第十一話 魔滅少女と“塔”の魔人⑤
“塔”の魔人が生成した螺旋の内部には、何の装飾もない空間が広がっていた。
「――おいおい。何だここ」
魔物の姿が一体も見えないにもかかわらず、アイーシャたちは警戒心を強める。
『――ウフフフ。ようこそ、僕のダンジョンへ』
「“塔”の魔人!」
「どこよ! 姿を見せなさい!」
エヴァンとルイダは、背中合わせに大剣と杖を構える。
『そんなにせっつかないでよ。今から楽しいゲームをするんだから』
「……ゲームって、何」
『お。そこのトンガリ帽子ちゃんは興味津々だね!』
アイーシャの発言がよほど嬉しかったのか、魔人はワントーン声が高くなる。
「……別に……興味はない……」
「とにかく、ゲームってことは、勝ち筋がある可能性があるわ。まずは奴の話を聞きましょう」
「けっ! どうせバランス崩壊レベルのクソゲー仕様だろうぜ」
アイーシャの抗議は、ルミナスの提案とエヴァンの挑発にかき消された。
『ひどいなー。頑張れば勝てる可能性はあるよ。ルールは簡単――』
部屋全体の明かりが暗くなる。
光が差すのは、アイーシャ達から対角線にある、上階へと続く階段。
『僕は各フロアに、魔物を配置している。それを倒せたら塔を一つ登れる。僕は十階で待ってるよ』
そこまで話すと、“塔”の魔人は数秒の間を空ける。
『――簡単だろ?』
低く、挑発的な声が四人の耳を貫いた。
次の瞬間、フロアの光量が戻り、アイーシャ達の目の前に、大量の魔物が出現する。
「――! おい。一体じゃねぇのかよ」
「早速、先手打たれたしっ!」
不意に立たされた劣勢の状況に、エヴァンとルイダは慌てて武器を構える。
「みんな、隊列をしっかり!」
エヴァンを先頭に、中央のアイーシャを取り囲むように陣を取る。
「みんな! 無理して飛ばしすぎないようにね!」
「はい! ルミナス姉ぇ様」
先陣を切って突撃したオークの腹部を、エヴァンの大剣が貫く。
黒煙と消えるオークを皮切りに、魔物たちが押しつぶさん勢いで迫る。
『――フフフ。ゲームスタート』
奮闘するアイーシャらの表情を見ながら、“塔”の魔人は最上階のソファに深く沈み込む。
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第一階層のフロアで繰り広げられる乱戦は、その過激さを加速度的に増していく。
「――“疾風走破”!」
風魔法による爆発的な加速を伴いながら、エヴァンは進路上の魔物を高速で切り刻む。
推進力が弱まる頃合いを見計らうように、襲い掛かる魔物たちに向かい、放たれるのは豪炎と閃光。
エヴァンを中心に、左右へ分断された魔物たちは、一瞬にして煙へと帰す。
激しい息遣いの中、エヴァンは未だ群がる軍勢に強く舌打ちをした。
「こいつら、あと何匹いんだよっ!」
「エヴァン、落ち着いて! 先行しすぎないように!」
ルミナスの言葉で、エヴァンは後退する。
「全っ然、キリがないわ! お姉ぇ様。ここは私が――」
「待って、ルイダ。魔力の残量が……」
「それなら、大丈夫ですわ」
ルイダは白薔薇のブローチに軽く触れる。
「この魔装具、魔力を底上げしてくれてますもの」
一瞬の思考。
ルミナスの脳裏には、自分をここに導いた女王の笑みと、王都の街並みが浮かぶ。
ゆっくりと頷き、ルミナスはルイダへ告げる。
「――わかった。多少荒っぽくてもいい。やって」
「はいっ! お姉ぇ様!」
ルイダは樫の杖を天へ向ける。
「“天球の水霊よ。我が呼び声に応え、道塞ぐものを退けよ――マルヒュドラ”」
「“清浄の光よ、わが身を守り給え”」
ルイダの詠唱に合わせ、ルミナスが防御魔法を展開する。
樫の杖の先端から、紫の魔力が上空へと放たれた。
――雨が、降る。
――触れたものを、溶かし、侵す、猛毒の雨が。
魔物たちの阿鼻叫喚が、フロア全体に反響した。
広いフロアの至る所で、魔物たちは黒煙となって、消滅する。
「今のうちに、階段まで走るわよ!」
エヴァンを先頭に、彼らは一直線に苦しむ魔物の間隙を縫い、駆ける。
殿のアイーシャが螺旋階段の一段目に足をかけた瞬間。
「ぐおぉぉぉぉ!」
すぐ背後で、溶けかけたオークが朽ちかけの刃を振りかぶった。
「――! アイーシャ!」
ザンッ、とオークの腕があらぬ方向へと飛んでいく。
螺旋階段を駆けていたエヴァンが、手すりを飛び越え、落下と同時にオークの腕を両断した。
「おい! しっかりしろ!」
「アイーシャ。大丈夫?」
「……っ!」
アイーシャの腕をつかみ、エヴァンは強引に腰が抜けている彼女を立たせる。
焦りが出ているのか、掴む腕には必要以上に力が入っていた。
「ほら! 呆けてねぇでさっさと行くぞ」
「……うん……」
エヴァンからアイーシャを受け取り、支えるようにルイダは彼女と並走し、上階へ急ぐ。
(……わたし、何もできない……)
俯き、唇をかみしめるアイーシャを、エヴァン、ルイダ、ルミナスは心配そうに見つめる。
「――大丈夫」
ルミナスはアイーシャの肩にそっと触れる。
「あなたがいないと、私たちはここを抜けられないわ」
返答ができないアイーシャを、彼らは微笑みで励ました。




