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魔滅少女の戦場譚  作者: 阿月 結希


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第十七話 魔滅少女と塔の魔人⑪

 城塞都市“サージブル”。


 王都を守る南の防衛拠点としてのこの街は、“塔”の魔人の手に落ちた。


 支配を象徴するように、街の中心に聳え立つ螺旋の塔。


 主を失った今も、その塔は禍々しいオーラを纏い、その地に鎮座する。


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


 「――“雷装演舞・衝牙”!」


 雷撃を纏ったエヴァンが放つ超速の突き。


 黒鎧の魔物“ラスロース”は巨大な剣でその一撃を受け止める。


 剣の衝突箇所から無数の雷撃が四散した。

 

 (――くっそ。硬ぇ)


 両腕から伝わる鈍い衝撃に、エヴァンの顔が僅かに歪む。


 一瞬の、硬直。


 ラスロースはエヴァンの大剣を自身の右側へ押し流した。


 エヴァンは重心を崩され、大きく前へ倒れ込む。


 次にエヴァンが目にしたのは、頭と胴を両断せんと迫るラスロースの凶刃。


 暴風にも似た風切り音が、前かがみになるエヴァンの直上を通過した。


 「ナイスだ! ルイダ!」


 「いったん距離取って落ち着きなさい!」


 ルイダの隣まで引いたエヴァンは、改めてラスロースへといるような視線を向ける。


 ルイダが生み出したささやかな丘の上でラスロースはエヴァンたちを見下ろしていた。


 「ギリギリだったわね……」


 「あぁ。正直ヒヤッとしたぜ」


 「オルーガカフェのパンケーキセットで手を打ってあげる」


 「……単品じゃダメか?」


 「ダメ」


 ラスロースの大剣。


 その先端から漆黒の光線が放たれた。


 蛇行する光線が地面に当たるたび、巨人の足音のような地響きが階層全体を揺らす。


 「――チッ。また一段とデカいもんを……」


 「来るわよ、エヴァン!」


 正面だけではない。


 上下左右も含め、全方位から迫る光線がエヴァンとルイダに襲い掛かる。


 「“清浄の加護よ。我を守れ”」


 青白く明滅するドーム状の障壁が、迫る光線のすべてを弾き返し、霧散させる。


 「お姉ぇ様!」


 「おい、ムリすんなルミナス!」


 背後から聞こえる荒い息遣いに、エヴァンとルイダが振り向かずに叫ぶ。


 「ハァ、ハァ……平気です。このく……らい」


 ガシャン、と白金の鎧が乱暴に擦れる音と共に、ルミナスは片膝をつく。


 「ルミナス! 回復しろ。ルイダでもいい!」


 「あの化け物をあんた一人で抑えきれないでしょ! お姉ぇ様。どうかご自身の回復を――」


 「……いいえ。それはできないわ」


 「なぜ――っ!? そう、ですわね」


 猛る感情を押し殺して、ルイダはルミナスの意図を理解する。

 

 「おい。どういうことだ!?」


 「お姉ぇ様は……」


 ルイダは悔しさに、下唇を噛む。


 一筋の赤い液体が流れ出し、顎の先からポタリと地面に落ちた。


 「お姉ぇ様は、今もこの町全体に加護の魔法を展開しています。――街の人々を、守るために」


 「……自分を回復する分の魔力も使って、か」


 エヴァンは、大剣を持つ両手にさらに力を込める。


 ルイダが持つ樫の杖には隙間なく魔力が張り巡らされ、その照準は目の前の敵へと合わせられる。


 「ルミナス! テメェのことは守ってやるから! ちゃんと生きてろよな」


 「お姉ぇ様! 終わったらパンケーキセットですよ!」


 「しゃーねぇな! 三回奢ってやるよ」


 次なる一手を放つため、構えを取るエヴァンとルイダの後ろで。


 ――パリン。


 まるで、グラスが割れるような音が響いた。


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


 ――あぁ。なんて勇ましいことだろうか。


 ルミナスは声を上げることもままならない己を守る、二つの盾の背中を見上げる。


 先ほど放った守護の防壁が、今の自分にできる精一杯だった。


 ――街の守護を解けば……。


 何度も振り払った、正しくも邪な考えが一瞬、頭をよぎる。


 ――どちらを守るべきか……考えるまでもありませんね。


 無力な街の民、王国の民を守ることが、カーラー家の使命。


 ルミナス=ウルス=カーラー。


 カーラー家歴代随一と呼ばれる清浄魔法の使い手は、その盾を王国へと捧げている。


 ――それでは、盾になる私を守るのは……。

 

