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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第10章 消えない記憶と二人の葛藤(2月/3月)

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第99話 どうしようもなく愛おしい痛み

 カケルが難しそうな顔をしながら、私の隣を歩く。

 二人の家が並んだ道路。カケルの大きな背中。


「……俺、……陽菜のこと、大事にしたいって気持ちは本当だから」


 その一言残して、家の中に走り去ってしまった。

 その光景を、私はただ呆然と見つめることしかできなかった。


 カケルの、あの辛そうな顔が目に焼き付いて離れない。



 私の心の傷は、まだ癒えていなかった。


 そして、その傷が、カケルを拒絶し、カケルをも苦しめてしまった。

 そのどうしようもない事実が、私の胸をさらに締め付けた。





 次の日の放課後。


 部活が終わった後、私は、舞と一緒に帰り道を歩いていた。


 いつもなら陸上部のカケルを待って一緒に帰るのに、今日はカケルと一緒に帰ることができなかった。

 どうしたらいいんだろう。一人で、悩んで悩んでどうしようもなくなって。

 俯いたまま、とぼとぼと歩く私の隣で、舞が、不意に立ち止まった。


「……陽菜」

「……え?」

「昨日、桜井くんと、何かあったでしょ」


 その的確な一言に、私は、びくりと肩を震わせた。舞には、何も隠せない。


「顔に書いてあるわよ。『世界が終わった』みたいな顔、してるじゃない」

「……そんな、ひどい顔、してるかな」

「してる。……で? 何があったのよ。クリスマスの日、恋人同士になってキスしたんでしょ?」


 舞のストレートな質問に、私は、こくりと小さく頷いた。

 そして、堪えていた涙が溢れ出した。


「……舞……」

「ちょ、陽菜!? なんで、泣いてんのよ!」


 舞は慌てて、私の背中をさすってくれる。

 私たちは、近くの公園のベンチに腰を下ろした。


 そして、私は、バレンタインデーの出来事を、ぽつりぽつりと話し始めた。


 彼がキスをしてくれた後、私を、ゆっくりベッドに押し倒したこと。

 私の身体が、勝手に怖がってしまい、涙が止まらなくなってしまったこと。

 彼が、そんな私を優しく抱きしめてくれたこと。『ゆっくり、行こうぜ』と、言ってくれたこと。

 そして、その日から、彼が何か思い悩んでいるように感じること。


 私の拙い話を、舞は黙って最後まで聞いてくれた。 そして、すべてを話し終えた私に、深いため息をついた。


「……なるほどね。……そりゃ、悩むわ」

「……私、どうしたらいいのかな。……カケルに、嫌われちゃったかな」

「はぁ!? なんで、そうなるのよ!」


 舞は呆れたように、私の頭を、ぽんと軽く叩いた。


「逆でしょ、逆! それは、桜井くんが、陽菜のこと、死ぬほど大事に想ってるって証拠じゃない!」

「……え?」

「だって、考えてもみなさいよ。普通の男子高校生よ? 彼女と二人きりの部屋で、いい雰囲気になって。……その先に進みたいって思うのは、当たり前でしょ」


 舞の、そのあまりにも直接的な言葉に、私の顔がカッと熱くなる。


「……でも、彼はそれを強要しなかった。やめてくれたんでしょ? ……陽菜の心の傷を、ちゃんと理解して、陽菜のペースを尊重しようとしてくれてる。……そんな、誠実な男、どこ探したって、なかなかいないわよ」

「……うん……」

「……だから、陽菜は、何にも心配することないの。……ただ、一つだけ問題があるとすれば……」


 舞は、そこで一度、言葉を切った。

 そして、真剣な目で私を見つめてくる。


「……陽菜自身の気持ちよ」

「……私の、気持ち?」

「そう。……陽菜は、どうしたいの? 桜井くんと、その先に進みたいって思う?」


 その問いに。私は、即答できなかった。

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 体育倉庫でのあの恐怖。

 でもカケルとの、あの温かいキス。

 その二つの、相反する感情が、私の中でせめぎ合っていた。


「……わかんない……。……怖い、けど……。……でも、カケルと、もっと触れ合いたいって思う気持ちも、本当なの……」


 私が、涙声でそう言うと。

 舞は「そっか」と、優しく頷いた。

 そして少しだけ、声を潜めて言った。


「……あのね、陽菜。……これは、あんまり大きな声じゃ言えないんだけどさ」

「……うん」

「……私と翔平が、……もう、その……最後までしてるの知ってるよね?」


 その衝撃的な告白に。 私の思考は、完全にフリーズした。


「……え、え、ええええええっ!?」


 私の素っ頓狂な声が、夕暮れの公園に響き渡った。


「ちょ、声大きいって!」


 舞は、顔を真っ赤にして、私の口を慌てて手で塞いだ。


「文化祭のときに、翔平君が、衣装使ってしたいって言ってたから、もしかして、そういう経験あるのかなとは思ってたけど……」

「ああ、そんな馬鹿なこと言ってたよね……」


「え、えっと、い、いつしたの……?」

「……夏休み、かな……」


「そ、そんな前だったんだ……! 知らなかった……!」

「当たり前でしょ! こんなこと、ベラベラ、人に話すことじゃないんだから!」


 舞は、そう言いながらも、その顔は、少しだけ照れているようだった。


「……ど、どうだった、の……?」


 私が、おそるおる、そう尋ねると。 舞は少しだけ遠い目をした。


「……んー、……最初は、正直怖かったよ。……痛かったし。……これで、よかったのかなって不安にもなった」

「……うん」

「でもね」


 舞は、花が咲いたように笑った。


「……最高に、幸せだった。……好きな人と、心だけじゃなくて、身体も一つになるってこういうことなんだなって。……翔平の全部が、私の中に入ってきて。私も翔平の全部を受け止めてる、みたいな。……うまく言えないけど。……世界で一番安心できる場所だった」


 その、あまりにも温かくて優しい言葉に。

 私は、ただ息を呑むことしかできなかった。

 

 怖いだけじゃないんだ。

 痛いだけじゃないんだ。

 その先には、そんな温かい世界が広がっているんだ。

 その舞の言葉は、私の固く閉ざされていた心を、少しだけこじ開けてくれた気がした。



 その夜。 私は、自分の部屋のベッドの中で、なかなか寝付けずにいた。

 舞の言葉が頭から離れない。


『世界で一番安心できる場所』


 カケルと私が。そんな関係になれたら。

 彼のすべてを、私が受け止めて。

 私のすべてを、彼が満たしてくれる。


 想像しただけで、身体の芯がじんと熱くなる。

 私は、そっと自分の身体に触れてみた。


 この身体を、また、彼が求めてくれる日が来るのだろうか。

 その時、私は、ちゃんと笑顔で、彼を受け入れることができるだろうか。



 怖い。


 でもそれ以上に。

 

 彼と、もっと深く繋がりたい。

 そう思っている自分も確かにいた。


 私は、枕に顔を埋めた。

 顔が熱い。 胸がドキドキして痛い。


 でも、それは嫌な痛みじゃなかった。


 甘くて苦しくて、そして、どうしようもなく愛おしい痛みだった。


 

 

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