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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第9章 新しい年のはじまり(1月)
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第96話 小さな神様のいたずら

「……ふふん。ミッションコンプリートってとこかしらね」


 俺、桜井さくらいわたるは、電話の向こうで得意げに言う日高ひだか莉子りこの声に、やれやれと肩をすくめた。

 時刻は元日の昼下がり。俺たちの兄と姉は、今頃、二人きりの初詣デートの真っ最中のはずだ。


「まあな。とりあえず、第一関門は突破だろ」

『第一関門ですって? とんでもない! これは最終決戦への、大きな大きな一歩なのよ!』

「はいはい。で? 俺は、これからゲームのイベントで忙しいんだけど。軍師様は、何かご用件で?」

『……バカね、航くん。……私たちの仕事は、まだ終わってないじゃない』


電話の向こうで、莉子が呆れたように、ため息をついた。


『あの二人がちゃんとやってるか、最後まで見届けるのが、私たちの務めでしょ? ……これから私も神社に行くから。航くんも来なさい』

「はぁ!? なんでだよ!」

『これは命令よ、隊長! 一緒に初詣いくのよ!』


 一方的にそう告げると、電話はぷつりと切れた。

 ちくしょう。莉子は言い出したら聞かないから仕方ない。


 俺は、深いため息をつくと、重い腰を上げてコートを羽織った。

 まあいいか。 あの二人の初々しい初詣デートを、特等席で観察できるなら悪くないよな。





 神社は、まだ大勢の参拝客で、ごった返していた。

 俺は、神社の境内に入る手前の人混みの中から莉子の姿を見つけ出す。


 あいつ、今日、やけにお洒落してやがる。

 白いふわふわのコートにチェックのスカート。

 髪も、いつもより綺麗に巻かれている。


「……遅いじゃない、航くん」


 莉子は、俺の顔を見るなり、ぷんすかと頬を膨らせた。


「うるせぇな。……で? 兄貴たちはどこだよ」

「さあね。……でも、大丈夫よ。私の、お姉ちゃんレーダーが、二人の甘ったるいオーラを感知してるわ」


 莉子はそう言って自信満々に胸を張った。

 俺たちは、人混みをかき分け、境内を進んでいく。参道の両脇には屋台がずらりと並び、香ばしい匂いが俺たちの鼻をくすぐった。


「うわ、見て航くん! 射的よ、射的!」

「……子供かよ」

「いいじゃない! ちょっと、やっていきましょうよ!」


 莉子は、俺の腕をぐいと引っ張り、射的の屋台へと向かう。まあ、たまにはいいか。


「お、いいねぇ、お嬢ちゃん! やってみるかい?」

「はい! おじさん。これ全部倒したら、あそこの一番大きいぬいぐるみくれる?」

「おぉ威勢がいいねぇ! いいぜ、やってみな!」


 莉子は、意気揚々とコルク銃を構えた。だが、結果は、惨憺たるものだった。三発撃って当たったのは、たったの一発。それも一番手前の小さな駄菓子にかすっただけ。


「むぅ……! 難しいわね、これ……!」


 悔しそうに唇を尖らせる莉子。俺は、そんな彼女を見て、深いため息をついた。


「……しょーがねぇな。貸してみろ」


 俺は、莉子から銃を受け取ると、慣れた手つきで構えた。

 狙うは、一番奥の一番大きなクマのぬいぐるみ。息を止める。引き金に指をかける。 そして。


 ――パンッ! パンッ! パンッ!


 乾いた音が、三回、響き渡った。

 クマのぬいぐるみは、見事に台から転がり落ちていた。


「「「おおおおおっ!」」」


 周りで見ていた他の客たちから、歓声が上がる。

 屋台のおじさんは、口をあんぐりと開けて固まっていた。


「……う、そでしょ……」


 隣で莉子が、呆然と呟いている。

 俺は、そんな彼女に、得意げに笑いかけてやった。


「まあ、こんなもんだろ。ゲームと、一緒だよ」





(……な、なに、今の……)


