表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第9章 新しい年のはじまり(1月)
95/108

第95話 楓と沙織

「……すごい、人だね」

「……うん」


 私、小野寺おのでらかえでは、親友の沙織と二人で、少しだけ街の中心から離れた静かな神社に来ていた。

 大きな神社ほどの賑わいはない。それでも境内は、新年を祝う家族連れやカップルで穏やかに賑わっている。 その幸せそうな光景の一つひとつが、私の胸を針で刺すようにちくちくと痛めつけた。


「……楓、大丈夫? 手、冷たいよ」


 沙織が、私の手を、自分のコートのポケットの中で、ぎゅっと握りしめてくれる。その温もりが嬉しくて泣きそうになった。


「……うん。……大丈夫だよ」


 私はそう言って、無理やり笑顔を作った。

 修学旅行のあの夜。 私は、桜井くんに告白して、そして振られた。


 わかっていたことだ。でもやっぱり痛かった。

 あの日からずっと、心にぽっかりと穴が空いたみたいだった。でも、後悔はしていない。 私は、ちゃんと戦ったのだから。





(……バカ、私)


 楓の手のあまりの冷たさに、私、中村なかむら沙織さおりは心の中で自分を責めた。

 もっと別の場所に誘ってあげればよかった。 こんな幸せそうなカップルだらけの場所に連れてきてしまうなんて。 楓が傷つくに決まってる。


 でも楓は「行きたい」と言ったのだ。 初詣に行きたい、と。

 その小さな、でも確かな一歩を、私が止めるわけにはいかなかった。

 だから私は、せめてこの手を温めてあげることしかできない。

 楓、大丈夫。 私がずっと隣にいるから。





 私たちは、並んでお参りを済ませた。

 私は、目を閉じて静かに手を合わせる。 何を祈ればいいんだろう。

 私の恋は、もう終わってしまった。神様にお願いすることなんて、もう何もない。


 そう思ったその時だった。ふと彼の顔が浮かんだ。

 陸上部の練習で、いつも私の前を走っていた大きな背中。

 夏の大会で、私のドリンクを照れくさそうに受け取ってくれた優しい顔。

 そして、私の拙い告白を、最後まで真剣に聞いてくれた、あの誠実な顔。

 修学旅行の最終日、日高さんの隣で幸せそうに笑っていた、あの顔。


(……どうか)


 私は、心の中で祈った。


(……あの二人が、……桜井くんと日高さんが、……これからも、ずっと幸せでいられますように)


 その言葉が、自然と心の中に浮かんできた。

 不思議と胸の痛みはなかった。

 ただ、温かくて優しい気持ちがそこにあるだけだった。


 そうだ。 私は、彼を好きになってよかったんだ。

 この苦しくて、でも、キラキラした宝物みたいな気持ち。

 それは決して、失恋という言葉だけで終わらせてはいけないものなんだ。


 隣で、沙織も静かに手を合わせていた。

 彼女は、一体何を祈っているんだろう。


 きっと、私の幸せを、だろうな。

 いつもそうだ。 この子は、自分のことよりも先に私のことを考えてくれる。


 そんな最高の親友が隣にいてくれる。それだけで、私はもう十分すぎるくらい幸せだった。





(……神様、お願いします)


 私は、ぎゅっと目を閉じて祈った。


(……どうか、私の大切な親友にたくさんの幸せをください。……この子はすごく頑張りました。……だから、どうかこの子が心から笑える日が来ますように)


 そっと目を開けて、隣の楓の横顔を見る。

 その表情は驚くほど穏やかだった。

 もう、さっきまでの痛みを堪えるような悲しい顔じゃない。


 何かを吹っ切れたような、清々しい顔。

 よかった。 この子はもう大丈夫だ。





「……行こっか、沙織」


 私は顔を上げて、親友に微笑みかけた。

 その笑顔は、もう無理に作った笑顔じゃなかった。心からの笑顔だった。


「……うん」


 沙織は、そんな私を見て一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにいつもの太陽みたいな笑顔で頷いてくれた。 そして私の手を、ぎゅっと握りしめる。


「……楓、あんた、本当に強くなったね」

「……そう、かな」

「そうだよ。……昔の楓だったら、今頃、一日中メソメソしてたはずだもん。……でも、今の楓は、ちゃんと前を向いてる。……自分の足で立ってる。……すごいよ、楓。……自慢の親友だよ」


 そのあまりにも温かい言葉に、私の目から涙がこぼれそうになる。

 私は必死で、それを堪えた。


 もう泣かない。 そう決めたのだから。


「……沙織が、いてくれたからだよ」

「……なに、それ」

「本当だよ。……沙織が、いつも、私の背中を、押してくれたから。……私、少しだけ、勇気を、出せたんだよ。……ありがとう、沙織」


 私がそう言うと、今度は、沙織の目から、大粒の涙がぽろりとこぼれ落ちた。


「……ばか。……やめてよ、そういうの。……泣いちゃうじゃない」


 沙織はそう言って、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、私を力いっぱい抱きしめた。


 その不器用な優しさが嬉しくて。 私もつられて泣いてしまった。


 二人で子供みたいに声を上げて泣いた。でもそれは、悲しい涙じゃなかった。温かくて優しい涙だった。


 しばらくして、ようやく泣き止んだ私たちは、顔を見合わせて吹き出した。 二人とも酷い顔だったから。


「……さて、と。……じゃあ、これからどうする?」


 沙織がそう言って笑った。


「……ちょっとお腹すいちゃったね。……私、甘酒飲んでみたい。」

「……いいね。それじゃ甘酒いただきにいこ」


 私たちは、顔を見合わせて笑い合った。


 もう大丈夫。 私の一つの恋は終わった。

 でも、この最高の親友と一緒なら、まだまだ楽しい時間を過ごしていける。

 私は沙織の手を、もう一度、ゆっくりと握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