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幼馴染の身体を意識し始めたら、俺の青春が全力疾走を始めた件  作者:
第1章 いつも隣にいた君(4月/5月)
9/24

第9話 弟と妹の重要ミッション

日曜日、午前十時。桜井家のリビング。


俺、桜井さくらいわたるは、ソファに寝転がってスマホでゲームをしながら、ちらりとダイニングテーブルに座る兄の様子を盗み見た。


(……なんだありゃ。生ける屍か?)


兄、桜井さくらいかけるは、魂が抜けたような顔で、中身がほとんど入っていない牛乳のパックをぼーっと眺めている。


昨日、あんなにウキウキしながら出かけて行ったというのに、帰ってきてからずっとあの調子だ。

部屋にこもり、夕飯も「いらない」の一点張り。

今朝も、俺が声をかけるまで、死んだように眠り続けていた。


これは、十中八九、陽菜ひな姉ちゃん絡みだ。

俺の兄は、陸上のこと以外では、驚くほど単純な生き物なのだ。


兄の感情の浮き沈みの原因は、九割が陽菜姉ちゃん、残りの一割が部活、というのが俺の長年の分析結果である。


「兄貴」

「……」


「兄貴ってば」

「……なんだよ」


二度目の呼びかけで、兄はゾンビのようにゆっくりと顔を上げた。

その目の下には、うっすらと隈ができている。


「昨日、陽菜姉ちゃんと何かあったんだろ」

「……別に、何もねぇよ」


出た。兄の得意技、「別に何もねぇよ」。

これは、「ものすごく何かあったけど、お前には絶対言わねぇ」の意である。

わかりやすい。わかりやすすぎる。


「ふーん? 何もなくて、そんな世界の終わりみたいな顔してんのか。そりゃすごいな」

「……うるせぇ。ほっとけ」


兄はそれだけ言うと、再び牛乳パックとの睨めっこに戻ってしまった。


(ダメだこりゃ。完全に心を閉ざしてる)


