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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第9章 新しい年のはじまり(1月)
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第93話 二人の初詣

 一月一日、元旦。新しい年を迎えた。


 俺、桜井さくらいかけるは、少しだけ着慣れない、新調したコートの襟を立てながら、隣の家の玄関をじっと見つめていた。


 今日は、陽菜と初詣に行く約束をしていた。

 恋人として、初めて迎える新年。その特別な響きに、俺の心は、朝からずっと浮き足立っていた。



 ――ガチャリ。


 陽菜の家の玄関のドアが開く。

 そして、そこに現れた彼女の姿を見て、俺は呼吸を忘れた。


「……お待たせ。……行こっか」


 そこに立っていたのは、俺の知らない日高陽菜だった。いや違う。俺の知っている誰よりも可愛い陽菜が、今までで一番綺麗な姿でそこに立っていた。


 淡いクリーム色を基調とした華やかな振袖。色とりどりの花の刺繍が、上品にあしらわれている。

 髪は綺麗に結い上げられ、可愛らしいつまみ細工の髪飾りが揺れていた。

 薄く化粧を施したその横顔は、修学旅行のときに見た舞妓姿の時とは違う、清楚で凛とした美しさを放っている。


 その完璧な和服美少女の姿に、俺は言葉を失っていた。


「……カケル?」


 俺が固まっていると、陽菜が不安そうな顔で俺の名前を呼んだ。

 その声で、俺はハッと我に返った。 ダメだ、俺。ここで見惚れてるだけじゃダメなんだ。 俺はもう、陽菜の彼氏なんだから。


「……いや、……その……」


 俺は震える唇を、必死に動かした。


「……すげぇ、……綺麗だ。……今まで、見た、どんな陽菜より、……一番、綺麗だ」


 俺の、その不器用な言葉に、陽菜の顔が、ぱっと花が咲いたように明るくなる。


「……ほんと?」

「……おう。……マジで、……心臓、止まるかと、思った」

「……ふふっ。……よかった……」


 陽菜は、嬉しそうにはにかんだ。

 その笑顔を見て、俺の心臓は、もう限界だった。

 俺は、この笑顔を、一生守り続けなければならない。





 俺たちが向かった近所の神社は、新年を祝う大勢の人でごった返していた。参道には屋台がずらりと並び、甘酒の甘い香りが漂ってくる。

 その賑やかな喧騒の中を、俺たちは並んで歩いていた。 陽菜の、慣れない草履の歩幅に合わせてゆっくりと。


「うわっ!」


 不意に後ろから来た子供に押されて、陽菜がよろめいた。

 俺は、とっさにその手を掴んだ。


「……大丈夫か?」

「う、うん。ごめん……」





 カケルと手を繋いでいる。

 それが、当たり前みたいに、自然なことになっている。


 前まで、あんなにぎこちなかったのが嘘みたいだ。

 カケルの大きくてゴツゴツした手のひら。その温もりが、私の心の奥までじんわりと温めてくれる。 もう、離したくない。 ずっと、こうしていたい。


 私の振袖姿を見て、カケルは「綺麗だ」って、言ってくれた。あの、カケルが。

 カケルのその一言だけで、私は、もう舞い上がってしまいそうだった。


 この日のために、お母さんと一緒に、何時間もかけて着付けを頑張って本当によかった。


 カケルに可愛いって思ってもらいたい。カケルの特別な一人になりたい。ずっと、想っていた願い。そうした想いが結ばれた奇跡みたいなこの時間が、愛おしくてたまらなかった。





 拝殿の前には、長い長い列ができていた。

 俺たちは、その最後尾に並ぶ。陽菜と手を繋いだまま。


 周りのカップルたちが、俺たちのことをちらちらと見ているのがわかる。その視線が少しだけ誇らしかった。


 そうだ。陽菜は、俺の彼女なんだ。世界で一番可愛い俺だけの彼女なんだ。

 その、どうしようもない独占欲が胸を満たす。


 ただ手を繋いでいるだけじゃ足りない。


 俺は繋いでいた手を、一度、そっと離した。

 陽菜が、びくりとして、不安そうな顔で俺を見る。

 その瞳が「どうして?」と問いかけている。


 俺は、何も言わずに、もう一度、彼女の小さな手を取った。

 そして、今度は。 指と指を絡ませるように、固く固く握りしめた。


 恋人つなぎ。


 俺が、ずっとしたかった、でも、できなかった、恋人だけの特別な、繋ぎ方。





(……あ)


 カケルの、指が。 私の指の間に、するりと入ってきた。

 そして、ぎゅっと絡め取られる。


 恋人つなぎ。


 私が、ずっとずっと憧れていた、特別な、繋ぎ方。


 心臓がきゅんと音を立てて甘く締め付けられる。


 熱い。


 彼の手のひらから伝わってくる熱が、私の全身に駆け巡っていくようだった。


 ただ手を繋ぐのとは、全然違う。

 もっと直接的に、彼の想いが伝わってくる。

 指と指が触れ合う、その小さな接点から、彼の、ドキドキが、私のドキドキと重なって、一つの大きな鼓動になっていくみたいだった。


 顔が熱くて、どうにかなりそう。

 私は、俯いたまま、彼の顔を見れない。


 でも、彼に私の気持ちが伝わるように。

 私も同じくらいの力で、ぎゅっと、その手を握り返した。





 陽菜が、俺の手を、強く握り返してくれた。

 その小さな指先の力強さが、陽菜のすべての気持ちを、俺に伝えてくれているようだった。俺は、それだけで、もう、十分だった。


 やがて俺たちの番が来た。

 俺たちは、並んで、賽銭箱の前に立つ。

 そして、目を閉じて、静かに手を合わせた。


(……神様)


 俺は、心の中で祈った。


(どうか、これからも、ずっと。陽菜の隣で笑っていられますように。陽菜の笑顔を、俺が守り続けられますように……)


 隣で、陽菜も何かを必死に祈っているようだった。

 その綺麗な横顔を、俺はそっと横目で見た。


 この時間が永遠に続けばいいのに。そう本気で思っていた。




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