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第三話 魔滅少女と“戦車”の魔人②

 深い森の中にできた一本の小道。

 

 人為的に隠されたその通路を、一台の馬車が風魔法の加速を加えて疾走する。


 「……遅い」


 「ア、アイーシャ様。これが全速力なんです!でも、あと10分ほどで到着ですからっ!」


 御者の頭をグイグイと押しながらアイーシャは不満の声を上げる。


 “戦車”の魔人出現の一報を受けてからおよそ30分。

 

 道中を駆けるアイーシャの元には、断続的に戦場の情報が入ってくる。


 (……魔人が……動き出した。エヴァンなら、結構……耐えてくれる……けど……)


 戦局は拮抗するだろう、アイーシャは推察する。


 (わたしが……着けば……皆、勝てる……はず)


 「痛い!痛いですアイーシャ様っ!」


 思わず力を込めた拳が御者の頭皮に爪痕を刻んだ。


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


 「紅蓮斬!」


 赤い炎を纏った刀身が、後退る狼の鼻先を掠める。


 赤と黄色が混ざる残光を引き裂くように、別の一体がエヴァンの右方から襲い掛かる。


 大剣の一撃後の隙を詰められたエヴァンは、振り抜いた勢いをそのままに右足で狼の腹部を蹴り飛ばした。


 「おい、ルイダ!てめぇ、サボってねぇでこいつら何とかしやがれ」


 喉の元に食らいつかんとする牙を刀身で受けるエヴァンの抗議が上がる。


 「えー。エヴァンのくせに生意気~。あんただけでなんとかなるでしょ!それに――」


 抗議を軽く流しながら、ルイダは奥の魔人を睨む。


 「多分、私がそっちに加勢した瞬間に死ぬ。――私が」


 「おい、それはどういう――くそ、なるほどな!」


 魔人を眼光はルイダ一人に注がれていた。


 自分の魔法を防いだ魔法使いに対して、少なからず警戒と殺意を抱く目だ。


 「エヴァン。あんたが頑張らなかった瞬間に、私、死ぬから」


 魔人と、魔人が生み出した狼。


 動物の狩猟に心得がないルイダにとって、両方を相手取ることは死を手元に引き寄せる行為だ。


 「で、まずは俺を始末しようってか。狼二匹たぁ、舐められたもんだぜ」


 食らいつく一匹に加え、さらに一匹が鎧越しにエヴァンの右肩へと噛みつく。


 狼の牙を通さない重厚な鎧は、しかし、ギシギシと高い悲鳴を上げる。


 ほとんど狼の黒に埋め尽くされたエヴァンの視界の端に、魔人の姿が見える。

 

 笑っていた。


 もう少しで敵を殺せる、という余裕と愉悦。


 その先にある、自らの魔法を弾いた魔法使いの消滅を想像しているのか。


 「――調子乗ってんじゃねぇぞ、ド畜生ども」


 大剣を握る両手に、力がこもる。


 「俺の仲間にゃ、指一本触れさせねぇっ!」


 パンッ!とはじける音が空気を震わせたのは、一度。


 大剣と右肩に噛みついていた狼たちの口が、突如流れた電撃に反応し、瞬間的に開く。

  

 皮膚の表面を覆う雷撃の膜。


 ――叩き込まれる「命令」は身体能力の限界を破壊する。


 「――雷装演舞!」


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


 ルイダを目に飛び込んできたのは、「結果」だ。


 エヴァンが雷を纏ったと同時。


 二匹の狼はその首と胴が分かたれ、地面に落ちると同時に霧散する。


 今、エヴァンの刃は魔人の脳天に振り下ろされる寸前まで来ていた。


 「エヴァン!そのまま行っちゃえ~!」


 魔人に肉薄するエヴァンを後押しするようにルイダは叫ぶ。


 雄たけびと共に、大剣の一撃が魔人と頭部に接触した――とルイダには映った。


 ――瞬間。


 魔人を中心に放たれる衝撃波が、大地を抉り、ルイダを空中へとはじき出した。


 (な、なにが……)


 全身を殴られた一撃は重く、ルイダの意識を強引にはぎ取ろうとしてくる。


 肺にためられた空気は一気に押し出され、声を出すどころか呼吸すらままならない。


 上空高く放り出されたルイダに迫るのは、自らが生み出した大地の壁であった。


 (ぶつ……かる……)


 認識と行動が一致しない。


 迫る土壁に対し、ルイダがとる行動は実に原始的。


 彼女は、固く目を閉じた。


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 目の前に迫る不可視の威圧感。


 抉り、弾かれる大地が、その軌道と威力を雄弁に語る。


 「ルイダ。エヴァン……」

 

 ルミナスは後ろを振り返る。


 少し離れた場所で、魔物の群れと懸命に戦う者たちを雄姿を語る黒煙が上がっている。


 「――皆を、守らなければ」


 ルミナスの白金の杖が迫る衝撃波に向けられる。


 「“清浄の光よ わが身を守る盾を広げよ”!」


 青白い発光と共に、空間が分かたれる。


 ルミナスを起点に左右へ伸びた壁にぶつかり、衝撃波は上空へと巻き上がり、霧散した。


 ルミナスは築かれた防壁の一部を切り取る。


 作り出された2枚の板を前方へと飛ばし、宙を舞うエヴァンとルイダの体を優しく受け止めた。


 2つの板を巧みに操った、ルミナスの元へ、二人の体が運ばれてくる。


 「大丈夫?ルイダ、エヴァン」


 「お姉ぇさま!私は、死んで……。あぁ!やっぱりお姉ぇさまは天使だったのですね……。私をお迎えに――」


 「ごめんなさい、ルイダ。今は無駄口を叩く余裕がないの。早く、エヴァンを診てあげて」


 無駄口……。とルミナスの言葉を復唱しながらルイダは涙ぐむ。


 (エヴァンのくせに~。私とお姉ぇさまの語らいを邪魔するなんてぇ~)


 内心で悪態をつきながら、ルイダは言われたとおりにエヴァンの方を向く。


 息をのんだ。


 胸より少し下を、一本の黒い線が走っている。


 その線は腹側から背中側へ、左右両方から回り込むように入っていた。


 「エ。エヴァン!」


 ルイダは、自らが体験した衝撃波の威力を思い出す。


 (あんなのを間近で食らったら……)


 キンッ、と、思考に割り込むように侵入してきた悪寒に引き摺られるように、ルイダは魔人へと目を向ける。


 「……お姉ぇさま。お願いがありますの」


 「何を言おうとしているのか予想はつくけど……、言ってみて」


 ルイダは、小さく息を吸う。


 「エヴァンを治しきるまで、お一人で持ちこたえてくださいまし!」


 ルイダが持つ樫の杖から何本もの枝が伸び、エヴァンに覆いかぶさる。


 「“生命の根源たる霊樹よ その一端を分け与えよ――リザラーク”!」


 緑色の光が枝を伝い、エヴァンへと流れ込む。


 一体どれほどの魔力を消費するのか。


 尋常じゃない発汗を垣間見ながら、ルミナスはその背へと告げる。


 「清浄の使い手であるこのルミナスが、皆の命、今ひと時、預かります!」


 ルミナスの目に映るのは、魔人から放たれた100を優に超える光線の雨。


 一撃目が清浄魔法の壁に着弾した矢先――。


 何重にも重なる爆発音が、大地を盛大に揺るがした。

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