第86話 試行錯誤と本当の覚悟
陽菜の大切なクリスマスを予約してしまった。それも、何のプランもないままに。
そのあまりにも重い事実に、俺、桜井駆は、ここ数日間、全く生きた心地がしなかった。
俺の人生を懸けた戦い。それは、思った以上に過酷なものだった。
プレゼントは、莉子ちゃんからの最高の助言のおかげで、なんとか決まった。
陽菜の喜ぶ顔をイメージして、俺が一番あげたいと思った、陽菜に一番似合うと思った月の形のネックレス。
でも、問題はそこからだった。
どこで告白する? どんな言葉で?
「……だから、違うんだよ……」
俺は、自分の部屋のベッドの上で、スマホを睨みつけながら、何十回目かわからない呻き声を上げた。
画面には、『これで絶対成功! クリスマス告白プラン!』という胡散臭いサイトが表示されている。
『まずは、お洒落なレストランでディナー。窓際の席を予約するのが、デキる男の常識!』
無理だ。 俺に、そんな店予約できるわけがない。そもそも、陽菜と二人で、そんな店に入った瞬間、緊張で味がしなくなる。
『ディナーの後は、ロマンチックなイルミネーションスポットへ。ここで、プレゼントを渡しながら、愛の言葉を囁くのが王道パターン!』
ロマンチックなイルミネーションスポット……? どこにあるんだよ、それ。
愛の言葉を囁く? 愛の言葉って、どんな言葉だよ……?
(……俺には、無理だ……)
ため息しか出ない。俺には、ハードルが高すぎる。
でも、俺は、もう逃げないと決めたんだ。 陽菜と電話したときの、あの嬉しそうな声を裏切るわけにはいかない。俺は、ぐしゃぐしゃと、自分の頭をかきむしった。
そのとき、リビングから声が聞こえてきた。
「あら、航。こんな雑誌、どうしたの?」
「んー? なんか、友達にもらった。俺、興味ねぇから、そこに置いとくわ」
俺は、その会話にぴくりと反応した。そして何気ないフリをしてリビングへと向かう。
リビングのテーブルの上には、一冊のお洒落な情報雑誌が置かれていた。そして、その表紙にはデカデカとこう書かれていた。
『クリスマスに行きたい! 感動イルミネーションスポット20選』
(……航の奴……)
俺は、弟の、あまりにも完璧なアシストに、心の中で感謝した。
あいつは、いつもそうだ。俺が本当に困っているとき、決して直接は助けない。でも、こうして、さりげなく最高のパスをくれるのだ。
俺は、その雑誌を、ひったくるように手に取ると、自分の部屋へと駆け戻った。
◇
ページをめくるたびに、俺の心臓はドキドキと音を立てた。
都心の高層ビルから見下ろす光の海。
遊園地全体が、光に包まれた夢のような世界。
歴史的な建物をライトアップした幻想的な光景。
そのどれもが美しくてロマンチックで。俺は、その写真の隣に、陽菜の笑顔を、勝手に思い浮かべていた。
一面の青い光でできた光のトンネル。 陽菜がその中を歩いたら、どんな顔をするだろう。きっと子供みたいに目をキラキラさせて、「すごい! まるで、海の中みたい!」なんて、はしゃぐんだろうな。
巨大な、クリスマスツリー。その圧倒的な光を前にして、陽菜は、きっと言葉を失って、うっとりと見惚れるに違いない。その横顔を、俺は隣で見ていたい。
(……あいつ、こういうの、好きそうだな)
陽菜が、キラキラとした目で、イルミネーションを見上げている姿。
俺に、「綺麗だね」と、微笑みかけてくれる姿。
その光景を想像しただけで、俺の顔は熱くなる。
(……よし。……ここに、しよう)
俺が選んだのは、家から電車で一時間ほどの場所にある、大きな公園のイルミネーションだった。派手すぎず、でも、すごく綺麗で。湖の水面に光が反射して幻想的な雰囲気を作り出している。
ここなら、俺でも、背伸びしなくても、陽菜を連れて行ってやれるかもしれない。
場所は決まった。
あとは、告白のタイミングと言葉だ。
俺は、雑誌の別のページを開いた。
『これで、彼女も、メロメロ! 告白成功率100%の、キラーフレーズ集!』
……なんだ、これ。
『君という、星を見つけられて、俺の、真っ暗だった夜空は、初めて輝いたんだ』
「……ぶっ!」
俺は、飲んでいた麦茶を、吹き出しそうになった。
無理だ。絶対に無理だ。こんなサムいセリフ、言った瞬間、陽菜に腹を抱えて笑われるのがオチだ。
『世界中のどんなイルミネーションよりも、君の笑顔の方がずっと眩しいよ』
……ダメだ。 ハードルが高すぎる。
俺は、雑誌をぱたりと閉じた。やっぱり、俺には無理なのかもしれない。
俺は、自分の語彙力のなさとヘタレ具合に絶望した。
そのとき、ふと脳裏にある光景が蘇った。
修学旅行の中庭。俺に告白してくれた、小野寺のあの真っ直ぐな瞳。彼女はカッコいい言葉なんて一つも使わなかった。
でも、緊張して震えた声で紡いでくれた、あの一生懸命な言葉は、確かにあのとき、俺の心を揺さぶったのだ。
(……そうか)
俺は、何を悩んでいたんだ。
カッコいい言葉なんていらない。
俺の言葉で、伝えればいいんだ。
不器用でも、ヘタレでも。
俺のありのままの気持ちを。
陽菜に真っ直ぐに伝える。
ただ、それだけでいいんだ。
俺は、大きく息を吸い込んだ。
そして、心の中で、何度も何度も練習する。
「好きだ」という、たった三文字を。
その言葉に、俺のすべての想いを乗せるために。
よし。覚悟は決まった。
俺は、スマホを手に取ると、震える指で、陽菜の番号を呼び出し、コールボタンを押した。
◇
自分の部屋で雑誌を読んでいたときだった。ぶるる、と、スマホが鳴った。
画面に表示された、その名前に。私の心臓が大きく高鳴る。カケルからの電話。
私は、慌てて、深呼吸を一つして、通話の表示をスライドさせた。
「……も、もしもし?」
『……あ、陽菜? 俺だ』
彼の、少しだけ緊張した様子の声が聞こえる。
『……あのさ、……クリスマスイブの夕方4時。……陽菜の家に迎えに行くから。……暖かい格好、しててくれ』
「……え?」
『……一緒に、イルミネーション見に行こう』