第十三話 魔滅少女と“塔”の魔人⑦
柔らかな薄い青色のカーテンの隙間から、淡い陽光が入り込んでくる。
窓のそばに置かれたベッドの上に、年端もいかぬ少女と妙齢の女性が並んで座っている。
「どうして、私はみんなと遊んじゃダメなの?」
少女は悲し気な瞳を、女性に向けた。
少女の髪を優しく撫でながら、その女性は諭すように答える。
「それはね、あなたが他人と違う、とっても不思議な力があるからよ」
「……でも、私もみんなと遊びたい」
少女の無垢な願いを叶えられない無力感が、女性の体を蝕んでいく。
――この子が外に出れば、嫌悪と迫害の渦に飲み込まれることは明らかだった。
「外で遊べない代わりに、これあげる」
女性は少女を宥めるように、一冊の本を手渡す。
「これ、なぁに?」
「んー。旅人が描いた冒険のお話、かな。次に会えた時、書かれていることを覚えてたら、ご褒美あげるね」
「――ご褒美! なにくれるの?」
女性は口元に立てた人差し指を添える。
「それは、その時までの秘密。頑張って読むんだよ」
少女は、手渡された手作りの本を眺める。
ページをめくると、デフォルメされた魔物の絵と、戦闘時の対処法が平易な言葉と満載のイラストで記載されていた。
「――ちょっと、怖そう」
「大丈夫大丈夫!」
女性はそう言って、少女の頭をワシワシと撫でる。
「いつか、きっと役に立つ時が来るから。頑張って覚えるのよ、アイーシャ」
幼いアイーシャは、元気に頷く。
そうして、その女性は、またね、と言い残して去っていった。
――その後、アイーシャが、その“ご褒美”を得ることはなかった。
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三体の合成魔物が縦横無尽に暴れまわる第四階層。
高い天井に迫る上空で、ルイダはハーピィの翼をもつオークと対峙する。
「“エアロスレイ”!」
ルイダの詠唱と同時に、風の刃がオークへと直線的に飛ぶ。
棍棒による横薙ぎの一撃。
たった一つの行動で、ルイダの刃は容易く掻き消えた。
オークは、急速にルイダとの距離を詰める。
(回避を――)
ガクン、とルイダの視界が一瞬、大きく右へ沈む。
満身創痍の体を無理やりに立て直した視界の先で、振り下ろさせれる棍棒を認めた。
(――! ヤバーー)
ガンッ、と振り下ろされた棍棒が、ルイダが放つ風魔法の障壁に激突する。
その衝撃のまま、ルイダの小柄な体は地面へと急速に落下していった。
「くそっ! 馬鹿力め……」
小さくなるオークの影を睨みながら、ルイダは空中で体勢を立て直し、水平に移動する。
地上を見ると、エヴァンがデュラハンの一撃で大きく体勢を崩していた。
追撃の一刃が、エヴァンの首元へ襲い掛かる。
「エヴァン!」
ルイダは最速の雷魔法をデュラハンへ向けて放ち、その動きを一瞬止めた。
「“豪嵐の槌”!」
エヴァンが放った横薙ぎの一閃は、デュラハンの胴体へぶつかると、その体を大きく後ろへ吹き飛ばす。
「ルイダ! こっちはいい! 無駄に魔力使うな」
「何よ! ピンチを助けてあげたんじゃない! お礼の一つもないわけ!?」
悪態をつきながら、ルイダはエヴァンの隣に降り立つ。
互いの武器が干渉しないよう、二人は背中合わせに構えを取った。
「――さて、どうするか。何か妙案は? ルイダ先生」
「あったらとっくにやってるわよバカエヴァン」
「ですよね~」
ドンッ、と。
突然、エヴァンの背中に何かがぶつかった。
足元に転がったそれを見て、エヴァンの表情が強張る。
「アイーシャ! おい、大丈夫か!」
アイーシャは頭から血を流してエヴァンの足にもたれかかっていた。
「……大……丈夫。……それより、ルミナスが……」
「――! お姉ぇ様!」
ルイダの視線の先で、ルミナスの頭部がミノタウロスによって鷲掴みにされていた。
――握りつぶされていないのは、僅かに張られた魔法のおかげか。
力任せで暴力的な動作で、ルミナスの体がエヴァンたち目掛けて投げ込まれる。
「エヴァン!」
「分かってる!」
ルイダの風魔法を緩衝材にして、多少勢いを殺されたルミナスの体を、エヴァンは受け止めた。
「ル、ルミナス……」
「お姉ぇ様! しっかりしてください」
ルミナスの体には、何度も激しく打ち付けられたように無数の痣があった。
純白だった鎧は所々が血で汚れ、斑の装飾へと変貌している。
呼吸は浅く、ひどく不規則。
エヴァンの中で、何かが爆発的に燃え上がる。
「――ざけんじゃねぇぞ、クソ魔物ども……」
ユラッ、と立ち上がるエヴァンの手を、アイーシャが掴む。
「……待って」
「離せアイーシャ。俺が叩き斬ってやるよ」
「……多分……無理。エヴァン……突っ込んだら……死んじゃう」
「あぁ!?」
エヴァンはアイーシャの眼前へ顔を近づける。
「誰に言ってんのか分かってんのか、アイーシャ!」
「……分かっている。……でも、エヴァンはあのデュラハンには勝てない」
凄みにも負けず、アイーシャは今まさに起き上がろうとしているデュラハンを指さす。
そして次に、反対側にいるミノタウロスに指を向けた。
「……エヴァンは、あっちの奴には……勝てる」
「お前、何を言って――」
「……エヴァン。……ルイダ」
アイーシャはエヴァンとルイダを見る。
「……私を、信じて……ほしい」
懇願と、覚悟を灯した瞳が、エヴァンとルイダを映す。
しかし、その瞳は小刻みに揺れていた。
自らの意志を貫くことによる恐怖。
それは、エヴァンとルイダにも経験がある、一般的で、打ち勝つことが難しい恐怖。
アイーシャのその瞳は、二人の感情を突き動かした。
覚悟を決めたように、二人はしっかりと頷く。
ポンッ、とアイーシャは横になるルミナスの肩に手を添える。
「……ごめん、ルミナス。……もう少しだけ、頑張って」
アイーシャの言葉に、ルミナスは微笑み、小さく頷いた。




