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魔滅少女の戦場譚  作者: 阿月 結希


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第十五話 魔滅少女と“塔”の魔人⑨

 ミノタウロスとの死闘を、エヴァンが制した。


 その事実は、第四階層の面々に確かな希望を与える。


 「エヴァンのくせに、生意気! 私も負けないんだからっ!」


 ルイダが対峙するのは、デュラハンとアラクネのキメラ。


 業火の魔法を敵正面に向けることで、ルイダはアラクネの侵攻を防いでいた。

 

 「おーおー。威勢がいいこった、ルイダ先生は」


 「――っ! 黙りなさいよね!」


 「……ルイダ……足止めはいい……倒しちゃって」


 ギャーギャーと言い争うルイダとエヴァンを気にも留めず、アイーシャは言う。


 「――へ? 倒すって、どうやって……。私の火魔法、ダメージ通らないんだけど」


 なぜ今、自分の魔法で足止めできているのかも理解できないルイダは素っ頓狂な声を出す。


 「……アラクネは……一定以上の魔力を含んだ火に……極端に弱い……から」


 記憶の片隅にある書物の断片を、アイーシャは紡ぐ。


 「……最上級の……火魔法をぶつけるべき」


 アイーシャの言葉に、ルイダの口が楽し気に横に裂ける。


 「オッケー。今までの分、きっちり返してやるわよ。エヴァン! ちょっとよろしく!」


 ルイダの横をすり抜け、エヴァンが魔物へと肉薄する。


 排出された蜘蛛の糸は、地表に残る火魔法の熱気でその粘性を極端に失った。


 二撃、三撃――。


 エヴァンとデュラハンの剣線が空中で交わるたび、重く、高い音が階層全体へ響く。


 「“根源を冠する悠久の精よ。我が声を聞き、我が声に応えよ――”」


 ルイダの周囲に、薄絹のヴェールのような幕が降ろされる。


 魔力がルイダを包み込み、外界と隔絶した空気がその内側を悠然と流れる。


 「“業火・灼火・焔焔・猛火――気炎万丈なる其の手を、今我に差し出せ――”」


 ルイダの姿が、揺らぐ。


 急激に高まり、立ち上る熱。


 ルイダはその熱を意に返すことなく、樫の杖を魔物へと向けた。


 その先端から、三つの魔法陣が杖に沿うように重なる。


 「“顕現せよ。劫火王――イーフルリーデン”!」


 放たれたのは、火炎の濁流。


 不規則に蛇行しながら、その炎は次第に長大な龍の姿を模す。


 「……スゴイ……ルイダ」


 炎龍の顎が、魔物へと食らいつく。


 僅かな抵抗も叶わず、魔物の姿は眩い赤の中に飲み込まれ、消滅した。


 「アイーシャ……」


 不意に名前を呼ばれ、アイーシャは目の前の天才魔法使いを見上げる。


 「――どんなもんだいっ!」


 汗まみれの顔で振り返った少女は、二本の指を立てて満足げに笑っていた。


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


 「“リザラーク”」


 ルイダの治癒魔法が彼女含め、四人の負傷を癒した。


 浅く、不規則だったルミナスの呼吸が、深く、一定のリズムを刻む。


 「お姉ぇ様! 大丈夫ですか!?」


 「ええ。ありがとう、ルイダ。もう大丈夫よ」


 傷が癒えても、体力の消耗は著しい。


 それでも、ルミナスは微笑み、ルイダの頬へ手を伸ばした。


 「ああ。良かったですぅ! お姉ぇ様ぁぁ!」


 ルイダは伸ばされた手を両手で強く握り、大粒の涙を流す。


 「そんなことより――」


 「エヴァン! 私とお姉ぇ様さまとの語らいを、そんなことって――!」


 喚くルイダを無視して、エヴァンは上空を指さす。


 「あれは、そのままでいいのか?」


 指の先では、ハーピィの翼が生えたオークが、ルミナスお手製の魔法兵と相変わらず戦っていた。


