第二十話 女王陛下と“節制”の魔人③
要塞都市“”ベロン。
三方を険しい山脈に囲われた地理的な優位性ゆえ、魔物の侵攻を食い止める天然の要塞。
そして都市自体も高い城壁だけでなく、魔法に優れた者と選りすぐって組織された“女王の爪”と呼ばれる特殊部隊を編成し、軍備を整えている。
一方で、整えられた街並みと季節ごとに咲き乱れる美しい花々は、王国随一の観光名所としても知られていた。
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「……どうなっている。これは」
都市に入り、その現状を目の当たりにした女王ミーシャは、思わず呟く。
「これは、報告書よりも状況が悪いですね」
レーデスは隣で紙の束を片手に、唇を噛む。
「レーデス。俺は街の人たちを中央の広場に集めるぜ。これは、一度状況を整理しないと、だろ?」
「ああ。頼んだぞ、ラティス。細かな指示は私が出す」
「頼りにしてるぜ、宰相さん」
ラティスは軽くレーデスの肩を叩くと、十名ほどの部下を引き連れて都市の奥へと消えていった。
「よし――」
レーデスが振り返ると、すでに必要物資の積み下ろしを終えた王国軍が整列をしている。
「これより、都市の復旧に入る! ケガをした者は救護班へ。病気の者は感染の危険性があるのなら隔離するよう場所を確保。動けるものは中央広場へ誘導しろ」
そして、とレーデスは都市の中心に聳える時計塔を見上げる。
この都市のどこにいても、必ず見えるシンボルマーク。
「人員を割く。あの時計塔に磔にされた者たちの亡骸を、早急に処理しよう」
男女合わせて十二名。
彼らは等しく白いローブを身に纏う。
血塗られたそのローブは、“女王の爪”の軍章が刻印され、乾いた風に力なく揺れていた。
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レーデスが命令を下してからおよそ30分の後。
十二名の遺体は空き家の一つに安置され、中央広場には二百名あまりの民が集まっていた。
簡易に設えられた演説台の袖で、レーデスとラティスが群衆を眺める。
「思っていたよりも少ないな」
「あぁ。もともと兵役が義務の都市だ。魔人相手に全滅を繰り返しちゃあ、な」
「ここに居ない者は?」
「歩けねぇ爺さんが一人。家にいてもらってるよ。兵士を三人つけて、な」
もともとは千人を少し越える程度の人口を抱えていたはずだと、レーデスは述懐する。
ここ数日余りで、魔人の手により殺された者の他、逃げ出した者がいたせいで都市の人口は壊滅的なレベルまで削られていた。
「とにかく、まずはここに居る民衆を安心させてやらねば……」
「安心ねぇ。レーデス。気持ちは分かるが多分まだ難しいだろうぜ」
「あぁ……。魔人を倒さない限り真の安心は来ないだろうが――」
演説台に上がるのは、白のローブを身に纏った妙齢の女性。
国民の誰もが知る、人類最強の魔法使い。
その姿を目撃した広場の者たちは、一様に口を閉じ、じっとその姿を見つめる。
「――我らが女王様の力量に期待しよう」
レーデスとラティスは、舞台袖からミーシャの言に耳を傾ける。
「……この要塞都市“ベロン”は、私が三度足を運んだ地だ」
女王の言葉は、優しい懐古から始まった。
「様々な色の花が花壇を虹色に染め上げる様を、私は一日中眺めていた。本当に、美しかった」
ミーシャは一度言葉を切り、荒れ果てた街並みを見渡し、背後の時計塔を見上げる。
「二度目は“女王の爪”への特別指導。優秀な人材ばかりで、胸が躍ったの覚えている」
そして、とミーシャはその形相を憤怒へと変え、怒りを込めて握った拳を演説台に叩きつけた。
「三度目は、今日。あれほど美しかった花が枯れ果て、優秀だった若い兵士たちが無残に殺された」
清聴する民衆の中から、すすり泣く声が聞こえてくる。
しかし、ほとんどの民衆は、涙を溜めながらも、ミーシャの話を直立して聞いていた。
「私は、魔人を許さない。君たちの宝を、そして私の宝を奪った魔人は――」
ミーシャが右手を天へと掲げる。
夕暮れの赤を映していた空が急激に厚く黒い雲に覆われた。
パチンッ、とミーシャが右手の指を鳴らす。
直後、青白い光が人場を包み、数秒の遅れと共に落雷に取る轟音が中央広場を覆いつくした。
ミーシャの背後にあった時計塔が、跡形もなく消し飛ぶ。
「――必ず、私たち国王軍が屠ってみせよう!」
中央広場に、静寂が下りる。
群衆は、時計塔があった場所をじっと見つめ、動かない。
都市の英雄たちを磔にした処刑台。
尊厳を踏みにじられたこの都市のシンボルを、女王ミーシャは跡形もなく消し去った。
はじまりは、微かな音。
広場の一角で鳴り響いたミーシャへの賛辞を表すクラップ。
その波は徐々に大きく成り、程なくして広場一帯が女王万歳の歓声で埋め尽くされた――。
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「お疲れ様でした、女王陛下」
「ふん。この程度、一時の慰めにすぎん……」
「ま、それが必要な人間もいるってことっすよ。少なくとも、ここの民衆は陛下の言葉に救われたはずだ」
王国軍による簡易な演説が終わり、作戦本部へとミーシャたちは帰還していた。
レーデスとラティスの労いにも、ミーシャは憮然とした表情を崩さない。
「……まだ、目的の半分が達成できていない」
「そうはいっても、陛下。街の中には“節制”の情報を持つ者がいないことは変わらない。……どうします?」
「そーさねぇ……。その辺の徹底ぶりは予想外だった」
群衆を一か所に集め、精神魔法で記憶の情報を探る。
そうすることで、“節制”の魔人に関する情報を集めることも、今回の演説の目的だった。
しかし、精神魔法に精通する者を総動員しても成果が上がらなかったことに、ミーシャたちは頭を抱える。
「……一つ、希望があるかもしれません」
重苦しい雰囲気の中、レーデスが口を開く。
「ゴラン、に頼りましょう」
「ゴランってのは、誰だ? 俺は聞いたことねぇが……」
レーデスの言葉へ、ラティスは訝し気に聞き返す。
「ゴランは、“女王の爪”のリーダーを務める男だ」
「ん? リーダーはマルリアという女性ではなかったか?」
ミーシャの反応に、レーデスは、若干の失望を込めて目を伏せる。
「陛下がこちらにいらしたときはそうでした。しかし、つい先月、リーダーがゴランに変わり……。まぁ、報告はしましたがね」
「レーデス。ウチの陛下が人の報告聞いてると思うか?」
「そうだ。陛下とはそういうものだぞ、ラティス」
はぁ、とため息をつきながら、レーデスはラティスの軽口とミーシャの自己弁護を聞き流す。
「つまり、レーデスが言いたいのは、あの遺体の中に、ゴランのものはなかったということだろう?」
ミーシャの言葉に、レーデスは無言で頷く。
「“女王の爪”は現在十三名。ゴランは生きている可能性があります。――魔人のすぐそばで」
レーデスの言葉には、冷静な分析の中に一縷の希望的感情がにじみ出ている。
しかし、それを誰もが指摘することはない。
トン、とラティスがレーデスの肩を叩き、その目を見つめながら口を大きく横に割る。
「――よっしゃ。そんじゃあ行こうぜ、レーデス。――お友達を助けに、な」
レーデスが見つめ返すラティスの向こう。
全軍へ、出撃命令を下す女王ミーシャの背が、見えた。




