第十七話 魔滅少女と塔の魔人⑪
城塞都市“サージブル”。
王都を守る南の防衛拠点としてのこの街は、“塔”の魔人の手に落ちた。
支配を象徴するように、街の中心に聳え立つ螺旋の塔。
主を失った今も、その塔は禍々しいオーラを纏い、その地に鎮座する。
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「――“雷装演舞・衝牙”!」
雷撃を纏ったエヴァンが放つ超速の突き。
黒鎧の魔物“ラスロース”は巨大な剣でその一撃を受け止める。
剣の衝突箇所から無数の雷撃が四散した。
(――くっそ。硬ぇ)
両腕から伝わる鈍い衝撃に、エヴァンの顔が僅かに歪む。
一瞬の、硬直。
ラスロースはエヴァンの大剣を自身の右側へ押し流した。
エヴァンは重心を崩され、大きく前へ倒れ込む。
次にエヴァンが目にしたのは、頭と胴を両断せんと迫るラスロースの凶刃。
暴風にも似た風切り音が、前かがみになるエヴァンの直上を通過した。
「ナイスだ! ルイダ!」
「いったん距離取って落ち着きなさい!」
ルイダの隣まで引いたエヴァンは、改めてラスロースへといるような視線を向ける。
ルイダが生み出したささやかな丘の上でラスロースはエヴァンたちを見下ろしていた。
「ギリギリだったわね……」
「あぁ。正直ヒヤッとしたぜ」
「オルーガカフェのパンケーキセットで手を打ってあげる」
「……単品じゃダメか?」
「ダメ」
ラスロースの大剣。
その先端から漆黒の光線が放たれた。
蛇行する光線が地面に当たるたび、巨人の足音のような地響きが階層全体を揺らす。
「――チッ。また一段とデカいもんを……」
「来るわよ、エヴァン!」
正面だけではない。
上下左右も含め、全方位から迫る光線がエヴァンとルイダに襲い掛かる。
「“清浄の加護よ。我を守れ”」
青白く明滅するドーム状の障壁が、迫る光線のすべてを弾き返し、霧散させる。
「お姉ぇ様!」
「おい、ムリすんなルミナス!」
背後から聞こえる荒い息遣いに、エヴァンとルイダが振り向かずに叫ぶ。
「ハァ、ハァ……平気です。このく……らい」
ガシャン、と白金の鎧が乱暴に擦れる音と共に、ルミナスは片膝をつく。
「ルミナス! 回復しろ。ルイダでもいい!」
「あの化け物をあんた一人で抑えきれないでしょ! お姉ぇ様。どうかご自身の回復を――」
「……いいえ。それはできないわ」
「なぜ――っ!? そう、ですわね」
猛る感情を押し殺して、ルイダはルミナスの意図を理解する。
「おい。どういうことだ!?」
「お姉ぇ様は……」
ルイダは悔しさに、下唇を噛む。
一筋の赤い液体が流れ出し、顎の先からポタリと地面に落ちた。
「お姉ぇ様は、今もこの町全体に加護の魔法を展開しています。――街の人々を、守るために」
「……自分を回復する分の魔力も使って、か」
エヴァンは、大剣を持つ両手にさらに力を込める。
ルイダが持つ樫の杖には隙間なく魔力が張り巡らされ、その照準は目の前の敵へと合わせられる。
「ルミナス! テメェのことは守ってやるから! ちゃんと生きてろよな」
「お姉ぇ様! 終わったらパンケーキセットですよ!」
「しゃーねぇな! 三回奢ってやるよ」
次なる一手を放つため、構えを取るエヴァンとルイダの後ろで。
――パリン。
まるで、グラスが割れるような音が響いた。
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――あぁ。なんて勇ましいことだろうか。
ルミナスは声を上げることもままならない己を守る、二つの盾の背中を見上げる。
先ほど放った守護の防壁が、今の自分にできる精一杯だった。
――街の守護を解けば……。
何度も振り払った、正しくも邪な考えが一瞬、頭をよぎる。
――どちらを守るべきか……考えるまでもありませんね。
無力な街の民、王国の民を守ることが、カーラー家の使命。
ルミナス=ウルス=カーラー。
カーラー家歴代随一と呼ばれる清浄魔法の使い手は、その盾を王国へと捧げている。
――それでは、盾になる私を守るのは……。
パリン、と背後で音がした。
友か、民か。
そんな矮小な二択に押し込められたルミナスを解放するような。
そんな強い音を、彼女は聞いた。
ルミナスは、音がした方を振り返る。
――あぁ。……。
ルミナスの心にも、勇ましい感情が沸き起こってくる。
――皆が自分を守ってくれるなら。
――私は、この手が届く者たち、全てを守ろう。
空間が、割れる。