 「……ああしていれば……あいつはこっちに来ない」


 「何でだ? 俺たちの方が脅威だろ」


 「……関係ないの。……オークには」


 モジモジ、無意識に手を動かしながら、アイーシャは淡々と述べる。


 「……オークは、本能が強すぎて……向かってくる敵を無視できない」


 「ほーん。なるほどなぁ。そんじゃ、ちっと休もうぜ。流石に限界だ」


 「――む。エヴァンにしては、いいこと言うじゃない」


 「たまには素直に褒めろよな」


 弛緩した空気が漂う。


 戦場における、一時の空白。


 ――しかし、その空白はあまりにも微細な白。


 ボタッ。


 円形に座る四人の中央へ、落ちる何か。


 それは、乱暴に引きちぎられたらしい、ハーピィの翼。


 ボタッ、ボタボタッ、ボタボタボターー。


 先ほどまで上空で戦っていたオークが、幾つものパーツに裁断され、四人の前に小高い肉山を作る。


 「――ひっ!」


 声にならない悲鳴をルイダが上げる。


 「皆! 逃げろぉぉぉ!」


 突如降り注いだ異常に、真っ先に反応したエヴァンは、隣に座るアイーシャを抱えてフロアの外縁へと退く。


 エヴァンが目を走らせると、ルイダとルミナスも同様に、中央の肉山から遠ざかるように動いていた。


 (――な、何が起きた!)


 混乱するエヴァンの目に、中央の肉山に浮かんだ黒点が入る。


 その点は徐々に大きくなり、やがてその影を覆い隠した存在は、オークの残骸を荒々しく踏みつぶした。


 赤黒い肉片が、周囲に飛び散る。


 初めに目に入るのは、巨大な黒い大剣。


 それを背負うのは、全身を黒鉄の鎧で固めた長身の者。


 赤く光るその双眸は、それが人ならざる者であることを示していた。


 「お姉ぇ様! こいつは一体――」


 「わからないわ! 警戒して、ルイダ!」


 杖を構えるルイダとルミナスの耳に、低く、苛立ちを露わにする声が届く。


 「まったく――。せっかく相性を考えてマッチアップさせたのに……。所詮、家畜は家畜、か」


 ゆっくりと。


 何の警戒もせずに。


 “塔”の魔人は黒鎧の魔物の隣へ降り立った。


 「……まぁ、君たちの力を侮った僕も悪かったけどさぁ」


 俯いていた顔を上げ、魔人は四人をその双眸に収める。


 「キメラは僕の最新研究だよ!? 簡単に潰されちゃ困るの。分かる!?」


 “塔”の魔人は、大仰な手ぶりを交えながら激昂する。


 「――ということで、ここで君たちにはゲームオーバーになってもらうよ」


 黒鎧の魔物が、エヴァンへ大剣を向けて突っ込む。


 エヴァンと魔物の剣が衝突し、生じた衝撃は周囲の土を巻き上げる。


 (……こいつ、わざと剣を狙って……)


 エヴァンが気づいた時には既に、その体が大剣ごと僅かに持ち上げられていた。


 グウォン、と凄まじい魔物の膂力で、エヴァンの体はルミナスたちの足元まで飛ばされる。


 「……エヴァン!」


 「おっと――」


 引き離されたエヴァンに向かい、手を伸ばすアイーシャの肩を、“塔”の魔人の手が掴んだ。


 「君とはお話したいから、僕と一緒に来て」


 空間が、裂ける。


 先に何があるのか。黒い靄ががかる状態では、窺い知ることはできない。


 「――! アイーシャ!!」


 アイーシャの元へ駆けだす三人の前に、黒鎧の魔物が立ち塞がった。

 

 「じゃあ、あとはよろしくね。“ラスロース”」


 黒鎧に告げた“塔”の魔人は、アイーシャの手を引き、虚空の割れ目へと消える。


 最後まで残されたアイーシャの手。


 それは、硬く握られ、親指だけが意図的に立てられた。


 その一瞬の変化を、三人は見逃さない。


 僅かに震えるその右手は、しかし、確かな意思を残し、割れ目の向こうへと消えていった。


 ――……大丈夫。

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