第94話 最高の幕開け
初詣を終え、俺たちは、屋台が並ぶ参道を歩いていた。
りんご飴、たこ焼き、ベビーカステラ。
その甘くて香ばしい匂いに、俺たちのお腹は正直に反応した。
「……なんか、食うか」
「うん!」
俺たちは、顔を見合わせて笑い合った。
そして、二人でたこ焼きを一パック買った。
湯気の立つ熱々のたこ焼き。
俺たちは、境内のはずれにある空いたベンチに腰掛けた。
「……あちっ!」
俺が、たこ焼きを一つ口に入れた途端、その熱さに思わず声が漏れた。
「ふふっ。大丈夫?」
陽菜が楽しそうに笑う。
そして、たこ焼きを、ふー、ふー、と、小さな唇で、息を吹きかけて冷ましている。その何気ない仕草が、たまらなく愛おしい。
俺は、その優しい仕草を、じっと見つめていた。
恋人として初めて迎える新年。
それは、どうしようもなく温かくて幸せな一年の始まりだった。
陽菜は、たこ焼きを食べ終えると、満足そうに、ふぅと息をついた。
そして、ごく自然に、俺の身体に体重を預け、肩に頭を乗せてきた。
「……少し、……疲れちゃった」
その甘えたような声と、肩にかかる柔らかな重みと温もり。
髪の毛から香る甘いシャンプーの匂い。
俺の心臓は、また、大きく鳴り響いている。
でも、もう以前のようなパニックにはならない。
俺は、そっと自分の頭を、彼女の頭に寄りからせた。
それが、今の俺たちの正しい答えだった。
「あれ? 駆に陽菜じゃん。お前らも初詣かよ!」
不意に、聞き慣れた声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこには、蓮と、その彼女の美優さんが呆れた顔で立っていた。
「……へぇ。……ようやく、くっついたってわけか。……ったく、世話の焼ける奴らだぜ」
蓮は、俺と陽菜の間で繋がれた恋人つなぎの手と、寄り添う姿を一瞥すると、すべてを察したようにニヤリと笑った。
「なっ……!」
「蓮くん!」
俺と陽菜は慌てて身体を離した。
なんてタイミングが悪いんだ。
俺たちが同時に抗議の声を上げると、蓮は楽しそうに笑っていた。
「おやおやー? 年明け早々、いちゃついてるカップルがいると思ったら、やっぱり陽菜たちだったのね!」
今度は別の方向から快活な声が聞こえてきた。
舞と、その彼氏の翔平くんが、ニヤニヤしながらこちらに歩いてくる。
「陽菜から、電話で報告は受けてたけどさー。実際に見てると、こっちが恥ずかしくなるわね!」
舞の、からかうような言葉に、陽菜は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「よっしゃ! ……おめでとう、お前ら! やっとかよ!」
翔平くんが、俺の肩をバンバンと叩く。 そのストレートな祝福の言葉に、俺は、もうどうすることもできず、陽菜と一緒に顔を真っ赤にして俯くことしかできなかった。
◇
結局、俺たちは六人で、もう一度、境内を見て回ることになった。
さっきまでの二人きりの、甘い空気はどこかへ消え去り、代わりに、いつもの賑やかで楽しい空気が、俺たちを包み込んでいた。
「よし! じゃあ、みんなで、おみくじ、引こうぜ!」
翔平くんの一言で、俺たちは、おみくじ売り場へと向かった。
それぞれ百円を、賽銭箱に入れて筒を振る。
カラカラと心地のよい音。
「……せーの!」
俺たちは、一斉におみくじを開いた。
「よっしゃあ! 大吉だ!」
一番に、声を上げたのは翔平くんだった。
その手には「大吉」と書かれたおみくじが握られている。
「す、すごい! 翔ちゃん、やったね!」
「おう! これで、今年もラブラブだな!」
舞と翔平くんが、手を取り合って喜んでいる。
その幸せそうな光景に、俺の心も温かくなる。
「……俺は、末吉。……微妙だな」
蓮が、つまらなそうに呟いた。
その隣で、美優さんが、くすりと笑う。
「……私は、大凶」
「「「ええええええっ!?」」」
美優さんの、その衝撃的な一言に、俺たちは、全員固まった。
「だ、大凶!? マジかよ!」
「……うん。……『失せ物、出ず。待ち人、来ず。恋愛、諦めなさい』だって」
美優さんはそう言って、淡々とおみくじを読み上げた。
そのあまりにも悲惨な内容に、俺たちは、かける言葉も見つからない。
だが、蓮だけは違った。
「……ふーん? 面白いじゃねぇか」
蓮はそう言ってニヤリと笑うと、美優さんの大凶のおみくじをひったくった。
そして、それを、近くの木の枝に、固く結びつける。
「……これで、大丈夫だ」
「……え?」
「俺が、お前の、大凶を、大吉に、変えてやるよ。……だから、俺の、そばから、離れんなよ」
蓮の、そのあまりにもキザで、でも、どうしようもなくカッコいいセリフに、女子たちは、全員、顔を真っ赤にしていた。
美優さんだけが、クールな顔で「……バカ」と、小さく呟いていたが。 その耳が真っ赤に染まっているのを俺は見逃さなかった。
「……で? 駆と、陽菜は、どうだったんだよ」
舞が、俺たちの方を向いた。
俺は、自分のおみくじを開く。
そこに書かれていたのは「吉」という、なんとも、平凡な文字。
「……俺は、吉、だな」
「……私も、吉」
陽菜も同じだったらしい。
俺たちは、顔を見合わせて、少しだけ笑った。
「なんだよ、二人とも、普通だなー」
翔平くんが、つまらなそうに言う。
でも、俺はそれでいいと思った。
大吉じゃなくてもいい。 この平凡で、でも幸せな日常が、これからもずっと続いていきますように。 俺の願いは、ただそれだけだった。
おみくじを引き終えた後も、俺たちは六人で屋台を見て回った。
りんご飴を頬張り。 射的ではしゃぎ。 ただくだらない話で笑い合う。
その何気ない時間が、たまらなく愛おしかった。
俺たちの新しい年は最高の形で幕を開けた。
きっと、今年は忘れられない一年になる。
俺は、隣で笑う陽菜の温かい手をぎゅっと握りしめながら、そう感じていた。