兄は、昔からこうだ。

特に恋愛が絡むと、途端に貝のように口を閉ざし、一人でウジウジと悩み続ける。

シャイで奥手、と言えば聞こえはいいが、要するにヘタレなのだ。


これは、俺一人で対応できる案件ではない。

こういう時は、単独突破を試みず、強力な援軍を要請するに限る。


俺はスマホの画面を切り替え、メッセージアプリを開いた。

宛先は、もちろん、日高家の最終兵器、日高ひだか莉子りこだ。


『莉子、緊急事態だ。兄貴が死んでる』


メッセージを送ると、一分も経たないうちに返信が来た。


『こっちもだよ、航くん。お姉ちゃん、目が風船みたいに腫れてる』


やはりか。

俺は深いため息をつき、ソファから立ち上がった。


「兄貴、俺、ちょっと出かけてくる」

「……おう」


兄からの気のない返事を聞きながら、俺は玄関のドアを開けた。

作戦会議の時間だ。





「で、どういうことなのよ! あのヘタレお兄ちゃんが、またうちの可愛いお姉ちゃんを泣かせたんでしょ! 絶対に許さないんだから!」


家の近くの小さな公園。

ブランコに座るなり、私、日高莉子は、目の前に立つ桜井航くんに詰め寄った。


今朝、お姉ちゃんの部屋に行ったら、信じられない光景が広がっていたのだ。

目は真っ赤で、枕はぐっしょり。どう見ても、一晩中泣き明かしたとしか思えない。


理由を聞いても、「なんでもないよ」の一点張り。

でも、昨日、カケルお兄ちゃんと出かけてから帰ってきた時の、あの抜け殻みたいな顔を、私は見逃していない。

原因は、絶対に、カケルお兄ちゃんだ。


「まあ、落ち着けって、莉子。俺の兄貴がヘタレなのは今に始まったことじゃないだろ」


「そういう問題じゃない! 乙女の心を傷つけた罪は重いんだよ! 万死に値する!」


「お前、どこでそんな言葉覚えてくんだよ……」


航くんは、呆れたように頭を掻いている。


彼は、カケルお兄ちゃんとは全然違う。

冷静で、頭が良くて、それに、ちゃんと女の子の気持ちがわかる人だ。

……まあ、ちょっとだけ、ひねくれてるところもあるけど。


「それで? 航くんの方で、何か情報はあるの?」


「ゼロだ。兄貴は完全に貝になってる。『別に何もねぇよ』しか言わねぇ」


「こっちも同じ。『なんでもない』って笑うんだけど、目が全然笑ってない。見てるこっちが泣きそうになるくらい」


私たちが顔を見合わせ、深いため息をつく。


「「はぁ……」」


兄と姉のせいで、弟と妹の貴重な休日が、こんな重苦しいものになるなんて。


「こうなったら、直接対決しかないわね」

「直接対決?」


「そう。私たちが、本人たちに直接問いただすのよ!」

「却下だな」


航くんは、私の提案を即座に切り捨てた。


「なんでよ!」


「無駄だからだ。あの二人が、俺たちに本当のこと言うと思うか? 特に、俺の兄貴は、ああなったらテコでも動かねぇよ。逆効果になるだけだ」


「う……。それは、そうかもだけど……」


確かに、カケルお兄ちゃんは頑固だ。

お姉ちゃんも、一度心を決めると、なかなか譲らないところがある。


「じゃあ、どうするのよ! このままじゃ、二人とも干からびちゃうよ!」

「だから、今からそれを考えるんだろ。……作戦会議だ」


航くんはそう言って、ニヤリと笑った。

その顔は、カケルお兄ちゃんには似ても似つかない、策略家の顔だった。


「まず、現状の整理だ。昨日、二人は買い物に出かけた。そして、何かがあって、喧嘩した。もしくは、兄貴が何か致命的な失言をやらかした。その結果、陽菜姉ちゃんは泣き、兄貴は自己嫌悪でゾンビ化している。……大筋はこんなとこだろ」


「うん。たぶんね」


「問題は、その『何か』がわからないことだ。だが、原因を追究しても意味がない。俺たちがやるべきは、二人が仲直りする『きっかけ』を作ってやることだ」


航くんは、まるで探偵みたいに、状況を冷静に分析していく。


「きっかけ、ねぇ……。そうだ! お姉ちゃんが、カケルお兄ちゃんの家に忘れ物をしたってことにして、お姉ちゃんを取りに行かせるのはどう?」


「ストーリーがありがちすぎるな。それに、昨日帰ってきてから、陽菜お姉ちゃん、自分の部屋から一歩も出てないんだろ? 忘れ物なんてするタイミングがない」


「じゃあ! 私が病気になったフリをして、二人を呼ぶ!」


「お前、昨日ピンピンしてたじゃねぇか。無理がある」


「むぅ……。じゃあ、どうすればいいのよ!」


私がブランコをぎこぎこ揺らしながら唸っていると、航くんは顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。


「……なあ、莉子。陽菜姉ちゃんって、今、何が一番欲しいと思う?」


「え? 何が一番欲しいかって……そりゃあ、カケルお兄ちゃんからの『ごめん』の一言に決まってるじゃない」


「だよな。じゃあ、兄貴は?」


「カケルお兄ちゃんは……お姉ちゃんに、許してほしい、んじゃないかな」


「正解。つまり、二人はお互いに『謝りたい』し、『許したい』はずなんだ。でも、その一歩が踏み出せない。俺たちがやるべきは、その背中を、思いっきり蹴飛ばしてやることだ」