 私の頭の中は、少しだけ混乱していた。


 航くんの、銃を構えた時の真剣な横顔。 的を射抜く鋭い眼差し。

 そして、ぬいぐるみを落とした後の、あの少しだけ意地悪な、でもいつもとは違うカッコいい笑顔。


 心臓がドキドキして治まらない。顔が熱い。なんなのよ、これ。


 いつもの生意気でゲームばっかりやってる、ただの幼馴染のはずなのに。

 なんで、こんなに、ドキドキしてるのよ……。


「ほらよ。欲しかったんだろ」


 航くんが、ぶっきらぼうに、クマのぬいぐるみを差し出してきた。


「……え?」

「いらねぇのかよ」

「べ、別に、航くんに取ってもらったからって、嬉しいわけじゃないんだからね! 私が欲しかっただけなんだから!」


 私は、慌ててそう言って、彼の手から大きなぬいぐるみをひったくった。

 ふわふわで温かい。


 私は照れ隠しに、そのぬいぐるみに、ぎゅっと顔をうずめた。

 その瞬間、ふわりと彼の匂いがした。

 いつも隣にいる彼の、少しだけ甘いヘアワックスの匂い。

 私の心臓のドキドキは、もう限界だった。





 俺たちは、屋台を後にして、再び人混みの中を歩き始めた。

 と、その時だった。 後ろから来た小さな子供が、莉子の足にぶつかった。


「うわっ!」


 大きなぬいぐるみを抱えた莉子の、小さな身体がぐらりと傾く。

 俺は、とっさにその腕を掴んだ。


「……大丈夫か」

「……っ!」


 莉子の身体が、俺の腕の中にすっぽりと収まる。

 ふわりと、シャンプーの甘い香りがした。

 柔らかい。 温かい。 俺の心臓が、ドクンと大きく嫌な音を立てた。





(……うそ)


 航くんの腕の中にいる。

 彼のがっしりとした胸板。 私なんかより、ずっと高い目線。 汗と、制汗剤の匂いが混じった航くんだけの匂い。 そのすべてが、私の思考を停止させる。 これが、男の子の、航くんの身体……。


「……おい莉子。いつまで、くっついてんだよ」


 航くんの、少しだけ照れたような声に、私はハッと我に返った。


「……っ! ご、ごめんなさい!」


 私は、火傷でもしたかのように、彼から身体を離す。

 恥ずかしい。 恥ずかしくて、死にそうだ。

 でもそれ以上に。 私の心の中は、今まで感じたことのない、ふわふわとした温かいもので、いっぱいになっていた。





「……よし、航くん。ちゃんと、お参りもしていきましょう」

「……まあ、せっかく来たしな」


 屋台通りを抜け、俺たちは拝殿へと向かった。

 俺たちは並んで賽銭箱の前に立つ。そして目を閉じて、静かに手を合わせた。


(……神様、だか、なんだか、知らねぇけど)


 俺は、心の中で祈った。


(……まあ、なんだ。……今年も、こいつと、莉子と、くだらないことして笑って楽しく過ごせたら、……まあ、悪くねぇかななんて。……思ったり、思わなかったり……。……以上)


 隣で莉子も、何かを必死に祈っているようだった。

 そのいつもより、少しだけ大人びて見える横顔を、俺はそっと眺めた。





(……神様、お願いします)


 私はぎゅっと、目を閉じて祈った。


(……どうか私を、お姉ちゃんみたいに素敵な女性にしてください。……誰かを真っ直ぐに愛して、そして、その人からちゃんと愛してもらえるような。……もっと女の子らしくて可愛い、素敵な人になれますように)


 ちらりと隣の航くんの横顔を見る。 その真剣な表情に、私の心臓が、またドキリと音を立てた。 ……できれば、その「誰か」が……なんて。 そんな、欲張りな願い事は、まだ、秘密にしておこう。





 お参りを終え、俺たちは気まずい沈黙の中、無言で歩き続けた。

 さっきまでの、軽口が嘘のようだ。 俺の右手には、まだ、莉子の腕の柔らかな感触が残っている。 ちくしょう。 調子が狂う。


 やがて、俺たちはベンチに座る、兄貴と陽菜姉ちゃんの姿を見つけた。

 二人は、一つのたこ焼きを分け合って食べている。

 そのあまりにも幸せそうな光景に。 俺と莉子は、顔を見合わせた。


「……まあ、大丈夫そうだな」

「……ええ。私たちの、出る幕は、なさそうね」


 俺たちは、二人の幸せそうな姿を見た温かい気持ちと、胸の中に眠るドキドキとチクチクが混ざった謎の感情を抱きながら、その光景を、見つめていた。


「……よし! 私たちも、何か、食べに行きましょう!」


 莉子が気を取り直すように、明るい声で言った。


「……そうだな」


 俺も頷いた。

 その時、俺は、莉子のバッグで揺れるアザラシのキーホルダーに改めて目をやった。俺のバッグにもお揃いのカエルがぶら下がっている。

 兄貴と陽菜姉ちゃんは、俺たちがいつも一緒にいるのを知ってて、わざわざペアのやつを選んだんだろうな。


 なんだか、見透かされているみたいで、むず痒い。

 俺は、心の中で悪態をつきながらも。 隣にいる莉子の、楽しそうな横顔を見て。


(……まあ、悪くねぇな、こういうのも)


 俺は心の中で、誰に言うでもなく、そう呟いた。

 神様のいたずらは、どうやら俺たちにまで及んでいるらしい。





短いですが、第9章は、ここまでです。

幕間に当たるような初詣のお話でした。

次の第10章から、第三部のメインストーリーがはじまります。

よろしくお願いします。


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