第二話 魔滅少女と“戦車”の魔人①
各師団は魔物の波を猛攻によって押し戻す。
徐々に濃くなっていく黒煙の靄は、魔物の消滅が加速度的に進んでいることを意味していた。
「よっしゃあああああ!これで、最後ぉ!」
エヴァンの雄たけびと共に、彼の身長の2倍はあろうかというオークが左右に割れる。
第二師団からは局地戦を制した歓声が鳴り響いた。
『ちょっと!終わったんならこっち手伝いなさいよ、エヴァン!』
思念魔法で投げ込まれた乱暴な救援依頼に、エヴァンは、水を差された、と言いたげな表情を作る。
『なんだぁ。まーだ遊んでんのかよルイダ。天才魔法使いも地に落ちたんもん――』
憎まれ口を返そうとしたエヴァンの目に入ってきたのは敵陣深くから放たれた一筋の閃光。
禍々しい黒のオーラを纏ったそれは、まっすぐにルイダが指揮する第三師団の陣地に着弾する。
魔物の黒煙ではない。
焦げ付いた匂いと共に、空気中にはいつまでも灰色の煙が居座り続けている。
『――っ!ルイダ!おい、ルイダ!!返事しろ、おい!』
『――うっさいわねぇ。エヴァンのくせに、私の心配なんてしてんじゃないわよっ!』
『おめぇのことは心配してねぇ!部隊の奴らは大丈夫なのかよ』
徐々に、立ち込めていた煙が晴れていく。
エヴァンは目を凝らして状況の確認に努めた。
地面には巨大なクレーターが空いている。
――なぜか、複数。
そのクレーターは、ある一帯を取り囲むように無数に空いていた。
その一帯の先頭に、ルイダは悠然と立っている。
後ろには彼女が守った1万の魔法使いらが固まってる。
『……あんた』
エヴァンの頭に、先ほどとは打って変わった低い声が響く。
『天才魔法使いの私を、――舐めてんじゃないわよ』
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「――来たわね。いよいよ」
第三師団に向けて放たれた閃光を見て、ルミナスは確信する。
『レミリオ。指示をもらっても?』
『――部隊を混成形式にするよ。第一から第三師団を再編成する』
『判断が早いわね』
『それも仕事、てね。でもこの形式の変更の目的はつまるところ――』
レミリオは重大な決断をする際、必ず一度立ち止まる。
もう決めているはずの戦術を、レミリオは口に出す前に一度止めた。
『レミリオ』
ルミナスは未だ魔物相手に奮闘する自分の部下である兵士らを見つめる。
『私の部隊、いえ、私たちの部隊は大丈夫。それに、私たちも大丈夫よ』
思念魔法は精神の状態、感情も相手に伝える。
それを意図的に遮断していたレミリオは、自分の心情を包むような言葉を投げてくるルミナスに、感謝と僅かな恐怖を覚える。
『ありがとう』
レミリオは、敢えて感情の9割をルミナスへ伝えた。
『それじゃあ――、師団団長3名には、魔人の討伐に当たってもらう。混成部隊の指揮は僕がとるよ』
『了解。レミリオ、よろしくね!』
レミリオから全体へ、作戦の全容が伝えられる。
魔人が出てきた以上、被害を抑えるため、ここからは短期決戦だ。
3つの部隊は少しずつ、溶け合うように、その境界を曖昧にしていく。
その隙間を縫うようにして、ルミナスは前へと駆けだしていった。
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集合場所は、ルイダが初撃で生み出した巨大な土壁の裏。
そこで、当のルイダはルミナスを見るや否や、抱き着いて(嘘)泣きをかましていた。
「お姉ぇさま~。わたし~。とーっても怖かったですぅ~」
「ルイダ。ちゃんと部隊の皆さんを守ったのですね。えらいです」
ルミナスに頭を撫でられて、彼女に見えないところでだらしなく口元が緩むのをエヴァンはハッキリと見た。
「まぁ、そんくらいにしてよ。さっさと魔人のヤローぶっ倒しに行こうぜ」
「な!エヴァンのくせに仕切ってんじゃないわよ!誰があんたの言うことなんか――」
「そうですね。参りましょう」
「お姉ぇさまの言う通りです!さっさと魔人をぶっ倒しましょう!」
それは俺が言ったことだ、という抗議は無意味だと悟ったエヴァンは、土壁から顔を出して戦場の先を見通す。
「――いたぜ。“戦車”の魔人」
黒い波をかき分けるようにして、無骨な兜を被った骸骨が近づいてくる。
骸骨は巨大な車輪が二つ付いた、古ぼけた椅子に腰を下ろしていた。
屋根もない、貧相な馬車を引くのは不定形な2匹の獣。
まるで炎が狼を形どったような異形が、道中にいる魔物を踏みつぶしながら進んでくる。
「デカいな、あの狼」
「おそらく、あれも魔人の魔法で作られたものでしょう。騎乗動物並みの大きさは厄介です」
「お姉ぇさま。あの骸骨の魔力。半端なく高いです……。もし後ろの混成部隊に魔法が向かったら――」
言いかけたルイダの口を、ルミナスは人差し指で軽く塞ぐ。
「そうならないために、私たちであいつを止めます。攻撃の手を緩めず、戦いましょう」
ドクン、ドクンーー
ルイダの鼓動は、ルミナスの声が聞こえてこないほど激しく高鳴った。
(あぁ、お姉ぇさまいい匂いしますぅ……。お姉ぇさまお姉ぇさまお姉ぇさ――)
ギュンッ!と、うつむき加減だった顔を勢いよく上げて、ルイダは叫ぶ。
「はいっ!やっぱりお姉ぇさまは素敵です!ルイダ、やっちゃいますよぉぉぉぉぉ!」
ハイになったルイダが一目散に土壁から飛び出していく。
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「!? ルイダ!あの馬鹿、勝手に飛び出しやがってぇ」
エヴァンは風魔法で両踵と両肘から突風を吹き出す。
0秒加速でエヴァンはルイダを一瞬で追い抜き、大剣を構えた。
「ルイダ!先走んじゃねぇ!俺の後ろで戦え!」
「へーんだ!巻き込まれないように精々気を付けることねっ!!」
言い争う二人の突進を受けて、すかさず2頭の狼が手綱を捨てて向かってくる。
エヴァンは自分に向かって開かれた狼の口へ大剣を横薙ぎに押し当てその勢いを殺す。
その横で、もう1頭がルイダに向かっていくのを確認した。
「行かせねぇよっ!」
エヴァンは土魔法で即席の土の鞭を生成すると、それを思いっきり振り上げ、狼の顔面へ直撃させた。
土の鞭は粉々に砕け、狼の勢いが止まる。
すかさず、2頭の前に躍り出たエヴァンは、後ろで片肘をついて座る魔人を一瞥する。
(魔法を使う気配がねぇ。この狼どもで終わらせるつもりかよ……)
ブワッっと、エヴァンの周りの空気が急速に熱を失っていく。
同時に広がっていくのは、――殺気。
2頭の狼は、自身に向けられた尋常ならざる殺気から注意を反らすことができない。
「俺たちを舐めやがって。かかってこいや、魔人ども――!!」