トンガリ帽子を被った小柄な少女は、前よりも強い眼差しを携えて舞い戻ってきてくれた。
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「アイーシャ!」
ルミナスは声を振り絞り、割れた空間から飛び出てきた少女の名を呼ぶ。
「“塔”の魔人は――」
端的に、必要なことだけ。
しかし、これで伝わるのだと、ルミナスは確信していた。
アイーシャの右手が持ち上げられる。
真っすぐに伸ばされた手は固く閉じられ、親指だけがピンと立っていた。
ルミナスから、思わず乾いた笑いが出る。
この戦いの終焉が確定したことへの、一足早い安堵。
「ルイダ!」
地面にへばりつく無様な姿勢のまま、ルミナスは力の限り叫んだ。
「シグナル送信! 青!」
「――! 了解です! お姉ぇ様!!」
即座に、ルイダが持つ樫の杖から、鮮やかな青色の光が円形に展開された。
その光は水平方向に波紋のように広がり、塔を飛び出し、町の外まで広がっていく。
その光には、何の攻撃性能もない。
ただ、激しく光り、遠くまで届くだけだ。
――シグナル・青。
――敵将討伐。戦後掃討処理の合図である。
町の外から、勇ましい雄たけびが上がった。
街を闊歩していた魔物が、瞬く間に処理されていく。
ガチャン、と青の光に反応してか、ラスロースが丘の上で再び光線を放つ構えを見せた。
エヴァンとルイダが、その動きに合わせて左右に分かれ、ラスロースに接近する。
蛇行する光線の数は、先ほどの三倍。
しかし、もはやこの戦況において、数は意味をなさない。
「……それは、もう……“解析”した」
放たれた魔法は、消滅する。
「“大地に眠る剛の精よ、その一端を顕現せよ――ゴズローレム”!」
ラスロースの足元から、巨大な石の腕が生える。
凄まじい力で握りつぶされるラスロースの黒鎧が、音を立ててひび割れていく。
「オマケだ! 食らいやがれぇ」
手からはみ出たラスロースの喉元へ、エヴァンは豪烈な一撃を放った。
巨石の手の中で、ラスロースの鎧は粉々に砕け散る。
黒い体表に覆われた、人間を思わせる骨格が浮かび上がった。
「――あれは、悪魔!?」
「けっ、通りでやたら魔法が強ぇと思ったぜ」
巨石に掴まれながら、咆哮を上げる悪魔ラスロース。
その周囲が、幾何学的な模様を刻む、青白い魔法の壁に包まれていく。
「――! お姉ぇ様! 魔力が――」
「もう、大丈夫です」
二本の足で大地を踏みしめ、ルミナスは白金の杖をラスロースへと向けていた。
「もう、街の方は任せてもよさそうですので」
いつの間にか、塔の周囲にあった雄たけびは、勝利の歓声、勝鬨へと変わっていた。
町中に張り巡らせていた魔力が、ルミナスの体内を循環する。
自己を回復してなお、あふれ出る魔力。
人類の盾たる由縁を前に、エヴァンとルイダはこの決着をルミナスへ委ねた。
「――もう、この悲劇を終わりにします。守れなかった方の無念も、私が代わりに……」
円形の結界の中で、ラスロースは強靭な膂力をもって、巨石の拘束を解除した。
しかし、ラスロースが何度拳をぶつけようと、ルミナスの結界は揺るがない。
「“清浄の光よ。我は清廉の萌芽を希求する。悪たるものを彼方へ、善たるものを此方へと引き寄せよ”」
まるで、鎮魂歌のようなルミナスの詠唱は、眩く輝き始めた結界をもって収束する。
「“悪を滅する清廉の光よ、咲き乱れよ――プリズン・レイ”!」
結界の内部で、数千の光撃が槍となり、ラスロースの体を貫く。
断末魔を上げる間もないまま、一瞬の後、ラスロースは黒煙と化し、消えた。
静寂が、周囲を包む。
もう、ここに敵はいない。
帰路となる階段を目で探しながら、ルミナスは駆け寄ってくるルイダとエヴァンを見る。
ガシッ、とルミナスは腰のあたりに僅かな重みを感じた。
手をまわし、抱き着いてくるアイーシャを見下ろす。
「珍しいな、アイーシャ」
「……ルミナス……無事で……よかった」
顔を上げずにそう言ってくれる少女の頭を、ルミナスは優しく撫でる。
「ちょっ! アイーシャ! いくらあんたでも、それは許されないわ!」
「ルイダ! てめぇはもう少し静かに出来ねぇのか」
「うっさいわね、バカエヴァン! お姉ぇ様~、私も! 私もナデナデしてくださ~い」
「……ルイダ……うるさい」
「あんたはいつまでお姉ぇ様に抱き着いてんのよそこ代われぇ!」
ルミナスにとって、この喧騒は心地よい。
片手ずつ、ルイダとアイーシャを撫でながら、ルミナスはにこやかに告げる。
「――さぁ、帰りましょう。みんな!」




