表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/96

第86話 試行錯誤と本当の覚悟

 陽菜の大切なクリスマスを予約してしまった。それも、何のプランもないままに。

 そのあまりにも重い事実に、俺、桜井さくらいかけるは、ここ数日間、全く生きた心地がしなかった。


 俺の人生を懸けた戦い。それは、思った以上に過酷なものだった。


 プレゼントは、莉子ちゃんからの最高の助言のおかげで、なんとか決まった。

 陽菜の喜ぶ顔をイメージして、俺が一番あげたいと思った、陽菜に一番似合うと思った月の形のネックレス。


 でも、問題はそこからだった。

 どこで告白する? どんな言葉で?


「……だから、違うんだよ……」


 俺は、自分の部屋のベッドの上で、スマホを睨みつけながら、何十回目かわからない呻き声を上げた。

 画面には、『これで絶対成功! クリスマス告白プラン!』という胡散臭いサイトが表示されている。


『まずは、お洒落なレストランでディナー。窓際の席を予約するのが、デキる男の常識!』


 無理だ。 俺に、そんな店予約できるわけがない。そもそも、陽菜と二人で、そんな店に入った瞬間、緊張で味がしなくなる。


『ディナーの後は、ロマンチックなイルミネーションスポットへ。ここで、プレゼントを渡しながら、愛の言葉を囁くのが王道パターン!』


 ロマンチックなイルミネーションスポット……? どこにあるんだよ、それ。

 愛の言葉を囁く? 愛の言葉って、どんな言葉だよ……?


(……俺には、無理だ……)


 ため息しか出ない。俺には、ハードルが高すぎる。


 でも、俺は、もう逃げないと決めたんだ。 陽菜と電話したときの、あの嬉しそうな声を裏切るわけにはいかない。俺は、ぐしゃぐしゃと、自分の頭をかきむしった。


 そのとき、リビングから声が聞こえてきた。

 

「あら、航。こんな雑誌、どうしたの?」

「んー? なんか、友達にもらった。俺、興味ねぇから、そこに置いとくわ」


 俺は、その会話にぴくりと反応した。そして何気ないフリをしてリビングへと向かう。

 リビングのテーブルの上には、一冊のお洒落な情報雑誌が置かれていた。そして、その表紙にはデカデカとこう書かれていた。


『クリスマスに行きたい! 感動イルミネーションスポット20選』


(……航の奴……)


 俺は、弟の、あまりにも完璧なアシストに、心の中で感謝した。

 あいつは、いつもそうだ。俺が本当に困っているとき、決して直接は助けない。でも、こうして、さりげなく最高のパスをくれるのだ。

 俺は、その雑誌を、ひったくるように手に取ると、自分の部屋へと駆け戻った。





 ページをめくるたびに、俺の心臓はドキドキと音を立てた。


 都心の高層ビルから見下ろす光の海。

 遊園地全体が、光に包まれた夢のような世界。

 歴史的な建物をライトアップした幻想的な光景。


 そのどれもが美しくてロマンチックで。俺は、その写真の隣に、陽菜の笑顔を、勝手に思い浮かべていた。


 一面の青い光でできた光のトンネル。 陽菜がその中を歩いたら、どんな顔をするだろう。きっと子供みたいに目をキラキラさせて、「すごい! まるで、海の中みたい!」なんて、はしゃぐんだろうな。


 巨大な、クリスマスツリー。その圧倒的な光を前にして、陽菜は、きっと言葉を失って、うっとりと見惚れるに違いない。その横顔を、俺は隣で見ていたい。


(……あいつ、こういうの、好きそうだな)


 陽菜が、キラキラとした目で、イルミネーションを見上げている姿。

 俺に、「綺麗だね」と、微笑みかけてくれる姿。

 その光景を想像しただけで、俺の顔は熱くなる。


(……よし。……ここに、しよう)


 俺が選んだのは、家から電車で一時間ほどの場所にある、大きな公園のイルミネーションだった。派手すぎず、でも、すごく綺麗で。湖の水面に光が反射して幻想的な雰囲気を作り出している。

 ここなら、俺でも、背伸びしなくても、陽菜を連れて行ってやれるかもしれない。


 場所は決まった。

 あとは、告白のタイミングと言葉だ。


 俺は、雑誌の別のページを開いた。


『これで、彼女も、メロメロ! 告白成功率100%の、キラーフレーズ集!』


 ……なんだ、これ。


『君という、星を見つけられて、俺の、真っ暗だった夜空は、初めて輝いたんだ』

「……ぶっ!」


 俺は、飲んでいた麦茶を、吹き出しそうになった。

 無理だ。絶対に無理だ。こんなサムいセリフ、言った瞬間、陽菜に腹を抱えて笑われるのがオチだ。


『世界中のどんなイルミネーションよりも、君の笑顔の方がずっと眩しいよ』


 ……ダメだ。 ハードルが高すぎる。

 俺は、雑誌をぱたりと閉じた。やっぱり、俺には無理なのかもしれない。

 俺は、自分の語彙力のなさとヘタレ具合に絶望した。



 そのとき、ふと脳裏にある光景が蘇った。


 修学旅行の中庭。俺に告白してくれた、小野寺のあの真っ直ぐな瞳。彼女はカッコいい言葉なんて一つも使わなかった。

 でも、緊張して震えた声で紡いでくれた、あの一生懸命な言葉は、確かにあのとき、俺の心を揺さぶったのだ。


(……そうか)


 俺は、何を悩んでいたんだ。

 カッコいい言葉なんていらない。

 俺の言葉で、伝えればいいんだ。


 不器用でも、ヘタレでも。

 俺のありのままの気持ちを。

 陽菜に真っ直ぐに伝える。

 ただ、それだけでいいんだ。


 俺は、大きく息を吸い込んだ。

 そして、心の中で、何度も何度も練習する。


  「好きだ」という、たった三文字を。


 その言葉に、俺のすべての想いを乗せるために。


 よし。覚悟は決まった。


 俺は、スマホを手に取ると、震える指で、陽菜の番号を呼び出し、コールボタンを押した。





 自分の部屋で雑誌を読んでいたときだった。ぶるる、と、スマホが鳴った。

 画面に表示された、その名前に。私の心臓が大きく高鳴る。カケルからの電話。


 私は、慌てて、深呼吸を一つして、通話の表示をスライドさせた。


「……も、もしもし?」

『……あ、陽菜? 俺だ』


 彼の、少しだけ緊張した様子の声が聞こえる。


『……あのさ、……クリスマスイブの夕方4時。……陽菜の家に迎えに行くから。……暖かい格好、しててくれ』

「……え?」

『……一緒に、イルミネーション見に行こう』




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