航くんの目が、キラリと光った。


「いい作戦がある」





作戦決行は、その日の午後三時。

俺は、リビングで相変わらずゾンビ化している兄貴に、何気ないフリをして声をかけた。


「兄貴、悪いんだけどさ。日高のおばさんに、この回覧板、回しといてくんね?」


「……なんで俺が」


「俺、今から友達とゲームする約束あんだよ。それに、兄貴の方が家、近いだろ」


俺はそう言って、回覧板を兄貴の前に置く。

近いといっても、1mくらいの差だけどな。

でも、これは、ただの回覧板じゃない。莉子との共同作戦の、重要なトリガーだ。


「……わかったよ」


兄貴は、面倒くさそうに、しかし断りはせずに立ち上がった。


よし、食いついた。


兄貴が玄関を出て、隣の日高家へと向かうのを見届けてから、俺はスマホで莉子にメッセージを送る。


『兄貴、そっちに向かった。あとは頼む』

『了解! こっちは準備万端だよ!』


さあ、ヘタレな兄貴と、意地っ張りな姉ちゃんよ。 お前らの弟と妹が用意した、最高の舞台で、せいぜい頑張るんだな。

俺はリビングの窓から、二つの家の間の、ほんのわずかな空間を、ニヤニヤしながら見守っていた。





――ピーンポーン。


インターホンの音に、私の心臓が大きく跳ねた。

来た。 航くんからのメッセージ通り、カケルお兄ちゃんが、うちの前にいる。


「はーい」


私は、練習してきた「何も知らない妹」の演技で、玄関のドアを開けた。


「あ、カケルお兄ちゃん。こんにちは」

「……おう。これ、回覧板」


カケルお兄ちゃんは、気まずそうに目を逸らしながら、私に回覧板を手渡した。

その顔は、やっぱりまだ、土気色だ。


「ありがとう。……ねぇ、お兄ちゃん。ちょっと、上がってかない?」

「は? いや、俺は……」

「お姉ちゃんなら、今、お風呂に入ってるから大丈夫だよ」


私がそう言うと、カケルお兄ちゃんは、少しだけホッとしたような、でもがっかりしたような、複雑な顔をした。わかりやすい人。


「実はさ、昨日、お姉ちゃんがカケルお兄ちゃんから借りたDVD、返し忘れちゃったみたいで。今、リビングに置いてあるから、持っていってくれないかな?」


「……DVD? 俺、陽菜に何も貸してねぇけど」


「えー? そうなの? でも、お姉ちゃん、そう言ってたよ? 『これ、カケルに返さなきゃ』って」


もちろん、全部、嘘だ。

そのDVDは、さっき私が、お姉ちゃんの部屋からこっそり持ってきた、ただの恋愛映画のDVDだ。


「……わかった。じゃあ、それだけもらってく」


カケルお兄ちゃんが、リビングに入ってくる。


よし、第一段階、クリア。

私は、彼がまな板の上にちゃんと乗るように、さりげなく誘導する。あなたは恋……じゃない、鯉だ。


カケルお兄ちゃんがリビングに足を踏み入れ、

そして、リビングのドアが閉まる、その瞬間。


「……あれ? お姉ちゃん、もうお風呂から上がったの?」


リビングの方に向けて、私が、わざとらしく、大きな声で言った。


リビングのソファには、さっきまでいなかったはずの、お風呂上がりのパジャマ姿のお姉ちゃんが、呆然とした顔で座っている。

そして、その目の前には、同じく、完全に固まっている、カケルお兄ちゃんの姿。



――ガチャリ。


私は、外側から、リビングのドアにそっと鍵をかけた。


さあ、役者は揃った。

舞台も整った。

あとは、主役の二人が、どんな物語を紡ぐのか。 私はドアに耳を当て、中の様子を伺いながら、航くんに勝利のメッセージを送った。



『ミッション・コンプリート!』






カケルの弟のわたるくんと、陽菜の妹の莉子りこ

航くんと莉子ちゃんはどちらも中学2年生です。

この二人には今後も、時々登場してもらいますが、どうしてもコミカルな感じになります。重苦しい雰囲気は、この2人に吹き飛ばしてもらおうと思います。


モチベーションアップのため、ブックマーク・リアクション・評価(★付け)などよろしくお願いします。

読者のみなさんの反応も知りたいので感想も、募集しています。ほんと、よろしくお願いします。

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