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第88話 幻想的な光の中で

 十二月二十四日、クリスマスイブ。


 俺、桜井さくらいかけるは、自分の部屋の鏡の前で、人生で最も真剣な顔で自分自身と睨み合っていた。


  今日、俺は陽菜に告白する。 その決意だけが、俺の中で熱い炎のように燃え続けていた。

 でも、身体は正直だった。 手は小刻みに震え膝は笑っている。 情けない。 あまりにも情けない。


「……落ち着け、俺」


 俺は、自分の頬をぱちんと両手で叩いた。

 そして、航にもらったワックスを手に取る。修学旅行の後、こっそりと練習したのだ。

 不器用な手つきで自分の髪をいじってみる。

 鏡の中の俺は、少しだけいつもとは違う顔をしていた。


 まだ見慣れない、そわそわとした男の顔。

 これで、いい。 いや、よくない。 でも、これが今の俺の精一杯だった。


 俺は、ポケットの中の小さな箱の感触を確かめる。

 月の形をしたネックレス。 そして、もうひとつ。


 陽菜は喜んでくれるだろうか。

 俺は、深呼吸を一つして部屋を出た。 決戦の舞台へ。





 陽菜の家のインターホンを押す。

 その数秒が、永遠のように感じられた。


 ――ガチャリ、とドアが開く。

 そこに立っていたのは、俺が今まで見たどんな陽菜よりも、ずっとずっと綺麗な陽菜だった。


 白い、ふわふわのニットのワンピース。

 その上には、淡いベージュのコートを羽織っている。

 髪は、修学旅行の時みたいに、サイドが少しだけ編み込まれていて、いつもより、ずっと大人びて見える。


 その、あまりにも完璧な女の子の姿に。 俺は、言葉を失った。


「……お待たせ。……行こっか」


 陽菜は、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにそう言った。

 俺の、心臓が、ドクンドクンと大きく鳴る。


 ダメだ、俺。ここで、固まってどうする。

 修学旅行で、小野寺が俺にくれた勇気を思い出せ。

 蓮が言っていた言葉を思い出せ。俺は、震える唇を必死に動かした。


「……あ、あぁ。……その、……今日の服、……すげぇ、可愛い」


 言ってしまった。

 たった、それだけのことに、俺は、全身の力を使い果たしてしまった。


 陽菜は、驚いたように、目をぱちくりとさせた。

 そして次の瞬間。 今まで見た中で、一番、嬉しそうな最高の笑顔でふわりと笑った。


「……ありがと。……カケルも、……今日の髪型、……カッコいいよ」


 その、破壊力抜群のカウンターに、俺はもう、ノックアウト寸前だった。





 俺たちが向かったのは、航がリビングにわざとらしく置いていった雑誌に載っていたイルミネーションスポットだった。公園全体が、何十万もの光の粒で埋め尽くされている。

 その幻想的な光景に、 俺たちはしばらく無言で見惚れていた。


「……綺麗……」

「……あぁ」


 俺たちは、光のトンネルをゆっくりと歩いていく。

 周りはカップルだらけだった。手を繋ぎ、肩を寄せ合い、幸せそうに笑い合っている。

 

 その甘ったるい空気に、俺の心臓はもう限界だった。

 今しかない。ここで言わなければ、俺は一生後悔する。




(……綺麗)


 目の前に広がる光の海。

 でも、私の目は、その光景よりも隣を歩くカケルの横顔に釘付けになっていた。


 イルミネーションのキラキラとした光が、彼の真剣な横顔を照らし出している。


 いつもより少しだけセットされた髪。

 この日のために、新しく下ろしたであろうお洒落なコート。

 そのすべてが愛おしくてたまらない。


 心臓が、ずっとドキドキしてたまらない。


 期待、していいのかな。

 今日のカケルは、いつもと違う。


 家まで迎えに来てくれたとき。

 私の服を見て「可愛い」って言ってくれた。

 あのカケルが……。鈍感朴念仁のカケルが……。

 「可愛い」というその一言だけで、私は、もう舞い上がってしまいそうだった。


 

 もしかしたら。

 今日、この聖なる夜に。


 ずっと私が待ち望んでいた、あの言葉、を言ってくれるのかもしれない。

 そんな甘い期待が、私の胸の中でどんどん大きくなっていく。





 俺たちは、湖のほとりの展望デッキのような場所にたどり着いた。

 湖の水面に、イルミネーションの光が反射して、まるで星空の上を歩いているみたいだった。 今は、人も疎らで、近くには誰もいない。


 ここだ。ここしかない。

 俺は、歩みを止めた。

 そして、陽菜の方に向き直る。


 陽菜も、俺のただならぬ気配を察したのだろう。その大きな瞳が、不安と期待で潤んで、キラキラと輝いている。その瞳に吸い込まれそうだった。


「……陽菜」


 俺が、声をかけると、陽菜はびくりと肩を震わせ、こくりと小さく頷いた。



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