 パリン、と背後で音がした。


 友か、民か。


 そんな矮小な二択に押し込められたルミナスを解放するような。


 そんな強い音を、彼女は聞いた。


 ルミナスは、音がした方を振り返る。


 ――あぁ。……。


 ルミナスの心にも、勇ましい感情が沸き起こってくる。


 ――皆が自分を守ってくれるなら。


 ――私は、この手が届く者たち、全てを守ろう。


 空間が、割れる。


 トンガリ帽子を被った小柄な少女は、前よりも強い眼差しを携えて舞い戻ってきてくれた。


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


 「アイーシャ!」


 ルミナスは声を振り絞り、割れた空間から飛び出てきた少女の名を呼ぶ。


 「“塔”の魔人は――」


 端的に、必要なことだけ。


 しかし、これで伝わるのだと、ルミナスは確信していた。


 アイーシャの右手が持ち上げられる。


 真っすぐに伸ばされた手は固く閉じられ、親指だけがピンと立っていた。


 ルミナスから、思わず乾いた笑いが出る。


 この戦いの終焉が確定したことへの、一足早い安堵。


 「ルイダ!」


 地面にへばりつく無様な姿勢のまま、ルミナスは力の限り叫んだ。


 「シグナル送信! 青!」


 「――! 了解です! お姉ぇ様!!」


 即座に、ルイダが持つ樫の杖から、鮮やかな青色の光が円形に展開された。


 その光は水平方向に波紋のように広がり、塔を飛び出し、町の外まで広がっていく。

 

 その光には、何の攻撃性能もない。


 ただ、激しく光り、遠くまで届くだけだ。


 ――シグナル・青。


 ――敵将討伐。戦後掃討処理の合図である。


 町の外から、勇ましい雄たけびが上がった。


 街を闊歩していた魔物が、瞬く間に処理されていく。


 ガチャン、と青の光に反応してか、ラスロースが丘の上で再び光線を放つ構えを見せた。


 エヴァンとルイダが、その動きに合わせて左右に分かれ、ラスロースに接近する。


 蛇行する光線の数は、先ほどの三倍。


 しかし、もはやこの戦況において、数は意味をなさない。


 「……それは、もう……“解析”した」


 放たれた魔法は、消滅する。


 「“大地に眠る剛の精よ、その一端を顕現せよ――ゴズローレム”!」


 ラスロースの足元から、巨大な石の腕が生える。

 

 凄まじい力で握りつぶされるラスロースの黒鎧が、音を立ててひび割れていく。


 「オマケだ! 食らいやがれぇ」


 手からはみ出たラスロースの喉元へ、エヴァンは豪烈な一撃を放った。


 巨石の手の中で、ラスロースの鎧は粉々に砕け散る。

 

 黒い体表に覆われた、人間を思わせる骨格が浮かび上がった。


 「――あれは、悪魔!?」


 「けっ、通りでやたら魔法が強ぇと思ったぜ」


 巨石に掴まれながら、咆哮を上げる悪魔ラスロース。


 その周囲が、幾何学的な模様を刻む、青白い魔法の壁に包まれていく。


 「――! お姉ぇ様! 魔力が――」


 「もう、大丈夫です」


 二本の足で大地を踏みしめ、ルミナスは白金の杖をラスロースへと向けていた。


 「もう、街の方は任せてもよさそうですので」


 いつの間にか、塔の周囲にあった雄たけびは、勝利の歓声、勝鬨へと変わっていた。


 町中に張り巡らせていた魔力が、ルミナスの体内を循環する。


 自己を回復してなお、あふれ出る魔力。


 人類の盾たる由縁を前に、エヴァンとルイダはこの決着をルミナスへ委ねた。


 「――もう、この悲劇を終わりにします。守れなかった方の無念も、私が代わりに……」


 円形の結界の中で、ラスロースは強靭な膂力をもって、巨石の拘束を解除した。


 しかし、ラスロースが何度拳をぶつけようと、ルミナスの結界は揺るがない。


 「“清浄の光よ。我は清廉の萌芽を希求する。悪たるものを彼方へ、善たるものを此方へと引き寄せよ”」


 まるで、鎮魂歌のようなルミナスの詠唱は、眩く輝き始めた結界をもって収束する。


 「“悪を滅する清廉の光よ、咲き乱れよ――プリズン・レイ”!」


 結界の内部で、数千の光撃が槍となり、ラスロースの体を貫く。


 断末魔を上げる間もないまま、一瞬の後、ラスロースは黒煙と化し、消えた。


 静寂が、周囲を包む。

 

 もう、ここに敵はいない。


 帰路となる階段を目で探しながら、ルミナスは駆け寄ってくるルイダとエヴァンを見る。


 ガシッ、とルミナスは腰のあたりに僅かな重みを感じた。


 手をまわし、抱き着いてくるアイーシャを見下ろす。


 「珍しいな、アイーシャ」


 「……ルミナス……無事で……よかった」


 顔を上げずにそう言ってくれる少女の頭を、ルミナスは優しく撫でる。


 「ちょっ! アイーシャ! いくらあんたでも、それは許されないわ!」


 「ルイダ! てめぇはもう少し静かに出来ねぇのか」


 「うっさいわね、バカエヴァン! お姉ぇ様~、私も! 私もナデナデしてくださ~い」


 「……ルイダ……うるさい」


 「あんたはいつまでお姉ぇ様に抱き着いてんのよそこ代われぇ!」


 ルミナスにとって、この喧騒は心地よい。


 片手ずつ、ルイダとアイーシャを撫でながら、ルミナスはにこやかに告げる。


 「――さぁ、帰りましょう。みんな!」

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