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第89話 聖なる夜の奇跡

「……陽菜」


 俺が声をかけると、陽菜は、びくりと肩を震わせ、こくりと小さく頷いた。


 声が震える。

 情けない。


 でも、もう逃げない。


 俺は、震える手で、陽菜の冷たくなった手を、そっと取った。

 その小さな手を、両手で包み込む。

 自分の熱が、陽菜に伝わっていくのがわかった。


 そして、真っ直ぐに陽菜の目を見つめた。


 俺は、大きく息を吸い込んだ。



「……あのさ、陽菜」

「……うん」

「……俺、……今まで、ずっと言えなかったんだけど」


 言葉が詰まる。

 頭の中が、真っ白になる。


 練習した言葉なんて、全部どこかへ飛んでいってしまった。


 でもいい。 俺の言葉で、伝えればいいんだ。



「……俺、……陽菜のことが、好きだ」



 言ってしまった。


 ずっとずっと言えなかった、たった三文字。


 その言葉は、冬の冷たい夜空に吸い込まれていくようだった。


 陽菜は、何も言わない。

 ただ、大きな瞳を見開いて俺を見つめている。


 その沈黙が怖い。

 俺は、必死に言葉を続けた。



「……ただの幼馴染じゃなくて。……一人の女の子として、好きだ。……陽菜が笑ってると、俺も嬉しくなる。……陽菜が泣いてると、胸が張り裂けそうになる。……陽菜がいないと俺はダメなんだ。……だから、……俺と、付き合ってください」


 俺はそう言って、ポケットの中から小さな箱を取り出した。

 そして、その箱を開けて、彼女の前に差し出す。

 中には、月の形をしたネックレスが、イルミネーションの光を反射してキラリと光っていた。





 彼の声が震えている。

 私の手を包む彼の手も、同じように震えている。


 そして、彼の口から紡ぎ出された言葉。


『……俺、……陽菜のことが、好きだ』


 その一言を聞いた瞬間。

 すべての時が止まったようだった。

 イルミネーションのキラキラとした光も、周りの楽しそうな喧騒も、すべてが遠くなっていく。


 私の世界には、今、目の前で、真っ直ぐに私を見つめる彼しかいなかった。


 ずっとずっと待ち望んでいた言葉。

 夢にまで見た言葉。


 彼の不器用な、でも、どうしようもなく誠実な言葉が、一つ、また一つと、私の心の中に降り積もっていく。


『……俺と、付き合ってください』


 目の前に差し出された、小さな箱。

 中には、綺麗な月のネックレス。


 私のために、選んでくれた。


 私のことを考えながら、悩んで、迷って、そして、勇気を出して買ってきてくれた。


 その想いが痛いほど伝わってきて。


 私の目から、堪えていた涙が、ぽろりとこぼれ落ちた。


 嬉しい。

 嬉しいのに、涙が止まらない。


 どうしよう。

 早く、返事をしなくちゃ。


 カケルが、不安そうな顔で私を見ている。


 でも、声が出ない。

 ただ、涙だけが、次から次へと溢れ出してくる。





 陽菜が、言葉を発しない。

 陽菜の瞳から、大粒の涙がぽろりとこぼれ落ちた。



 やっぱりダメだったのか。

 俺の独りよがりだったのか。

 やっぱり陽菜は、俺のことなんて、ただの幼馴染としか思っていなかったのか。



 俺が、そう思って俯いた瞬間。


「……遅いよ」


 陽菜が、か細い声でそう言った。


「え……?」

「……遅いよ、カケルのバカ……!」


 陽菜は、涙で、ぐしゃぐしゃの顔のまま、最高の笑顔で笑った。


「……私も、……私も、ずっと、カケルのことが大好きだったんだから……!」


 その言葉を聞いた瞬間。

 俺の、心の中の、すべてのものが報われた気がした。


 俺は陽菜の、その小さな身体を、力いっぱい抱きしめた。


「……ごめん。……本当に、ごめん」

「……ううん。……嬉しい。……これまで生きてきて一番嬉しいよ」


 俺の腕の中で、陽菜が子供のように声を上げて泣いている。

 その温もりを、愛おしさを、俺は絶対に忘れない。



 俺は、ゆっくりと陽菜から身体を離すと、ネックレスを手に取った。

 そして、陽菜の白い首筋にそっとかけてやる。


 冷たい金属の感触に、陽菜の肩がびくりと震えた。

 月のネックレスが、陽菜の胸元でキラキラと輝いている。

 世界で、一番似合っていた。


 俺は、もう一度、陽菜の小さな身体を強く強く抱きしめた。

 イルミネーションの光が、俺たち二人を優しく包み込んでいた。


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