歪む。
「二撃……目?」
手を前に突き出した魔人の前に、先ほどと同じ光球が産まれている。
徐々に大きさを増し、遂に先ほどの光球のサイズを超えた。
(ふざけるな……)
ルミナスはこの世の理不尽を呪う。
(ふざけるなふざけるなふざけるな!こんな、こんなこと……)
己に残されたのはボロボロに歪んだ盾。
どう考えても、魔人の次の一撃を防ぐことは不可能だった。
「……けて、くれ」
ルミナスは、もはやなりふり構わず叫ぶ。
「たすけてくれ!アイーシャァァァァァ!!」
魔人の手から、破滅をもたらす一撃が放たれた。
“戦車”の魔人がその砲台より放つ一撃。
迫る光球のまぶしさにも目を背けずにいたルミナスだからこそ、その瞬間を見た。
視界の左から突如、光球と自分の間に割り込んできた人影。
三角の帽子をかぶり、手首には3つのブレスレットが輝いている。
次に起きたことは、ルミナスが予想した通りの出来事。
――禍々しい破壊の一撃は、細かな光の粒となり、空中へ霧散した。
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凄まじい光だった。
馬車の中からでも感じた、圧倒的な暴力。
アイーシャは逸る気持ちを落ち着かせるようにブレスレットを撫でる。
(無事だよね……みんな……)
「アイーシャ様!そろそろ戦場に出ます!まずは総司令部でレミリオ様と――」
「……最前線へ」
ハッキリと伝えられた要求に、御者の男は明らかに動揺する。
「は?最前線って、魔人がいる場所ですよ!?そんなところにいきなり行っても――」
「今じゃなきゃ……多分、間に合わない。……みんな、死ぬ」
アイーシャの言葉に、御者は困り果てた表情を浮かべる。
しかし、彼女の懇願する瞳に根負けしたのか、御者は進路を最前線へと向ける。
「……俺のことも、守ってくださいよ。アイーシャ様」
「ありがとう……えぇっと……」
「オルク、です。俺の名前」
「ありがとう。オルク。……また聞くかも」
「ええ、私が名乗るの、5回目ですからねっ!」
オルクが操る馬車の中に、焦げた匂いが入り込んでくる。
「そろそろ森を抜けます!そうしたら、戦場と……魔人が、見えると思いますよ」
「……オルク。あなた……風魔法は使える?」
「え?一応、得意な方ですけど……」
「じゃあ……」
アイーシャはオルクに向かい、耳打ちをする。
猛スピードで進む馬車が出す風切り音の中でも、確実に自分の言葉を伝えるために。
「……正気ですか」
「ある意味、正気じゃ……やってられない」
馬車は、勢いよく森を飛び出した。
「アイーシャ様!見えました!ルミナス様たちと、魔人です!」
「……やって」
大きな樽にすっぽりと収まったアイーシャが言う。
オルクは樽の側面へ手をかざした。
「……あのぉ~。一応確認ですけど、……いいんですね?」
「いいから……はやく」
諦めたようにため息をつくと、オルクはかざした手から風魔法の一つ、“豪嵐”を放つ。
回転を加えられた空気の束が、アイーシャが入った樽を勢いよく押し出す。
空中で樽は粉々に砕け、アイーシャの体だけが一直線にルミナスの元へと飛んでいった。
「たすけてくれ!アイーシャァァァァァ!!」
ルミナスの声が聞こえる。
「……うん、いま助けるよ」
アイーシャは小さく笑いながら呟いた。




